第50話 もう雪に協力しない


 ぐったりしたお兄ちゃんを恵さんと二人で部屋に運んでベットに寝かせた。

 そして玄関と廊下の掃除をして、リビングで一息つく。

 その間恵さんは一切話さなかった。


 私の正面に座った恵さんはコーヒーを一口飲むと、まるで仕事の報告の様に事務的に今日の事を訥々と私に話し始めた。


 お兄ちゃんが私の落としたコップで足を負傷して救急車で運ばれた。

 その場にいた星空さんはお兄ちゃんの親代わりの社長に連絡。

 社長は丁度新しい機材が会社に来た所だったので代わりに恵さんが病院に駆けつけた。

 恵さんはその場にいた星空さんに理由を聞いて、そしてその場で言い争いになったそうだ。

 女同士……何があったか赤裸々に話したらしい……簡単に言うと……出張で朝裸で寝ていた星空さん……そしてベットに……痕跡まで、さらにはそろそろ来る筈の物が来ない……とか……なんとか……。


 まだ一週間も経ってないし、そもそもその痕跡がそれじゃないのか? とか、恵さんはかなり強気でそう言ったそうだ。

 とりあえず病院で言い争うのもまずいと、一先ず納得したらしい星空さんは家に帰った。


 そしてお兄ちゃんの治療が終わり、結果怪我はそれほどでも無かったが、傷はある程度深かったのと出血も多かったので、一晩入院した方がいいと言われ恵さんがお兄ちゃんにそう伝えると、お兄ちゃんは今から直ぐに私を探しに行くと、聞かなかったそうだ。

 そしてなんとか一度家に戻る事で説得するも、再びタクシーの中で暴れ出し、さっきの顛末になった。


「えっと……恵さん……怒ってる?」

 淡々と話す恵さんに私は恐る恐るそう聞くと……。


「……あったり前でしょ」


「……あ、うん」


「賢兄ちゃんの代わりに私が叩きたかったくらい」


「──うん……そうだね……お兄ちゃんを怪我さしちゃって」


「違う……」


「え? あ、うんそれと、飛び出しちゃって」


「違う」


「え?」


「私が怒ってるのは……何で信じていないの? って事」


「信じて……」


「雪言ったよね、お兄ちゃんが好きって死ぬほど好きだって、だから私は貴女を認めた……でも、何この体たらく?」


「え?」


「何で星空さんの言葉を信じて、賢兄ちゃんの事を信じていないの?」


「……」


「あんなの勘違いとしか思えない、実際そうだし」


「でも……私経験ないし……」


「私だってないよ! でもね! ああ、もういい! とりあえず今日は賢兄ちゃん優先」


「え、あ、うん」


「ママには私から報告しておくから、とりあえず当分家から仕事する事になるって、賢兄ちゃんの看病は任せる」


「あ、ああうん、ごめん……なさい」

 普段私の前ではお母さんと言っているのに、ついママって行ってしまう程に恵さんは怒っていた。


「とりあえずって言ったから……あとね、私……もう雪の応援はしない」


「え?」


「もう雪の応援はしないって言ったの、もうこの先、貴女には賢兄ちゃんを任せられない」


「…………」


「じゃあね」


「あ……うん」

 恵ちゃんは立ち上がり振り向く事なくリビングを後にした。

 でも、その顔を、最後に私を見た時の恵さんの顔を目を私は多分一生忘れないだろう。

 失望の目……。

 あの目は、恵さんの目は私の心を突き刺した。

 私の胸を深く抉った。

 痛かった叩かれるよりも遥かに痛くそして傷付いた。


 私はその場から動けなかった。

 

 家の外から直ぐに車が走り去る音が聞こえた。

 恵さんは話している最中テーブルに置かれていたスマホをチラチラ見ていたので多分アプリでタクシーを呼んでいたのだろう……。


 何も言い返せなかった……その通りだったから……全部私が悪い……星空さんに反論する事も、お兄ちゃんに聞く事も何もしないで、ただ星空さんの言葉を信じて、ただお兄ちゃんの事を信じきれなくて、自暴自棄になって……。


 バカだ……私はバカだ……そして子供なんだ……私はまだ子供なんだ。

 何がお兄ちゃんの彼女に、恋人になりたいだ……そんなの……おままごとと一緒だ。


 悔しくてまた涙が溢れる。

 信じきれなかった自分に、そして信じて切っていた恵さんに……悔しくて悔しくて……涙がポロポロと溢れた。

 泣き虫な自分が……子供の頃の自分が再び甦る。


「……今は……今は泣いてる場合じゃない……今はお兄ちゃんの事を……」

 怪我をした原因は私……こんな顔で、こんな思いでいたらお兄ちゃんは治らない。

 だから泣くのはここまで……お兄ちゃんが治ったら……全部話そう……私の思いを全部……。


 一頻り泣いた私は、よろよろとソファーから立ち上がった。


「……よし! もう大丈夫……お兄ちゃんの為……ううん、自分の為に……頑張る!」

 

 私は……そう言って自分を奮い起こし、お兄ちゃんの部屋に向かった。




 

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