第五章 3

 術衣に着替えながら悟は自分がとても静かな気持ちになっていることに驚いた。


 これから死ぬ可能性の高い病気を引き受けるというのに妙に落ち着いている。愛するもののために犠牲になるという意識がそうさせるのか?


 もっと興奮するのかと思った。意識の高揚は思ったほどない。自分をヒーローになぞらえて酔いしれてしまえると思ったが、現実は冷静に対処出来ている自分にびっくりもしている。


 やはり、自分の中のどこかに生をあきらめている部分がある。一度は自ら命を絶とうと考えていたのだ。その命を愛するもののために使うとこが出来る。これほど喜ばしいことがあろうか。


 その上すぐに命がなくなるわけでなく、治る可能性もある。しばらくは愛する人と過ごすことも出来るだろう。たとえ治療がうまくいかなくても、きっと幸せを感じることが出来る。


 術衣に着替え終えた悟は治療室へと戻った。


 まだ着替えが終わらないのかRuriの姿は見えない。


「Ruriさんのお母様はいらっしゃらないんですか?」


 住吉医師が悟に問いかけてきた。


「いらっしゃりたいとおっしゃっていたんですが、Ruriがどうしてもいやだと言いまして・・・。終わったらすぐに連絡することにはしているんですが・・・。」


「唯一の肉親なので立ち会っていただいた方がよかったと思います。なぜ、Ruriさんは嫌がったんでしょう。」


「今回の病気については、ご存じのように母親にはずっと秘密にしていましたので最後まで自分で責任を持ちたいということでしょうか?」


 悟が自分の考えを述べたところでRuriが着替えを終えて部屋へ戻ってきた。


「お待たせしました。用意ができました。」


 坂巻が二人に催眠能力者を紹介した。


「お二人とも、こちらが今回お二人に催眠をかけさせていただく進藤です。」


 進藤は175cmくらいの少し細めの体格をした20台後半くらいの男性だった。


「よろしくお願いします。今回は軽い催眠状態に入っていただくために私の力を使わせていただきます。」


「分かりました。よろしくお願いします。」


「よろしくお願いします。」


「それでは、Ruriさんは向かって左側のベッドに、下河原さんは右側に、向こう側を頭にして仰向けになっていただけますか?」


 悟とRuriは進藤の言うとおりベッドに仰向けに横たわった。ベッドについていた看護師が素早く二人の胸までシーツを掛けた。看護師の指示で両腕はシーツの上に出してある。


「お二方とも軽く目を閉じて下さい。私が今からお二方の額に軽く手を添えますのでそこに意識を集中して私の声を聴いて下さい。」


 そう言うと進藤は頭側に回り込み二人の額に手を軽く当てた。


「ゆっくり頭の中で数字を数えて下さい。1・2・3・・・」


 悟は数字を数えているうちに額に当てられた手から薄いヴェールがかかっていくような感覚に襲われ、意識に薄い幕が掛かったような感じがしていた。


 ふわっと浮き上がるような感覚、ふわふわしてなんだか気持ちが良くなってきている。


「いい感じです。そのまま心を今の感覚にゆだねて下さい。治療が終わるまでこの開かれた感覚が持続します。」


 そう言うと進藤は二人の額から手を離した。


「それでは、治療を始めます。そんなに時間はかからないと思いますが、今のままリラックスしていて下さい。」


 坂巻はそう言うと二人のベッドの間に立ち、Ruriの左手と悟の右手を握った。


 いよいよ始まる。ふわっとした気分の中悟はこれから始まる治療を思って気持ちが高揚していくのを感じた。

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