第52話 ポジティブに考えよう。
「いーーち、にーーい、さーーん」
はしゃぐ妹を後ろから抱き締め湯船に肩まで浸からせ、一緒に100迄数える……妹と一緒にお風呂に入る時にいつもそうしていた。
すべすべとした妹の肌を洗ったのは、細く長い綺麗な髪を洗ったのは、最後に一緒に風呂に浸かったのは、まあこの間の旅行を除くと、4年も前の事、妹が小6の時と記憶している。
あ、勿論この間洗いっこはしてないぞ! タオル越しにしか見てないぞ!
始めは妹が小学5年生の時だった。
胸がほんのりと膨らみ始めたのを見て……俺から「そろそろ別に入った方が良いのでは?」と、妹に提案した。
お父さんといつまで入るか? なんて情報は見かけるが、お兄ちゃんといつまで入るか? なんてのはあまり見かけ無かったので、自然に任せていたが、いつまで経っても嫌と、止めると言わない妹に俺は意を決して言ってみた。
「え? 何で? やだよ?」
いつもの様に俺に、後ろから抱き締められながら風呂に浸かっている妹は、振り返りもせずにあっけらかんとそう言った。
かといって、小学5年生……日々女の形に成長していく妹を、サナギから羽化する蝶を見続けるには……童貞の俺にはそこそこハードルが高く、とはいえ目を瞑って入るわけには行かず困っていると、俺の説得が効いたのか? それとも当時遊びに来たときも俺と一緒に入ろうとした妹に向けた、恵ちゃんの冷たい視線が効いたのか、小学6年の春、ついに妹は俺と一緒に入る事を渋々止めると言った。
まあ、覚悟はしていたがやはり突然そう言われた時の俺の気持ちは色々と複雑だったと、とりあえず正直に、ここに記しておく。
あれから約4年……すっかり大人に……いや、そうでもない部分もあるが、女子か男子かはっきりとわかる姿になった妹。
この間の旅行の際に、成長したなと実感した妹の姿に、俺は育ってくれてありがとうと感謝した。
そして今、妹は俺と一緒に風呂に入る準備をせっせと実施中だった。
「お風呂に入ろう」と宣言したい妹は俺の制止を聞く事なくキッチンに向かった。
そしてタオル、ビニール、ラップ、ビニールテープ、等一式を揃え再び部屋に入ってくる。
「いや、今日は止めない?」
麻酔が効かなくなり、ジンジンと痛む足、包帯でぐるぐる巻きになっている足を見ながら俺は妹にそういう言ったが、妹はニッコリ笑って「大丈夫シャワーを浴びるだけだし、私が全部してあげるから」と、俺の提案を一蹴する。
ズボンの裾を捲り、防水加工を施し始める妹、もう俺にそれを止める事は出来ない。
仕方ない……こっちは怪我人、これから多少の介助は必要になる。遅かれ早かれ風呂にも入らなければと……諦め妹をじっと見つめる。
「あ、あのさ……星空さんの事なんだけど……」
もう逃げないだろう、と、俺は妹に向かって今日の事を説明しようとそう声をかけると、うつ向き俺の足にビニールを被せていた妹の手が止まった。
「あ、あのさ」
「大丈夫……」
「え?」
「説明なんて要らない……」
「いや、でも」
「私は信じる……今さらだけど……お兄ちゃんの事信じるって……決めたから……だから……大丈夫」
ニッコリ笑って俺を見つめる妹、言われて俺は気が付く。
今何を言おうとも全部言い訳だと、星空さんの恐らくは誤解、でも彼女の誤解を完全に解く迄は、何を言おうとも全て言い訳。
しかも俺は星空さんとの出張を隠していた。
それは何も言い逃れ出来ない。
妹に心配かけないようにと、俺は敢えてそれを隠してしまった。
それによって今回話が拗れたの春紛れも無い事実。
妹は俺から逃げたけど、最初に逃げたのは俺の方だ。
妹の気持ちから、妹の思いから俺は逃げたのだ。
だから思っている。心の底から……悪いのは俺だって。
もう逃げない……妹から、妹の気持ちから……。
だからしっかり考えようと、この怪我をポジティブに捉えようって俺はそう思っていた。
もう物理的に妹から逃げられないのだから……。
昼も夜もずっと一緒にいる……いられるこの状況。
俺は、俺の気持ちをはっきりさせようって……そう思っている。
そして妹もその気持ちが、俺に対しての気持ちが本物なのか、判断して貰おうと。
今までは俺がずっと世話をしてきた。 だから妹は俺に恩を感じている。
でも今は立場がすっかり逆転している。
今、俺は妹に世話をして貰わなければならない状態。
そんな俺を見て妹の気持ちが揺れるかも、知れない……。
その気持ちが恩から来る物なのか……そしてそれは俺にも言える事だ。
妹は……俺の子供なのか? 妹なのか……それとも。
ここで判断しよう……ここで決めて貰おう……。
怪我が治ったら……はっきりする筈……俺の気持ち、妹の気持ちが本物なのか……はっきりと……する……筈。
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