第二章 8

 外に出ると、初秋を迎えて和らぎ始めた日差しが徐々に傾き始めている。知らず知らず過ごしやすい季節が訪れていた。

 Ruriの先導でゆっくりと歩いている二人は、どこかぎこちない素振りで他愛のない話を続けている。


「下河原さんはどんな子供だったの?」


 不意にかけられたRuriの問いかけに驚き悟は言葉に詰まった。


「えっ。急にどうしたの?」

「私の話はしたけど、下河原さんの話は聞いてなかったなと思って。この時間はちょうど良いかなとおもったんだけど・・・」

「でも、歩きながらは話しにくいな。落ち着いてからにしても良いかな。そんなに大した話じゃないけど。それより、これから会う先生ってどんな人?若い?」

「う~ん。下河原さんよりちょっと上かな?気さくで話しやすい先生だよ。私に病名を説明するときもあっさりし過ぎて大したことないような感じだったんだけど・・・。」

「それなら必要以上に深刻にならなくてもいいんじゃないか。治療については何か言ってた?」

「当面は症状を抑える薬を飲むくらいだって。根本的な治療は骨髄移植だって言ってたと思う。」

「そうか、それならすぐにという訳にいかないんだね。でも、骨髄移植で治るんだ?」

「と思うけど、よく分からないんだ。難しくて。」

「そのあたりを聞いてみようか?」


 15分ほど歩いて少し汗ばんできた頃、目の前に白い大きな建物が現れた。

「ここよ。近いでしょ。」


 そこは、タカクニ大学の附属病院で都内では最大規模の病院として有名だった。紹介状がなければ診察を受けられない病院だった。

 Ruriが外来受付で来訪を告げると、先生に連絡を取った

 看護師が二人を居室まで案内してくれた。

 部屋に通された二人は医師が現れるまで数分間沈黙したまま、待っていた。


「いらっしゃいRuriさん。先ほどのお電話だとお連れさんにあなたの病状を説明して欲しいとのことですが、その方はどなたですか?」

「この方は下河原悟さんといって、マルワシティでエンジニアをなさってるんですけど、先日ケンダシティで私が倒れたときに救急車を手配してくれたんです。それから、いろいろ相談に乗ってもらうようになって、事情をお話したら力になってくれるというので、先生に私の病状を説明していただこうと思いまして、お連れしました。」


「初めまして、下河原さん。住吉と言います。Ruriさんの主治医です。よろしくお願いします。Ruriさんから大まかな話は聞いてらっしゃるかと思いますが、どんなことがお知りになりたいんですか?」

「大変治療が難しい病気だと聞いてるんですが、具体的にはどういう病気なんですか?」

「いわゆる白血病と称される血液のがんだと考えてください。貧血や感染症による発熱など様々な症状が出ます。治療法は投薬による化学療法や造血幹細胞の移植などがあります。」

「生命の危険性はどのくらいあるんですか。」

「Ruriさんの場合には急性ということもあり一刻も早い骨髄移植を行わなければ生存率はかなり低くなるケースです。」

「骨髄移植・・・。やっぱり、それはすぐにはできないもんなんでしょうね。」

「Ruriさんの場合にはさらに特殊な状況でして、適合する骨髄タイプが1000万人に一人くらいの割合なんです。ほとんど不可能に近いかもしれません。」


「そ・ん・な・・・。何とかならないんですか?」


「わかった?私は最初聞いたときは結構落ち込んだけど、もう慣れちゃった。それでも時に楽になりたいときもあるんで、どうしょうもないの。」

「先生、これは、どうしょうもないんでしょうか。」

「ドナー登録をしている方には適合者が見つかっていないんです。少なくとも国内では難しいと思います。」

「何とかする方法はないんですか?」

「今は投薬で症状を抑えてドナーを待つ方策以外は難しいと思います。」

「・・・。」


 住吉医師は方法がないと聞き黙り込む悟を見つめ、少し考え込むような表情をしたのち静かに口を開いた。


「ひとつ方法がないこともないのですが、治療として認められていないんです。」

「それは、どんな治療なんです?」

「Ruriさんだけでなく、他の方の協力が必要な治療 です。説明するのが難しいかな。」


 住吉医師はそこまで話すと黙り込んでしまった。何かしきりに考えているようだ。

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