第二章 3
金曜日。悟は金曜日の定期診断を受けるために朝から職場近くの勤労監査事務所へ赴いた。定期診断はほぼ一日仕事のために職場は特別休暇となる。
受付をすませ、簡単な能力テストを受けた後は面接だ。職場に関する状況、仕事に関する状況、生活に関する状況など微に入り細に入った面接が予定されている。
各内容につき30分から1時間かけて面接官と1対1で話をするのだ。昼食を挟んでほぼ4時間がこれに当てられている。
受付の際にもらったプログラムでは、今日は面接の後にカウンセリングも予定されている。
カウンセリング?こんなことは初めてだ。何だ? 悟は今まで経験したことのないカウンセリングにかすかな不安を感じながら面接を受けていた。
悟は、面接自体は毎年と同じようにそれほど詰まることなくうまくこなせたと思ったが、カウンセリングは初めてということもあり、不安を抱えながら部屋に入った。
入ると部屋には全面ガラスの窓を背にカウンセラーがソファーに座っていた。
カウンセラーの前にもソファーがあり、そこへ座るように促された悟はまわりを見回しながらゆっくりと座った。
「下河原悟さんですね。」
「今回のカウンセリングは定期診断に含まれるものではありません。勤労省の判断であなたにカウンセリングが必要であると判断して、時間をとらせていただきました。」
「どういうことですか?」
「ここ数ヶ月、若干ですが生産性に衰えが見られます。年齢的には考えられないことなので、なにか問題があるのではないかと思いまして。自主的にカウンセリングを受けにくいとおっしゃる方もいらっしゃるので、相談しやすいようにこちらから積極的にお話を伺おうと思いまして。」
「はぁ」
「面接では言えないようなことでも大丈夫です。ここでのお話は今回の評価とは関係ございません。今後評価を左右する事態に陥らないようにするカウンセリングですので、ご理解をいただいて、何でもご相談下さい。」
「そんなことを言われても・・・。」
「ご自分で、仕事の効率が落ちているのは感じてらっしゃいますか?」
「はい。それは少し・・・。」
「何か思い当たる理由は有りますか?」
「それが、特には・・・。」
「最近、休暇をとられていますが、どちらへ行かれたんですか?」
「ケンダシティです。芸術作品にでも触れて気分を紛らわそうかと思いまして。」
「そんなに気分が落ち込んでいたのですか?原因は分からないんですよね?」
「まあ、落ち込んでいたという意識はないのですが・・・。」
悟は自分が自殺をするためにケンダシティを訪れたことを隠さなくてはと思い、話をはぐらかそうとしていた。
「あなたは、ウソをついていますね。」
突然、カウンセラーが悟に言葉を投げかけた。
「な、何だって?」
「我々の捕捉したあなたの思考パターンは自殺者の思考パターンに限りなく近いものだったんですが・・・。」
「思考・・・パターン?」
「我々勤労省では、労働者の方々の状態を把握するために全ての労働者に対して思考パターンセンサーの着用を義務づけていることはご存じですね。」
「あぁ。そうか・・・。」
5年前、長年懸案であった精神疾患と自殺者の急増を受けて労働者の心の健康を守るためと称して導入された制度だった。
人間の思考状況を数百のパラメータに分解して取り出し、1年間の動きを記録するセンサーを着用するすることが労働者の義務となったのだ。
そのデータは毎年の定期診断時に提出され解析されることになっていた。
「でも、データの提出は今日だったのに、こんなに早くカウンセリングが決まってるなんて・・・。」
「昨年からデータはネットワークを通してリアルタイムに解析できるようになったのです。昨年のセンサー支給の際にご説明したはずですが?」
「・・・・。」
「そのデータによると、あなたはケンダシティには自殺するために行った。そうですね。」
「・・・。」
「ただ、思考パターンによると自殺を実行する人間の思考パターンまでは行っていなかったようですので、我々も様子を見ていたのですが・・・。」
「様子を・・・ 見ていた・・・。」
「危険なシグナルが出ている方には保安要員を割り当て、万が一のことが起きるのを防ぐ体制を整えております。」
「万が一・・・か。」
「いくらこの制度で労働生産性が高まったとはいえ、これ以上自殺者の割合が増えてしまっては先細りにならざるを得ない。そのために、未然に防ぐことのできることならそのための努力をしよう。ということです。」
「それで・・・。自殺を考えた者に対する処分はどうなってるんだ?」
「処分なんて・・・。そう考えた原因を取り除いて、また以前と同じ、いや以上の労働力として復帰していただくために支援をさせていただこうと思っております。そのためのカウンセリングなのです。」
「労働力として・・・復帰・・・か。」
悟は漠然としていた自殺願望の底にある原因らしきものが見えてきたような気がしていた。
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