第四章 5
木曜日。勤労省のカウンセリングの日。悟は今週末の治療の不安を抱えながら、カウンセラーの前に座っている。
Ruriとのことがカウンセラーに分かってしまうのかという不安もあるが思考パターンセンサーの精度を測りかねている。
「こんにちは。いかがですか、この一週間は?」
「ええ。特に変わったことはありませんよ。例の感情も襲ってきてませんし。」
「そのようですね。思考パターンは非常に安定しています。例の感情が全く見られなくなっています。何か特別なことがあったんじゃないですか?」
「いえ。そんなに変わったことはないです。」
悟はRuriとのことはカウンセラーには話さないと心に決めていた。仕事には直接関係ないことだし、何より感情が安定しているので、カウンセリングの必要性がないと思っていた。
「不思議ですね。こんなに急激に安定するなんて、何か特別な理由がないとこんな状態にはならないんですけど・・・。」
「そう言うものなんですか?状態が改善されてるんだから理由なんてどうでも良いじゃないですか。」
「そう言うわけにもいかないんですよ。この感情が解消される理由というのは非常に大切で、これから同じような方が現れたときにアドバイスの参考になりますので。」
「でも、本当に特別なことはないんですよ。あの感情が襲ってきたのも突然で理由が分からなかったんで、そんなもんじゃないんですか?」
「その理由の解明も私の仕事の一つなので、できれば教えていただきたいのですが、いかがでしょう?」
「いや、本当に思いつかないんですよ。申し訳ありません。」
「そうですか・・・。何か思いつくことがあったならご連絡下さい。いつでもかまいませんので。」
「はい。」
カウンセリング自体は短時間で終了したので悟は以前疑問に思っていたことを訊いてみた。
「ちょっと、いいですか?」
「はい?」
「思考パターンセンサーで疑問に思っていることがあるんですが、訊いても良いですか?」
「ええ。結構です。何でしょう?」
「このセンサーでどんなことでも分かっちゃうんですか?たとえば、怒りとか悲しみとか・・・。」
「カウンセリングによる事実の聞き取りと、パターンの分析である程度はわかってきています。生産性低下の原因となる可能性のある事象に関しては分析を進めています。軽微な感情は捕捉できませんが。」
「人に対する好意とか悪意なんかも分かります?」
「問題となった事例が少ないので、まだその感情についての分析は進んでおりません。これがそうだと特定できるパターンがある程度分かりかけてきている状況です。」
「そうですか・・・。何でも分かるわけではないんですね。」
「思考パターンセンサーを導入するときにみなさんにご説明したと思うんですが、プライバシーを守るためにも必要以外の分析は出来るだけ行わないというのが原則です。必要な場合でも対象者のご協力がなければ分析が進まないのも事実です。」
「好意、悪意っていうのは得られにくい情報なんですか?」
「人に対する感情というのはご自分でもはっきりと認識できない場合が多いようです。これは?と思う状況でもご自分では分からなかったりするようです。この分野はまだまだ、これからの課題ですね。まあ、分からないことの影響が小さいので急激に分析が進まないとは思います。」
「そうですか。思考パターンセンサーも何でも分かるわけではないんですね。安心しました。」
「何か、分かっては不都合なことでもあるんですか?」
「そう言うわけではないんですが、こいうカウンセリングを受けていると全部分かっちゃうんじゃイヤだなと思いまして・・・。」
「まあ、すべての感情を分析するのが目的ではありません。ご協力いただける範囲で必要最小限の分析にとどめるよう心がけてはおります。」
「少し安心しました。」
「ご理解いただけましたか。それでは、次回はまた木曜日、同じ時間にお願いします。」
勤労省を出た悟は日曜日のことを考えていた。
・・・・本当にRuriの病気を俺に移すことが出来るのだろうか。実際のところまだ、半信半疑だ。いくら他の人間が出来ると言っても実際にその目で見なければ信用できない。治療自体に危険はないようなので藁にもすがるような気持ちで試すというのが本音。うまくいったら儲けものである。過度な期待はせずにうまくいかなかった時のことも考えておかなくちゃな。
悟は、先日の面接の日から今回の移転が失敗した時の対応を住吉医師と相談していた。そして、失敗した際には今までより少し高度な医療が受けられるよう手配を進めている。
出来るだけ長く、ドナーが見つかるまでの時間を稼がねばならないので・・・。こんな努力は無駄に終わるに越したことはないが、何事も備えあれば憂いなし。やりすぎということはなかろう。
全ては日曜日から始まる・・・。
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