第43話 女子高生と付き合える特典

 窓の外から見える道路からは、ゆらゆらとカゲロウが立ち上っている。

 ジリジリと焼ける様な日差しに、夏が来たって実感させられる。


 全開のエアコンでも、若干汗ばむ窓際の席、外からの日差しが恵ちゃんの茶髪をキラキラと光らせていた。

 ギャルと言えば茶髪に黒い肌が俺の中でのイメージだけど……ガングロなんて言葉はもう既に鬼籍に入ってしまっている。

 勿論プチ程度の本気でギャルをやるつもりが無い、中途半端ギャルな恵ちゃんの肌は真っ白だ。

 真っ白な肌に茶髪というコントラストな顔を見て、恵ちゃんをギャルって呼ぶには違和感を感じざるを得ないのは、俺の年齢のせいなのだろうか?

 

 子供の頃の恵ちゃんは勿論黒髪で、後ろ姿は雪と区別が付かない程似ていた。

 どんな姉妹よりも姉妹らしかった二人……、その二人が……まさか揃って俺を好きでいるなんて……。


 俺は恵ちゃんからそう言われ……戸惑いを隠しきれないでいた。


「なーーんだ、知ってたのか」


「知ってた?」

 とんでもないタイミングでの唐突な告白をされ、気が動転していた俺は……どう返事をして良いのか、戸惑っていると……恵ちゃんはがっかりした顔で俺にそう言った。


「私はともかくさあ、雪ちゃんからもそう思われてるって言ったらひっくり返るかと思ってたからねえ、ちょっとがっかりみたいな?」


「いや……知ってた……わけじゃないけど」


「あれえ? 雪ちゃんが賢兄ちゃんに電話で告白したけど、やっぱり予想通りスルーされたって言ってたからさーー」


「電話で? …………えええ!」


「あれ? 違った? ん? じゃあもっと前から知ってたって事か……」


「あ、いや……」


「あ、ちょっち待っててね」

 恵ちゃんは空になったグラスを持って席を立ちドリンクバーに向かって歩いていく。

 落ち着け、落ち着け……俺はその間に自分にそう言い聞かせ、頬を両手でパチンと叩いた。


 そして、一度深呼吸をして、どう説得するかを考え始めた。

 ここでうやむやには出来ない、それってキープと同じ最低男のする事と同義だ。

 こういう時は好きな人がいるとか、付き合ってる人がいるとか言って断るのが定番なんだけど……現状俺は特に好きな人がいるわけではない……そもそも俺の交遊範囲なんて全て知っている恵ちゃんには全く通用しない。


 そう……俺には断る理由がないのだ。


 かといって俺が女子高生と付き合うなんて考えられない、もうすぐ30歳になる俺が15才や16才と……なんて……それなんてエロゲーだよ……。


「……髭でも剃るか?」


「髭?」


「い、いや何でもない!」

 なんともいえない色のジュースを片手に俺を不思議そうに見つめる恵ちゃんは再び俺の正面に座った。

 

「ふーーん、まあ賢兄ちゃんが戸惑う気持ちもわかるよ」

 金色の文字で、egoisticと書かれたTシャツに、デニムのミニスカート姿の恵ちゃん、今度はストローでその怪しい色のジュースをすすりながら俺を見て苦笑いをする。


「でもさあ、もっと気楽に考えて欲しいんだよね、何て言うかなあ、うん、女子高生と付き合える特典付きの身近にいる女の子二人が好き好きって言い寄って来るって感じでさあ~~そう言うのって男子の夢じゃね?」


「……軽! いやいやそもそも特典って」


「今すぐ結婚してとかそういう事を言ってるわけじゃないんだ、私も雪ちゃんも、ただ女の子として見て欲しいって、そう言う宣言をしたって事なんだよねえ~~」


「宣言……」


「うんうん、子供でも、妹でもなく、一人の女の子として見てって事」


「それは……でも……」


「まあわかるよ、私も雪ちゃんもさあ、賢兄ちゃんに全部見られてるじゃん?」


「全部って?」


「エッチ」


「うえええええ?!」

 いやいやその言い方! そもそも全部って……確かに恵ちゃんのオムツと言うか、パンツを交換した事はあるけど……それにしたって一回したかどうかの話だぞ? てか、社長バラしたのか?! 

 後何回か一緒にお風呂にも……いやそれも近所のプールに行った帰りで、冷えきった身体を温める為に仕方なく恵ちゃんと雪と三人で……。


「まあ、私は雪ちゃん程では無いけどねえ、後、雪ちゃんと違って今は全く違う体型になってるしねえ~~」


「体型って……」

 まあ恵ちゃんは雪と違って出る所はしっかりと出て、引っ込む所は引っ込んでて……どんどんとスタイル抜群の社長に近付いてって、な、何を考えてるんだ俺は!


「そうそう、そんな感じで私を見て欲しいって事なんだよ~~」


「いや……えっと……」

 何故バレた?


「あはは、男の人の視線って、本当わかりやすいよねえ~~」


「……ご、ごめん」


「ううん、謝らなくていいよ、好きな人からそうやって見られるのは嬉しい事なんだから、ホレホレ、もっと見れ」

 自分の胸を両手で持ち上げ、大きさをアピールする恵ちゃん。


「ちょっと、ちょ、ダメ、やめ……」


「あははは、賢兄ちゃんウブだねえ」


「う、うるせえ……」

 言い慣れない悪態をつくも恵ちゃんはケラケラと笑うだけ……。

 それにしても、もっと軽い感じでなんて……そんな事出来るわけない……。

 だって……俺にとって二人は大事な大事な家族なのだから、そんな娘でもあり、妹でもある二人が、軽い考えの男なんかに奪われたりしたら……。


 俺はそいつを……殴り殺してやる。


 そう思っている……だから勿論その提案には乗れない。

 

「そう言えば、もうすぐ雪ちゃんと賢兄ちゃんの誕生日だねえ」

 俺がそんな思いで混乱し黙ってしまった為に助け船を出すかの如く恵ちゃんは急に話を変えた。

 

「あ、ああ……」

 偶然にも俺と雪は誕生日がかなり近い、なのでいつも一緒に誕生日を祝っている……が、俺はこの度遂に30歳を迎える……とても祝う気にはなれない……魔法使いエ


「でさあ、もうすぐ夏休みだし、3人で海に行こう~~誕生日会も兼ねてさあ」


「……いや、そんな急に……」


「そこで私達の水着姿でも拝めば、賢兄ちゃんの考えが色々変わるかもしんないし~~」


「人をそんな獣みたいに……」


「とーーにーーかーーく、賢兄ちゃんは気楽に考えてくれて良いよ、マジでさあ、これで態度変えられても私も雪ちゃんも困るし」


「あ、ああ、まあ……それは俺も助かる……」


「ふふふ、じゃあとりあえず、それは一先ず置いといて、海に行く計画を立てよう」


「あ、ああ……そう言えばさあ、恵ちゃんは試験平気だったのか? 追試とか大丈夫?」


「ぐ、ぐはあああ……」

 俺からそう言われた瞬間、さっきまでの楽しそうな顔から一転、恵ちゃんはまるで後ろから鈍器で殴られた様に唐突にテーブルに突っ伏した。


「……おい女子高生……遊んでる場合か?」


「……うぐ」

 テーブルの上でピクピクと蠢く恵ちゃんに、俺は上から死体蹴りの様にさらに追い討ちをかける。


「とりあえず追試があるなら教えるから、来週家に来な」


「はふうう、賢兄ちゃん……しゅき」

 恵ちゃんは、そっと顔を持ち上げると俺を見てさっきとは違い目をハートマークにさせながら、いや、実際になっているわけではないが、そんな風に見えるかの如くウルウルとした恋する乙女の様な目でで俺を見ながらそう言い放った……。

 本当にこいつは昔から変わってない……夏休みの宿題が終わらないって泣き付いて来た時と全く一緒だ。

 やっぱり……見た目は大人だけど、中身はまだまだ子供だなって……それを見て、恵ちゃんのその姿を見て俺は改めてそうおもった。


 やっぱり俺にとって恵ちゃんも雪も妹なのだ、娘なのだ。

 好きって言われても……付き合いたいって言われても……今はまだ……。


 でも……この時俺の中でほんの僅かだけ……二人を独占したい、自分の物にしたい、ずっと側にいて欲しいという、そんな気持ちが、そんな醜い気持ちが……思いが、俺の奥底で沸きあがっている事に……俺はまだ……気付いていなかった。

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