第二章 9

 考え込んでしまった住吉医師を悟はずっと見つめていた。彼の発する言葉を一言も聞き漏らさないように、身構えている。

 Ruriはその間ぼんやりと窓の外を見ている。自分のことだというのにあまり興味がないように見える。

 そのような不思議な沈黙は住吉医師の発した言葉で破られた。


「厳密にいえば・・・ 治療ではないのです。」

「へっ? 治療でないって? どういうことですか?」

「医師の私が言うことではないかもしれません。世間では認められていない方法で、病気を治す人たちがいるのです。」

「それって、どういうことですか?」

「下河原さん。もういいんじゃない?住吉先生も話しにくいみたいだし・・・」

「いや、話しにくいって訳じゃないんですよRuriさん。ただ、どう話したらいいか・・・。一般の方はあまり知らないことなので・・・。」

「一般の人が知らない・・・。何ですかそれは?」


「世の中には不思議な力を持った人たちが居ます。人の考えていることが分かったり、手を触れないでものを動かしたりできる人たちです。」

「それって超能力ってやつですか。」

「超能力・・・。普通の人では計り知れない力という意味ではその呼び方が正しいかもしれませんね。」

「本当にそんな力を持った人たちが居るんですか?それで・・・その力で病気が治せるんですか?」

「私たちの間では密かに知られていて、実際にその力で病気が治った人も知っています。ただ、公にできないんです。我々医師がそのような治療法?を認めることはできない。しかし、目の前の生命を救いたい。そのような想いの板挟みに苦しんでいることも事実です。」

「だから、さっき考え込んでしまったんですね。僕はRuriの生命を救いたい。その治療法を教えてください。お願いします。」


「下河原さん。もういいよ。やっぱり私治らなくても。思っていたとおり私は来年にはいない。もともと受け入れていたわけだし、もういいって。」

「だめだ。君がよくても僕がよくない。僕はRuriに生きて欲しいんだ。君のいない世界は既に考えられないんだ。分かってくれ。先生。お願いします。」

「分かりました。下河原さんの言うとおり、私もRuriさんを助けたい。自分の力が及ばないのが歯がゆいと思っていたのです。ただ、この治療法は受けられる条件が厳しいので誰でもというわけにはいかないんです。それだけは了解していただかないといけません。」

「そうなんですか。でも1%でも可能性があるんならそれに賭けてみたいんです。お願いします。」

「もういいって言ってるのに・・・。」


「下河原さん。あなたは「超能力科学研究室」という名前を聞いたことがありませんか?」

「怪しげな名前ですね。どこかで聞いたような気もしますが、分かりません。」

「そうですか。その研究室は先ほどお話したような超能力を持った方が集まっているのですが、その中に二人の人の寿命を入れ替える力を持った方がいるのです。」

「寿命を入れ替える?どういうことですか。意味が分からない。」

「私も詳しいことが分からないんです。ただ、そう言われていて、実際にその体験をした方にも会ったことがあります。私は紹介をしたことがないのですが、そこを紹介できる方を知っているので、もし利用したいと思うのなら連絡先をお教えすることができます。」

「全く理解できないんですが・・・。どういうことなのかもう少し説明してくれませんか。」

「もう、やめようよ。」


 Ruriはもう耐えられないというように悟の体にしがみついた。悟はそんなRuriを優しく引き離し、Ruriに向かい合って語り始めた。


「Ruri。よく聞いてくれ。僕は君の生命が助かる可能性があるならどんなことでもしたい。それが法に触れることでも・・・。僕の気持ちはさっきも話したとおりなんだ。君を失いたくないんだ。分かって欲しい。」

「・・・・・・。」


 意気込む悟に気圧されたのか、Ruriは異論を挟むのをやめた。


「先生。もう少し説明してください。お願いします。」

「先ほど協力者が必要と言いましたが、実際はその方のために犠牲になる人がでてくるのです。寿命を入れ替えるわけですから、入れ替えられた人が長く生きられないと言うことになります。そのような方が必要になることから条件が厳しいと言ったのです。」

「犠牲・・・。ですか。」

「そうです。これも矛盾しているのですが一人の方を救うために他の生命を犠牲にする。医師としては認めてはいけないことなんだと思います。こちらを生かすために、こちらを切り捨てるなんて・・・。これが、公にできない理由の一つでもあります。」

「・・・・・。」

「先ほど寿命を入れ替えると言いましたが、厳密には病気を移し替えると言った方がよいかもしれません。助けられる方は完全にその病気から解放されるということです。助ける方はその病気を引き受ける覚悟が必要になります。」

「病気を移し替える・・・。そんなことができるんですか・・・。」

「私も原理は全く分からないんですが、そう言われています。」


「・・・・・・・・・・・・。」


「簡単に結論がでるようなことではないと思います。もし、その話をお受けになるんでしたならご連絡をください。連絡先を教えします。」

「私の心は決まってますが、Ruri自身にその気がなければ無駄になるんですよね。話し合って早急に結論を出したいと思います。教えていただきありがとうございます。」

「いえ、難しいことなのでよく話し合ってください。ただ、この病気はRuriさんでなければ生存率が上がるということを理解してください。Ruriさんの特別な事情が治療を困難にしているわけですから、他の方なら骨髄移植を受けられる可能性が格段に高まると思います。」

「分かりました。また、ご連絡いたします。」


 住吉医師に礼を言って二人が表に出たときは既に太陽が沈みかけ、夕暮れが近づいていた。


「Ruri。僕は君の代わりに君の病気を引き受けたい。この話、挑戦してみないか。」

「そんな、下河原さんを犠牲にしてまで私生きたくない。」

「そんなことを言わないでくれ。先生も言ったじゃないか、Ruri以外なら骨髄移植を受けられる可能性が高まるって。君じゃなきゃ確実に死ぬってわけじゃないんだよ。」


「そんなこと言われても・・・。私・・・。」


「わかった。今日は少し頭を冷やして。明日また話し合おう。時間とれる?」

「うん。明日もお休みにしてもらってる。少し休んだ方がいいんだって。だから、いつでも良いよ。」

「じゃ、僕が君のところに伺おう。お母さんにも話をした方が良いと思う。午後はどうだい?」

「待って。母にはまだ・・・。知られたくないの。下河原さんのところに行って良い?2時くらいはどう?」

「早めに話した方が良いと思うけど・・・。僕はかまわないよ。じゃあ、住所を教えるよ。」


 悟は手帳を取り出し自分の住所を書き付けるとページを破ってRuriに渡した。


「ありがとう。じゃ、明日行くね。それまでによく考える。」

「送っていこうか?」

「今日はいい。一人で帰れるよ。」

「そう?じゃ気をつけて。」


 改札を通った後二人はそれぞれのホームへと向かった。数歩歩いた後、悟は振り返りRuriの後ろ姿がホームへ向かう階段に消えるまで見つめてた・・・・。

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