第55話 光輝く黒髪


 小さな雪だるまの絵が描かれた可愛らしいパジャマを着た雪が俺の目の前に座った。

 風呂上がりで火照っているのか? それともさっき一緒に入っていた事に照れているのか、顔がほんのりと赤く染まっている。


「えっと、何か飲む?」


「いや、大丈夫」


「そ」

 そわそわとしながら長い黒髪を触る雪、大胆な行動、大胆な告白、俺の怪我も相まってかなり盛り上がっていたのだろう。

 

 そして、今ようやく冷静になりつつある。

 それは俺も一緒だ。


 思えば今まで雪と真剣に話し合いをした事は無かった。

 自分の事も家の事も何でもこなす優等生。


 でも、俺は今になって後悔している。

 もっとこうして真剣に話をしていれば良かった。


 学校の事、友達の事、将来の事、そして家族の事。

 何かあったのでは無いか? こうなる前に、何か対処があったのでは無いだろうか。

 俺はそう思い悩んでいた。


「ごめんな」


「どうしてお兄ちゃんが謝るの?」


「俺が悪い……もっと雪とこうしてしっかりと話をしていればって」


「……話をしていれば私がお兄ちゃんの事を好きにならなかったって事?」


「ああ、俺がもっとキチンと雪に接していれば、もっとちゃんとした家族になっていれば……」


「……ばっかじゃない?」


 雪から罵倒され俺は思わず聞き返してしまう。


「は?」


「お兄ちゃんは馬鹿だって言ってるんだよ? ああ、そうか……はあ、お兄ちゃんってさ、人を……誰かの事を真剣に好きになった事無いんだ? 恋をした事無いんだ」


「え?」


「そうかあ、私の面倒見るのが大変だったからなあ、あははは、でも逆に安心しちゃう」

 俺の目の前でソファーに深く腰掛け、膝を抱き抱え前後に身体を揺すりながらコロコロと目まぐるしく表情を変える雪。


「いや、それはそうだけど」


「わかったわかった、じゃあ私が教えて上げよう、お兄ちゃんに恋するって事を」


「いや、お前だって別に経験が……って、まさか雪?!」


「あははは、私を見くびらないで……私はお兄ちゃんが初恋の人、お兄ちゃん以外の人を好きになった事は無いよ、今も……これからも」

 妹は冗談めかした口調でそう言うも真剣な面持ちで、そして突き刺すような目で視線で俺を見つめてそう言った。

 

「だ、だけど、俺達は兄妹で……」


「それだと何が悪いの? 世間体? あははは、お兄ちゃん友達いないし、近居付き合いだって無いじゃん」


「俺は良いんだよ、雪、お前は良いのか? 友達になんて言うんだよ?」


 俺がそう言うと雪はニコニコと笑いながらテーブルに置いてあるスマホを手にすると、待ち受け画面を俺に見せ付けた。


「私の彼氏~~」

 いつの間にか撮っていた俺の寝顔の写真を見せ付けあっけらかんとそう言う。


「ゆゆゆゆ、ゆ、雪、い、いつの間にそんな写真を!」


「えーー、こんなの一杯あるよ~~お兄ちゃんの子供の頃からのヒストリーがここに詰まってます!」


「ま、まさか誰かに見せてるのか?!」


「ぶううう、だってまだ付き合ってないしいぃ、早く皆に見せたいよお」


「いやいや、駄目だろ?!」

 学校にバレたらどうなる? そもそも俺、捕まるんじゃないのか?


「うちの学校って別に恋愛禁止じゃないよ?」


「一緒に住んでるのはまずいだろ?」


「家族なんだから問題ないし」


「家族と付き合うのは大問題だろ?!」

 結局これだ。行き着く所はこれなのだ。

 そしてこれが解決しなければいつまで経っても堂々巡りとなる。


「駄目だよ、やっぱりどう考えても……」

 

「…………そう」

 俺がそう言うと雪はうつむきため息混じりにそう返事をする。

 そしてゆっくりと立ち上がると、戸棚の所まで歩いて行き、引き出しから何かを取り出すと、それを後ろに隠し俺の目の前に歩み寄る。


「お兄ちゃん」


「な、何?」

 一体妹は何を持ってきたのか? 俺は不安な面持ちで妹を見上げる。


「つまりは……私、今、お兄ちゃんに振られた事になるんだよね?」


「いや……ま、まあ……そ、そう言う事になるのかな?」


「そか……へえ」

 俺がそう言うと妹はにこやかな表情で後ろ手に隠し持ってい布切りばさみを俺に向けた。


「ゆ、雪!」

 キラリと光る尖った刃先、それを俺に向け雪はゆっくりと俺に付いてくる。

 

「ま、待て……」

 雪に殺されるなら本望、と思っていたが、いざそうなるとさすがに逃げたくなる。

 でも逃げない、意地でも逃げない……俺はそう決めていたのだ。


「お兄ちゃん……私は振られた……だから」

 妹はそう言うと、右手に持ったハサミを俺に向けたまま、左手で自分の髪をまとめ鷲掴みにし身体の正面に持ってくる。

 そして……。


「切って」


「え?」


「私と付き合えないって言うなら……髪を切って」


「えええ?」


「失恋したら髪を切るって定番でしょ?」

 妹はそう言って艶やかな黒髪を差し出すように俺に向けた。


 そして妹の目からポロポロと涙がこぼれ始める。

 その涙が髪を濡らし、あたかも清流のようにキラキラと光輝く。

 それは俺にとってとても眩しく感じた。


 そう……妹は眩しいのだ。

 俺なんかにはもったいないくらいに……光輝いて見えていた。



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娘の様な義理の妹に恋なんてするわけが無い。 新名天生 @Niinaamesyou

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