第二章 7

 店内は土曜の午後にも関わらず空いている。悟とRuriの座っている一角には他のお客は入っていなかった。


「Ruriの感情は恋愛感情じゃないと思うけど、僕は・・・。」


 Ruriは何も言わず、小首を傾げて悟を見つめている。店内にはゆったりとしたピアノ曲が流れている。悟は、いままで気にならなかったBGMが急に気になりだした。


「何回も会ってないのに、変だと思うけど・・・。」


 言い澱む悟に、Ruriは変わらずに視線を注ぎ続けている。


「その・・・。Ruriのアルバムを聴いた時から、君の歌声が耳を離れないんだ。おかしいだろう?なんだろう。」

「私の感じてる気持ちと一緒なんじゃない?会いたい。一緒にいたいってことじゃないの?」


「・・・。そ・・・う。かな。」


 悟はそう言うと下を向いてしまった。二人の間に沈黙が流れる。

 口を開いたのは悟だった。


「そうだな、Ruriと一緒にいたい。Ruriと話がしたい。Ruriのことが知りたい。僕のことを知って欲しい。」

「下河原さん・・・。」


「Ruri・・・。だから、治る可能性があるのならその方法を探ってみないか?君を失うことは考えられない。」

「私だってつらいんだけど、どうしたらいいか分からないの。私の予感は当たるのよ。何をやっても無駄な気がして・・・。」


 Ruriは暗い表情のまま、また黙り込んでしまった。悟もどう言って良いか分からないという感じで沈黙している。

 店のBGMがピアノ曲からポップスに変わった。Ruriの曲だ。


「あっ。この曲。希望。」


 悟がそう言うとRuriも頷いて。


「最近よくかけてくれるようになったみたい。少しずつ聴いてくれる人も増えたのかな。やっぱりうれしいよね。」


「そうなんだ。すてきな曲だよ。こうしていろいろな場所で聴きたい。もっとRuriの歌が聴きたい。そう思ってくれる人のためにも考えよう。」

「そうね。私も病気を治さないって言ってるわけじゃないんだけど。がんばっても治らない気がして落ち込んでるの。」

「一緒に考えるよ。僕も。Ruriの言うように僕たちは魂が近いんだ。会って話せば話すほどそんな感じがしてきた。生きているのがつらいなんて、悲しいじゃないか。」


「下河原さんだって、そう思ってるんじゃないの?」

「僕の方は理由がはっきりとしていないんだ。それが分かるまでどうしようもない。Ruriのように差し迫った命の危険じゃないんで、大丈夫。」

「大丈夫じゃないんじゃない?急にそれが襲ってきても耐えられる?」

「正直、それはどうなるか分からない。でも、Ruriを支えたい。それが僕の使命なんだと、だんだんそう思ってきた。これって運命なんだよ。僕の。」


「やっぱり、私の予感 当たったな。この人 って感じたんだ。でも、どうして良いかわかんない。」

「Ruriは今まで通りに過ごせばいいんだよ。病気のこともお母さんにはいつか言わなきゃならないと思うけど、Ruriが言いたいと思ったときで良いと思う。病気のことは僕が調べるよ。後で君を診てくれた病院へ行こう。先生にも詳しく話を聞きたいし。」


「実は、この近くなの。待ち合わせ、テンゲンって言われたときドキッてした。これが運命?」

「それなら、遅くならない方がいい。電話してみる?」

「私がするよ。ちょっと待ってて。」


 そう言うとRuriは携帯電話を持って立ち上がり、店外へ出ていった。

 残された悟は考えをまとめていた。

 こうなるって、感じていた気がする。結局Ruriに深く関わることになった。思えば、最初に会ったときから気になっていた。自分が倒れているところを助けたからというだけでなく、気になってるからRuriが目を覚ますまで病院で待っていたし・・・。でも、Ruriから携帯番号を渡されなければこうして会うこともなかったわけだし、これも不思議な縁ってやつかな。

 そんなことを考えていると、Ruriが戻ってきた。


「先生、時間とってくれるって。30分後のアポがとれた。出ようか?」

「そうだね。行こう。」


 二人は静かに立ち上がり、店を出た。

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