第一章 2
トントン
軽くノックをしたが中からの返事を待たずに悟は特別室のドアを開けた。
あの若い巡査は既に部屋にはおらず、彼女が一人でベッドに横たわっていた。
「失礼します、お休み中でしたか。」
悟がそう声をかけると、彼女は悟の方を見て声を発した。
「あなたは・・・。」
「はじめまして・・・・ で、いいのかな。僕は下河原といいます。あなたが道ばたで倒れていたので、救急車を呼ばせてもらいました。」
「ああ、あなたが助けてくだすったんですね。ありがとうございます。」
「お加減はいかがですか。あのときは血の気がなかったので僕も驚いてしまって・・・。」
「はい、今は少しはよいようです。体の具合が良くないのに一人歩きをしてしまったので貧血を起こしたようですわ。見ず知らずのあなたにもご心配をおかけしたようで、すみませんでした。」
「いえ、ちょうど通りかかったものですから。一人歩きというと、この街にはどなたかとご一緒にいらしたんですか。」
「ええ、母とこの先のホテルに宿泊しております。私、どうしてもあの先の崖が見たくって・・・。」
「僕はあの崖から帰る途中だったんですが、あの崖の何が見たくて行こうと思ったの?」
「高いところから水平線が見たかったの。今作っている歌のイメージをつかみたくって。」
「歌?君はアーティストなの?」
「ええ、一応。Ruriって名前でアルバムを出したの。」
「へ~え。どんな曲を歌ってるの?」
「ジャンルは難しいな。自分では昔のフォークソングって思っているけど、人にはポップスっていわれることが多い。ポップスって便利な言葉よね。」
ちょっとした会話でも体力が続かないのか、Ruriは肩で息をしはじめている。
「あ、ごめん。まだ具合があまり良くないのに色々話をしちゃって。」
「別に、かまいません。いつものことですから。」
「何か、病気なの?」
と悟が問いかけたところで、病室の扉が開き、中年の女性が息を切らせて入ってきた。
「Ruri!大丈夫?」
「あなたは、まったく。突然いなくなるんでお母さん心配したのよ。そうでなくても、無理の利かない体なんだから・・・。」
そこまでRuriに話したところでベッドの脇にたっている悟に気づいた母親は、悟に問いかけた。
「あなたがRuriを救急車で病院につれてきてくれた方ですか?確かお名前は下・・・」
「河原。下河原悟といいます。お嬢さんの具合が気になったものですから病室にまでおじゃましてしまいました。お母さんがいらっしゃったのならもう大丈夫ですね。何か困ったことがありましたなら、僕はサンシャインホテルに宿泊しておりますので、ご連絡ください。これ、ホテルの電話番号とぼくの部屋番号です。」
と悟は母親にメモを渡した。
「あ、ご挨拶もいたしませんで失礼をいたしました。私、高原と申します。娘は、その・・・。」
「Ruriさんとおっしゃるんですね。アーティストをなさってらっしゃるということで、トラブルは世間に知られるとお困りでしょうから。このことは他言はいたしません。ご安心ください。」
「申し訳ございません。そんなに有名ではないのでお気遣いいただかなくてもよろしいと思いますが。ありがとうございます。」
「それでは、お大事に。」
「いずれ、Ruriと一緒に正式にお礼に上がりたいと思います。何日までご滞在のご予定ですか?」
「休暇はあと3日ありますのでギリギリまでこの街に滞在してのんびりしようかと考えてます。お礼なんて、そんな大したことをしたわけではありませんので、ご無理なさらないように。では。」
悟は二人を残して病室を後にした。
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