第二章 1
その日の夜、悟はRuriの真意を聞くためにRuriから手渡された電話番号に電話をかけた。
呼び出し音代わりに女性の歌声が流れて来た。きっとRuriの歌に違いない。透明で伸びのある声。ゆったりとしたリズムのバラード調の歌だ。
まもなく電話が繋がりRuriの声が聞こえた。
「Ruriです。下河原さん?」
「なぜ僕って分かったの?」
「この番号は下河原さんにしか教えてないわ。母も知らないの。」
「その番号をなぜ、僕に・・・。」
「なぜかしら・・・。初めに会ったときにこの人なら今の私を理解してくれる。と感じたってところかな・・・。」
「今の君?どういうこと?」
「生きていくことがつらい・・・。」
「えっ?」
「そう思ってない?」
「えっ。いや・・・。」
Ruriの問いかけに悟は言葉を失った。
この娘は・・・知っているのか・・・。
悟は驚きのあまり携帯電話を落としかかってしまった。
「どうして、そう思うんだ。」
「どうしてかしら。なんとなく感じる。そうなんでしょ。」
「君は一体・・・。君も生きていくことがつらいと思っているのか?」
「も? やっぱりそうなんだ。仲間だね。そう思っている人って結構いっぱいいるはずなんだけど、分かりやすい人ってなかなかいなくって・・・。」
「そんな人を捜してどうするんだ。」
「私・・・。そんなに長く生きられないんだ。生まれつき体が弱かったこともあるんだけど、最近病気にかかってることが分かったの。」
「病気?命に関わる?」
「そう。白血病って言ったらいいのかな。病名は聞いたけどよく分かんなかった・・・。いつまで生きられるかもわかんない。」
「白血病・・・。」
よく聞く病名だが、身の回りにその病気の人間はいなかった。それと俺となんの関係があるのだろう。
ここまでの説明では何のことだか分からない悟は質問を続けた。
「それで、君は生きるのがつらいって言うのか?病気と闘うことを諦めたのか?」
「病気と闘う?ちょっと違うな~。闘って勝ち負けって感じじゃないんだな。私にとってもう運命って感じ?私の最期は近いって感じるの。昔から人の生き死にに関しては勘がいい方だったんだけど、自分の死期についても分かっちゃうみたい。」
「なんだいそれは?自分がいつ死ぬか分かるって言うのか?」
「はっきりとは分からないけど、何となく感じるっていうのか・・・。来年の今頃には私はこの世にいないかな って。」
「信じられないな。そのことと僕のことはなんの関係があるの?」
「分からない。私にも・・・。でも、この人と話をしなきゃって思ったの。生きることを諦めかけている人と・・・。」
「生きることを諦めかけている?・・・・」
「違うの?・・・」
「なにを言うんだ。そんなこと有るわけないじゃないか。」
「そう・・・。ごめんなさい。私の勘違いだったみたい。私の話したこと全て忘れてくれる?ううん、忘れなくてもいいけど誰にも言わないで。母にも・・・。」
「お母さんは知らないの?」
「私一人で病院に行ったのでたぶん分からない。今回の病院でもそこまで詳しい検査はしなかったんで助かった。」
「知らせないの?」
「母には私の体のことで苦労をかけ通しなんで最期ぐらい苦労かけたくないな って思って。」
ここでRuriは自分の生い立ちを語り始めた。
Ruriは生まれたときから病弱で、誕生直後は未熟児として保育器で数日を過ごした。
帝王切開でRuriを生んだ母の圭子は生まれてきた愛娘を数日抱くことができず、ガラス越しで様子をうかがうのみであった。
声楽家の父親はRuriが3歳の時に公演先のヨーロッパで交通事故に遭い帰らぬ人となっている。圭子はそれから女手一人でRuriを育て上げてきた。
幸いにして夫の遺産があったのですぐには食べることには困らなかったが、いずれ底をつくことが分かっているのでRuriが物心つく頃からフルタイムで働きRuriを育ててきた。
Ruriが高校を卒業しアーティストとしての活動を始めると事務所を起こし、Ruriのマネージャーを務めあげている。夫の遺産はまだ充分にある。Ruriが一人前になるまでは保つだろうという考えだった。
体の弱かったRuriがアーティストになりたいと言い出したのは中学生の時だった。その願いを叶えるために圭子は3年間をかけて夫の昔の知り合いに連絡を付け、Ruriの道筋をつけてきた。
そんな母にRuriは自分の命が長くないことを告げられないのだと言う。
そんな重要なことを知り合ったばかりの悟に簡単に話すなんて。
悟はRuriの考えが理解できなかった。
とにかく、もう一度会って話をしようということになり、休暇が終わってから連絡すると約束して、電話を切った。
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