第五章 5
悟はRuriと坂巻のやりとりを聞きながら、精神を右手の方向に集中していた。
治療が始まったときからじんわりとした暖かさとほのかな明るさを感じていた。
この暖かさは・・・・ 癒しの光ってやつかな・・・。
悟は、このところ治まっていたが、Ruriに逢う前に感じていた感覚を久しぶりに思い出していた。
あの感覚とは全く逆の感覚だな。この感覚は未来に期待と明るさしか感じられない。以前の感覚は先が真っ暗で全くの暗黒だった気がする。だから、存在を消そうかと考えてたのかな。
Ruriと逢ってからは未来が見えないのは相変わらずだが暗くはなく、Ruriを支えようという意欲が希望をもたらしてる感じだ。
生きる気力を与えてくれたRuriはなんとしても助けたい。Ruriの病気を引き受けられることは至上の喜びだ。
その時、悟の右手側にかすかにひんやりとした感触が伝わってきた。病根の黒い固まりは坂巻の体を通過して左手に移っていた。
感じ始めた冷気はだんだん強くなっていく。神経を集中させるとほのかな明かりの中に黒い固まりを感じるようになっていた。
この黒い固まりは・・・ 自分が以前感じていた暗黒とよく似ている。完全なる負の感情・・・・。
これを受け入れて耐えられるか・・・
覚悟はできているはずだったのに、悟の中に不安が沸き上がってきた。
耐えられるか。ではなく耐えるんだ。Ruriのために。人に病気を移すという思いはRuriの負担になってしまう。その負担を減らす為に、俺は平気な顔で受け入れなければ・・・・。
冷気を伴った黒い固まりが、坂巻の左手から悟の右手に移っていく。その様子は周りで見ている住吉たちには感じられないが、Ruriの顔色は治療前より明らかに良くなっている。理解はできないが効果はあるようだ。
「うっ!」
「悟さん。大丈夫?」
「大丈夫。やっぱりちょっと感触が・・・。」
「ごめんなさい。私のために・・・。」
「覚悟はできてたんだけど、実際に感じて少し驚いただけだから心配しないでいいよ。」
「ありがとう。一生悟さんと一緒だからね。」
「うん。」
右腕から少しずつ体の中心に黒い固まりが移動していく。その感触はあまり気持ちのいいものではない。
これでRuriは病気から解放されるんだ。よかった。
俺の中に移ったからには、体力もあるし、ドナーが現れる可能性も高いし、治る可能性がぐっと高くなったんであろう。
とにかくRuriが健康になったことがうれしい。
ずっと一緒にいて良いものかは悩むが、当面は一緒かな。落ち着いたら先のことを考えよう。
「治療は成功しました。もう目を開けてもかまいません。」
坂巻が二人に声を掛け、手を離した。
「もうRuriさんは大丈夫のはずです。住吉先生、お二人の検査をお願いします。」
「分かりました。この後病院までご足労願ってきちんと検査しましょう。」
「お二人は、もう着替えて結構です。どうぞ。」
Ruriと悟はゆっくりと起き上がり顔を見合わせた。
「すいません。少し二人だけにしてもらえませんか。」
悟が高谷たちに話しかけた。
「それでは、みなさん席を外しましょう。入って良くなったら声を掛けて下さい。」
高谷の呼びかけで、住吉医師たちが部屋から出ていった。
部屋には治療台に腰掛けた二人だけ。
「よかったね。これでもう大丈夫だ。」
「ありがとう。悟さんのおかげだよ。これから、ずっと一緒にがんばろうね。」
「うん。そのことだけど。治療が軌道に乗るまでは一緒にいたいけど、安定してきたら完治するまで会いたくないな。」
「えっ。どうして?」
「せっかく病気が治ったRuriによけいな負担は掛けたくない。これはこの病気を引き受けようと考えたときから決めてたんだ。始めにいうとRuriがこの治療を受け入れないかもしれないので、全てが終わってから話そうと思ってた。」
「そんな・・・。嫌だ。一緒にいたい。」
「治療に専念するために、一人にしてくれないか。これはお願いだ。すぐというわけではないから。しばらくは一緒にいよう。完全に治ったら必ず帰ってくる。」
「嫌、イヤ、いや・・・・」
「この話だけは治療が終わってすぐにしようと思っていたんだ。すぐに離れるわけではないんだ。突然だと驚くと思ったんで事前に話をしておきたかった。」
「そんなの・・・。勝手だよ。私は一緒にいたい・・・。」
「一緒にいるとつらくなることもあると思う。できればそうなりたくない。」
「絶対駄目。」
「すぐにという話ではないし、俺も気が変わるかも知れないし、そんな気があるということを心に留めておいてくれるだけでいいよ。今は、。」
「絶対イヤだからね。」
「分かったよ。とりあえず治療がうまくいったことを素直に喜ぼうか。でも、考えといて。」
「考えないから・・・。でも、ありがと。悟さんのおかげで私・・・。」
「治って良かったよ。本当に・・・。これからいい歌をたくさん歌ってよ。」
「悟さんと一緒ならドンドン歌が出てきそう。いなくなっちゃイヤだよ。」
二人は治療台から降りてしっかりと抱き合っていた。
「Ruri。君のおかげで僕の人生に張りができたよ。本当にありがとう。」
「・・・。」
窓から差し込む初秋の午後の日差しが二人の今後を明るく照らしているようだった。
「これで、生まれ変わったような感じだねお互いに・・・。」
「そうだね、なんかすっきりした。」
二人はしっかりと見つめ合い、静かにくちびるを重ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます