第二章 5

 翌日、悟が待ち合わせの場所に着くとRuriは既にロータリーを臨む柱に寄りかかって音楽を聴いていた。

 土曜日ということもあり、人の流れはかなり多くRuriの姿は人の中に紛れてしまっていた。

 それでも、悟は一目でRuriの姿を見分けることができた。

 そんなに何回も会ったわけではないのに、Ruriの周りだけ何かほのかに明るい。

 そんな思いにとらわれながら悟はRuriに声をかけた。


「早いね。まだ、5分あるよ。」

「えっ。」


 Ruriは驚いてヘッドフォンをはずしながら振り向いた。


「音楽を聴いてたのによく聞こえたね。どのくらい待ってたの?」

「ええ。それほど大きな音にしてませんから。自分に話しかける声は聞こえますよ。来たのは少し前です。ちょっと早く家を出すぎちゃって。」


「そうか。もう少し早くくれば良かったかな。待たせちゃったね。」

「いえ。なんか心がはやっちゃって。気にしないでください。それより、どこでお話しましょうか。あまり人の多いお店だとちょっと・・・」

「そうだね。この裏に落ち着いたカフェがあるんで、そこに行ってみようか。」


 裏通りにはいると表通りの喧噪が嘘のように人通りが少なくなった。二人は並んで無言のまま裏通りを進んだ。すれ違う人もまばらで、二人を見とがめる人もいない。

 5分ほどで悟の言うカフェに到着した。裏通りの店だがオープンテラスもあり、落ち着いた感じの店だった。

 中へはいると土曜日の午後で人でも多いはずだが、思いの外空いている。悟はRuriに先だって奥へと進み、他の席から死角になるような席を選んだ。


「さてと。」


 席につき飲み物の注文をすると悟が口を開いた。


「この間の話なんだけと、まだ僕には腑に落ちないところがあるんだ。こっちへ戻って君のアルバムを聴いてよけいにそう思うようになった。」

「アルバム・・・。聴いてくれたんですね。」

「うん。手に入るものは全部聴いた。なんというか、すごく良かった。あれだけ現実をありのままに受け止めた上で未来を信じ続ける歌を唄う人が生きることがつらいなんて、理解できなかった。」


「そんな、たいそうな歌を唄ってるとは思ってません。ただ、現実は受け入れるしかないし、未来を信じなければそれこそ生きることがつらいんじゃないですか?私はそんなに強くないんです。」


「そうかな。少なくとも僕はあの曲たちに感銘を受けた。自分のことを考えると恥ずかしくなるくらいに・・・」

「そんな大層なもんじゃないです。ただ、昔から体が弱いもので、その状況を受け入れなければ毎日がつらいだけだったんです。自分の状況をありのままに受け止めて、その状況を肯定しなければとてもじゃないけど生きていけない。なんて思ってた時期もありました。」

「でも、君はあれだけの歌をつくりあげた。それだけの強さがあったんじゃないのか?」


「強さ・・・ でしょうか。あのころは母のことを考えると私がどうにかなってしまうわけにはいかないと思ったんです。母と私二人だけの家族ですから。母は本当に私のことを大切に思ってくれているので、余計な心配はかけたくなくって、明るい歌を作るように心がけてました。」

「本当にそう思ってなければ人の心を打つ歌は作れないんじゃないのかな。少なくとも僕は君の世界に共感を覚えたよ。」


「そうですか。その感覚は私が下河原さんにお会いしたときに感じた共鳴感と同じものかもしれませんね。あの時は、「ああ、この人なら私のことを分かってくれるかもしれない。」と直感したんです。」

「そんなものかな。ただ、君の病気のことについても少し調べてみたんだが治療法がないわけじゃないようじゃないか。あれだけ前向きな歌を作る人なら可能性がある限り挑戦する強さがあるんじゃないかと思ったんだ。」


「私、そんなに強くありません。いつも不安で、母にも申し訳なくて・・・。」

「僕の場合は何か漠然とこのまま生き続けることに希望が持てなくなって、死という誘惑に駆られそうになってるんで、君のように具体的な事情がある訳じゃないんだ。昨日、勤労省の定期診断で自分の自殺願望を知られてしまった。思考パターンセンサーで分かってしまうそうだ。」


「思考パターンセンサー・・・。」


「アーティストには装着は義務づけられていなかったかな?」

「知りませんでした。そんなものがあるんですね。」


「僕もそんなことまで分かってしまうのかと驚いたよ。自分でも分からない心の動きが分かってしまうなんて。ちょっと恐ろしくなったよ。」

「そんなに分かっちゃうと大変ですね。今もそのセンサーは動いてるんですか?」

「そう、今も刻々と僕の思考パターンを送信し続けている。」

「ちょっと、イヤだな。」

「イヤだといっても拒否はできないんだ。法律で決められたことだから。それに、状況を把握して適切なアドバイスがもらえるならいいことじゃないか?」

「そうかしら?」


 そう言うとRuriは黙り込んでしまった。

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