第六章 5

 Ruriは目を覚ますと不思議な感覚を覚えた。いつもと違う景色、匂い。はっきりと認識するまで少し時間がかかった。コンサートなどで地方遠征は何度か経験があるが知り合いの家に泊めてもらうことはあまりない。少し経ってようやく悟の弟康治の家だと思い出した。

 昨日は康治の娘唯がRuriに懐いて話そうとしないため大変だった。隆の家で夕食をいただいと時もRuriの隣にくっついて座り、唯のの家の戻ってからも一緒にお風呂に入ったりと初めてのお客さんが珍しかったのか大はしゃぎだった。寝る時間になってもなかなか寝ようとせず、結局Ruriが添い寝をして唯が眠った後ようやく裕子達と話ができた。


 あれはあれで楽しかったな。小さい子と話すなんてあまり無いからね。唯ちゃん可愛かったな。私もあんな子供が欲しいな。悟さん。子供は好きなのかな?…どこにいるんだろう?


 Ruriの目からすうっと一筋の涙がこぼれ落ちた。


 あっ。私涙を流してる。悟さんのことを考えたから?少し感傷的になってるのかな?

 今日は康治さんが連絡してくれた悟さんの友人吉川さんと午後会う予定だ。もう起きなきゃ。


 Ruriは着替えるとリビングへ降りていった。


「おはようございます。」


 リビングでは裕子と唯が遊んでいる。Ruriが声をかけると唯が顔を輝かせて走り寄ってきた。


「Ruriちゃんおはよう。今日も遊べる?」


「うんいいよ。午後はお出かけするんでそれまでは遊べるよ。」


「わーい。嬉しい。じゃあ、お外に行こう。」


「唯。Ruriちゃんはまだ朝ごはん食べてないよ。朝ごはん食べないと元気が出ないから、食べるまで待ってあげてね。」


「うん・わかった。ママ、Ruriちゃんのご飯を用意してあげてね。唯も一緒にいてあげる。」


「ありがとう、唯ちゃん。じゃあ、食べたらお外に行こうね。」


「旦那はもう畑で仕事してるの。お昼に戻ってくるんでその後やっちゃんの所に案内するって言ってた。」


 裕子は朝ごはんの用意をしながらRuriに話しかけた。


「みんなと一緒だけど、食べられる?」


 ご飯とわかめのお味噌汁、卵焼きとシャケの焼き魚。お新香も並んでいる。


「はい。美味しそうですね。いただきます。」


 Ruriは朝食を食べ終わると唯を伴って外に出かけた。家の周りの原っぱで野草を採ったり追いかけっこをしたり、しばらく遊んでいると康治と隆、彩子が帰ってきた。


「Ruriさん。唯の相手をしていただきありがとうございます。これから昼食を取りますので、一緒にどうですか?その後一服したらやっちゃんの所に案内しますよ。」


「ありがとうございます。もう少し唯ちゃんと遊んだら中に戻りますと裕子さんにお伝えください。」


 Ruriの声を後ろに聞きながら三人はそれぞれの家に入っていった。Ruriは唯を振り返り声をかけた。


「じゃあ。あそこまで競走したらお家に帰って手を洗おうか。お腹すいたね。」


「うん。行くよ。ヨーイドン。」


 弾けるように駆け出す唯をRuriはゆっくり追いかけた。ゴールへは唯が先に到着し、唯は意気揚々とRuriを従え胸を張って自分の家に入って行った。


「ただいま〜。は〜楽しかった。」


「ただいま。帰りました。」


「唯?もうすぐご飯にするから手を洗ってきなさい。」


「はぁい。」


 元気よく応えた唯は洗面台に向かって駆け出した。


「唯ちゃん。本当に元気ですね。私なんかついていくのがやっとで…。」


「Ruriさん。唯の相手をしてくれてありがとう。Ruriさんも手を洗って来てね。」


 手を洗って戻ってくると食卓には皿に山盛りになった天ぷらが待っていた。


「うわぁ。すごいですね。この量を揚げるのは大変だったでしょう。言っていただけばお手伝いさせていただいたのに。」


「いいのよ。唯の相手をしてもらっただけでだいぶ助かったわ。おかげでこれだけ作れたよ。」


 裕子はそう言って、綺麗に盛り付けられたサラダをそれぞれの席に置いていった。


「あっ。配膳お手伝いします。」


 Ruriが台所へ向かおうとすると裕子が止めた。


「いいのよ。Ruriさんはお客様だから。用意ができるまでくつろいでいて。用意ができたら呼ぶんで待ってて。」


「あっ。はい。」


 Ruriは台所へ向かうのをやめてリビングのソファに腰掛けた。唯はお母さんのお手伝いとばかりに裕子にまとわりつき、裕子はちょっと困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になり、唯に用意ができるまで離れているよう促した。

 唯は不満そうな顔をしたがソファにRuriが座っているのを見ると弾ける笑顔で駆け寄ってきた。


「Ruriちゃん。ご飯ができるまでお話ししよ。」


「いいよ。唯ちゃんはご飯は何が好きなの?」


「う〜んとね。ママのご飯。」


「へぇ〜。ママの作るご飯はみんな好きなの?」


「うん。ぜ〜んぶおいしいよ。Ruriちゃんもきっと好きだよ。」


「そっか〜。楽しみだね〜。」


「うん。楽しみだね。早くできないかな。お腹すいちゃった。」


 そんな会話を唯としていると、裕子が二人を呼んだ。


「唯〜。ご飯できたよ。Ruriちゃん連れてきて〜。」


「はぁ〜い。Ruriちゃん行こう。」


 唯はRuriの手を引いて、食卓へ向かった。


 隆夫妻は自分の家で昼食をとっているようで、こちらの家では康治、裕子、唯とRuriの四人が食卓を囲んだ。


 天ぷらは車エビ、キス、イカとカボチャ、レンコン、なす、舞茸、桜エビの入ったかき揚げ。サラダはロメインレタス、パプリカにトマト。大根の味噌汁。カブの漬物。

 お昼にこんなボリュームタップリの食事をとるなんて久しぶり。唯ちゃんとたくさん遊んだんでお腹がペコペコよ。レンコンおいしい。


「お口にあいますか?」


「はい。とても美味しいです。このレンコン、シャキシャキしていて本当においしい。」


「良かった。都会の人にはもっと洒落たものの方がいいかと思ったけど、いつものおかずも食べてもらいたくて。」


「洒落たものなんていつも食べてるわけじゃありません。お昼にこんなに量を食べるのは久しぶりです。」


「はりきって作りすぎちゃった?残っても夕飯になるから無理しないでね。」


「はい。食べられるだけいただきます。」


「食事の後はゆっくりしてください。やっちゃんには一服してからと話してあるので2時半くらいに出ましょう。」


「はいお願いします。」


 下河原家は食事の際に活発に会話をする家系ではないらしく、昼食は最小限の会話で進んでいった。食事の後後片付けをすると提案したが裕子に退けられ唯とRuriはソファでお話をすることにした。食事の感想など話していると、いつの間にか唯はRuriの膝を枕に小さな寝息を立てていた。


「唯ちゃん。寝ちゃいました。」


 小さな声で裕子に知らせると。裕子はタオルケットを持ってきて唯の体にかけた。


「すっかりRuriさんに懐いちゃったわね。ごめんなさいね。唯の相手は大変でしょ。」


「いいえ。唯ちゃんかわいいんで仲良くなれてうれしいです。私も唯ちゃんみたいな子供が欲しくなっちゃいました。」


「ありがとう。悟兄さん早く見つかるといいわね。」


「そうですね。本当に…。」


「そろそろ行きましょうか。」


 康治が出かける支度をしながらRuriに声をかけた。Ruriは唯を起こさないように立ち上がり、康治の後に続いた。

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