第二章 6

「考えていることが分かってしまうなんて、怖い。自由・・・がないんじゃない?」

「考えていることが全て分かる訳じゃないらしいんだ。どのような感情が起きているかという状況とその後の行動パターンの分析によって推定するシステムと説明された。だから、データが溜まっていくとどんどん精度があがっていくと思う。」


「私たちに人権ってないの?ひどいな~。下河原さんが生きてるのがつらくなったのって、それに関係あるんじゃないの?」

「いや、そのセンサーについてはまったく忘れてたくらいだから、そうじゃないと思うけど・・・。少なくとも自覚はしてなかったな。」

「なんか、窮屈な感じがする。アーティストで良かった。」


 悟は、Ruriと会話しながら違和感を感じていた。Ruriの感じが、変わってきた。


「つらくなった理由は、考えているけど分からないんだ。確かにこの上は管理業務が中心になるんで、本当にこの業務内容が僕に合っているか悩んでるってのはあるけど。そこまで深刻に悩んだとは思ってないし・・・」


「かわいそう・・・。」


「かわいそう?僕が?」

「先の見通しが分からなくなってしまっていることが、一番堪えているんじゃないの?喪失感、孤独感と言った方がいいのかな?」


 悟ははっきりと意識した。明らかに変わっている。さっきまでのRuriじゃない。


「ちょっと、いいかな。」

「何?」


「なんか、最初と感じが違うんだけど。どうして?口調が完全に変わってる。今は最初にあった頃と同じ口調だけど、今日の最初の頃はそんな砕けた感じじゃなかった。そういえば、この間の電話の時もそんな感じだったな。」


「なんの話?」


「気付いてないの?話し方が変わってるんだけど。」

「あぁ。その事?気にしないでいいよ。気分が変わっちゃうとしゃべり方も変わっちゃうんだ。多重人格までいかないけど気分の変動の触れ幅大きい方だから。」


「そんな。自分でも変わってるって分かってるんだ?」

「はっきり分かってる訳じゃないけど・・・。自分では同じように話してるつもりでもいつの間にか変わってるんだ。」


「それって、病気?なのかな。」

「私の病気は白血病。精神的な病気は診断を受けてないよ。いずれにせよ、私の生きているのがつらい事情はこの性格のせいじゃない。」


「それでも、話している相手はびっくりするんじゃないか?」

「初めての人はちょっと変な顔する時もあるけど、何回か会ううちに気になって聞いてくるんで、理由を話したら慣れてくれる。」

「まあ、人格がまるっきり変わってる訳じゃなさそうなんで、そういうもんだと思えば慣れるかな。」


「そう。慣れて。話し方はこうなってるけど、つらいなと感じてることは変わらないの。誰か分かってくれる人が欲しいなって思ってるんだけど、なかなか見つからなくて。」


「それが、僕な訳だ。Ruri的に言うと。」

「そう。どうしてか分からないけど、そう感じてる。」

「そこが、良く理解できないけど、君の歌は好きだな。さっきも言ったけど、聴いていて心が温かくなるんだ。」


「それだけ?私は下河原さんとはもっと魂が近いなって感じるんだけど。」

「魂が近い?」

「そう、なんだろう。自分の魂の片割れみたいな・・・」

「う~ん。前にも言ったけど僕には分からないな。年も一回り以上違うし・・・。」


 悟はそう言いながら、不思議な感情が沸き上がってくるのを感じていた。Ruriのアルバムのジャケットを見たとき以来のRuriに対する感情。なぜか気になって仕事も手につかない。そんな感情だ。


「年はあんまり関係ないかな。私にとってはとにかく一緒にいたいって感じがするの。理由は分からないけど。恋愛感情?に似てるかもしれない。」

「かもしれないって・・・。それは恋愛感情じゃないよ。たぶん・・・。」


 Ruriの感情を否定しながら、悟は自分の感情が恋愛感情だと認識して愕然としていた。どうして、こんなに年齢が離れているのに・・・。

 一度そう認めてしまうと、隠しようがなくなってしまった。


 しばらく黙り込んでいた悟は観念して口を開いた。

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