第51話 卒業


 夢を見ていた……妹の結婚式の夢……妹の隣にいるのは、坊主頭の残念なイケメン男子。

 そして俺は花嫁の横でもなく、出席者の席でもなく……何故か教会の外にいた。

 純白のウエディングドレスを身に纏い、神父の前で見つめ合う新郎新婦と思わしき二人。

 厳かに儀式は進み、そして誓いのキス。

 な、ななな、俺の前でそんな事! いや、そもそも俺はそんな奴との結婚を認めた覚えはない! 何だその残念そうなイケメン男子は! 誰だお前、どこかで会ったらとりあえずぶん殴ってやる。


 俺は何だかわからない事を思いながら、必死に教会の窓を叩く……大声で「止めろ」と行って窓を叩き二人の接吻を妨害する。


 やがて俺に気付いた出席者は波の様に後ろから前に伝わる様に振り返る。

 そしてその波は後数センチという所でキスをしようとしていた二人に伝わった。

 窓を叩いている俺を見つけ、涙を浮かべてる妹……。


 俺はそのまま正面の扉を開け、二人に駆け寄り、妹の手を握って離そうとしない残念男子を蹴り倒し、お姫様抱っこで連れ去った。


 そして二人で手を取りながら、笑いながらバスに乗り込む……。


 引きこもっていた時に見た、どこかの映画のシーン……感動的と思われるけど、あの映画の最後のシーンはバスの乗客の冷たい視線、そしてそれに気付いた主人公とヒロインが真顔になる所で終わる。

 親も兄妹も親戚も友人も、全てを捨てた二人があの後に待つ物は……。


 何もかも捨てて、妹と二人きりで……なんて……幸せになれるのだろうか?

 まあもとより身内なんていないのだから……そこまで心配する事は無いのだろうけど。

 でも、それでも障害は多い。

 俺と妹が結婚なんて、そう簡単に行くわけがない。


 しかし……何もしなければ妹はいつかいなくなる。

 今日以上に、身を切られる様な程に……辛い現実が待っている。


 今回の事でそれが身に染みる程にわかった、わかってしまった。


 って……あれ? 何で俺は寝てるんだ? どこまでが夢? どこから現実? 

 目を開けると見慣れた天井が見えた……やっぱり夢?


「ゆ、雪!」

 もし夢だとしたら、雪が家から出ていってまだ帰ってきていない可能性も……俺は慌てて飛び起きてベットから降りようと……って……。


「お兄ちゃん……起きた?」

 妹は俺のベットの横に座っていた……俺の手を握って。

 薄暗い部屋の中、ベットの脇に座って俺の手を握る妹、いつもの可愛い笑顔で優しそうに俺を見つめる俺の大事な宝物がそこにあった。


「夢…………いってええええええ」

 起き上がろうと足に力を入れた瞬間、激痛が脳天にまで突き抜けた。


「駄目だよお兄ちゃん!」

 妹は俺の手を握ったまま、俺の身体を抑えベットに押し倒す。


 よかった……妹は帰ってきてくれていた。

 俺は心の底から安堵した。

 将来の事はわからない……でも今はまだ離れたくない。

 もう少し一緒に……妹と一緒に暮らしたい。妹の顔を見て、可愛らしい俺の家族の顔を見て、暮らしたい……離れたくない……と、普段信じてもいない神様に俺はそう願った。


「ごめん……ね……お兄ちゃん……」


「いや悪いのは俺だから」


「ううんお兄ちゃんは悪くない……」


「……そんな事無いよ」

 俺は一転して落ち込んだ表情に変わった妹の頭をそっと撫でた。

 

 ゴロゴロと喉を鳴らす猫の様に、俺の手に甘える様に、目を瞑り撫でるがままにされる妹。

 やっぱり可愛いな、抱き締めたいな……でも、それはなんとか抑え、ゆっくりゆっくりと慈しむ様に妹を撫でた。


 そして……暫く俺に撫でられていた妹の目が唐突に開くと、元気よく俺を見つめて言った。


「お兄ちゃんの看病は私がやるから! 今日からここで寝るから、付きっきりで治るまでお世話するからね!」

 良く見るとベットの脇には既に布団が持ち込まれていた。

 いや、えっと、俺……今どこの神様にお願いしたんだ? 聞きすぎ、効きすぎだろこれ?


「ゆ、雪、こ、ここで寝るのか?!」


「うん! もう夏休みだし、お兄ちゃんに付きっきりで看病するから!」


「いや、そもそも看病って俺は病人じゃないし」


「看病でも看護でも介抱でも介護でも何でも良いの! とにかくお兄ちゃんのお世話は全て私がやります!」


「いや、えっと……大丈夫だから……」

 かなりな怪我とはいえ、折れているわけじゃない、確か病院松葉杖を用意してくれていたし……。


「──お願い……ね? お兄ちゃん……」

 俺が妹の提案を断ろうとすると、妹は悲しそうな顔で、目を潤ませながら懇願してくる……そんな妹を見て、俺が断れるわけもなく……。


「じゃ、じゃあ……宜しくしちゃおうかな」


「うん!」

 俺がそう言った瞬間妹の表情がパッと明るくなる……それを見て俺は……ホッとしてしまう。

 妹が付きっきり……二人っきり……。

 そう考えると嬉しい気持ちで一杯に……

 

「──それじゃ、お兄ちゃん、まず、お風呂入ろっか」

 なんて思っていたら、いきなりそんな提案が……いや……ちょっと待て、付きっきりって……まさか全部?

「…………え? ええええええ!」

 

 妹の……付きっきりの生活が……始まった……らしい。


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