第42話 私達

 

 何の臆面もなく俺の事が好きと言った恵ちゃんは、そのまま二切れ目のピザに手を伸ばす。


「──いや……え? ちょ……は?」

 突然の事でどう返事をして良いのか戸惑う俺……冗談? いや、だとしたらなんちゃってって言葉が続かなければ……。

 そう思いながら恵ちゃんのテヘペロを待ってみるが、何も言わずにピザを満面の笑みで食べ続けている。


「ほ、本気?」

 万が一冗談じゃないという可能性を考慮して俺は恵ちゃんにそう問いかける。


「うん! 賢兄ちゃんが好きだよ」


「──いや、えっと……それって家族としてとか、毎年お年玉をくれる優しい親戚のおじさんに対するあれ的な奴じゃ」


「あーーそう言えば賢兄ちゃんからお年玉貰った事無いねえ、ケチ~~」


「え? あ、いや……」

 いや、俺がおじさんやおばさんに毎年貰ってたから、いや断ってはいたんだよ? でも、無理やり……それでそれを貰ってる俺から恵ちゃんに上げたら、そこから出ている様で……しかも社長の娘だし、給料から出すのもなんだかなあって気もするし。

 そもそもおじさんが恵ちゃんを結構甘やかしてて、当時の小学生じゃ信じられない額のお年玉を貰ってたし……。

 いや、そんな事よりもだ。

 付き合うって……俺が好きって……え? 俺が女子高生と? いやいや、それって犯罪だろ?


 ……だ、だけど……確か、親の同意があれば……って俺は何を考えてるんだ!

 

 いや……でも……おばさんがこの間言ったよな……恵ちゃんと結婚して会社をとかって……これは、おばさんの陰謀?

 いやいや、自分の娘を俺なんかに差し出すわけが無いだろ? あれも冗談だよな?


「ちょ、ちょっと待って、待ってくれ、本当に、本気なのか?」


「だからそう言ってるでしょ?」

 恵ちゃんはピザを食べ終わり、今度は手をおしぼりで丁寧に拭くと、グラスを手に持ち、ドリンクバーで何種類かをミックスした怪しい色のジュースをストローも使わずにくいっと煽る。

 そして……半分以下になったグラスをくるくると回し、カラカラと氷の音をたてたて始める。


「──い、いつから?」


「ずっと前からかなあ~~」


「ずっとって……」


「ずっとだよ……子供の頃からずっと好きだった、それが今でも続いている感じ?」


「──それって……」

 それは……妹と、同じなのでは? 俺はそう思った。

 そう……幼い頃の勘違い……お父さんと、お兄ちゃんと……将来結婚するって、あの勘違いなのでは?

 

 俺はそう思った瞬間、これはいい機会だって……これはチャンスなんじゃないかって、そう考えた。

 

 妹と同じ勘違いをしている恵ちゃんを説得出来れば、妹にも同じ事が出来るって……恵ちゃんには悪いけど……俺は良い機会だって……そう思ってしまった。


「──そ……それってあれだよ、勘違いじゃないのか? ほら恵ちゃんお父さん大好きだったじゃない? だから寂しくて身近にいる俺を、お父さんがわりにって思ってさあ、それが恋なんじゃないかって……」

 

「──は? バカじゃん?」


「え?」


「……前からずっと思ってたけどさあ、賢兄ちゃんって……子供舐めてるよね?」


「え? いや……それってどういう」


「子供の恋は全部勘違いって思ってるでしょ? あと私達をいまだに子供だって思ってるでしょ?」


「……いや……そ、それは」

 だって……高校生はまだ子供だろ?

 俺はそう思ったが口には出さなかった、いや出せなかった。

 恵ちゃんがさっきまでの、のほほんとした表情から一変したから、今まで見た事のない、真剣な表情に変わったから……。


「……本気なんだよ、子供だって本気で恋をするんだよ? そりゃアニメキャラや人形に恋したり、お父さんやお兄ちゃんに恋したりもする……でもそれだって全部本気なんだよ? 本気で恋しているんだよ? 

 そして、今……私達は高校生、もうちゃんとわかってる、色んな事をわかってる。わかった上で言ってるの……勿論色んな経験も当然少ないし、大人から見たら子供だって思うかもしんない……でも、その思いが、この思いが大人よりも低いって、少ないって、小さいなんて……誰が決めたの? どうしてわかるの? どうしてそう思うの? 

 少なくとも私達は本気……本気で賢兄ちゃんに恋しているし、付き合いたいし、エッチしたいし、子供生みたいし、結婚したいって、ずっとずっとそう思っている……」


 そんな長台詞をまるでベテラン女優の様につらつらと口に出す恵ちゃん……でも……俺は殆んど聞いていなかった……いや、聞いてはいた、しっかりと、間にとんでもない言葉が入っていたのも……しっかりと聞いていた。


 でも……それを、その恵ちゃんの思いを考える迄に至らなかった。そこまで頭が回らなかった。だってさっきから……恵ちゃんは私……達って、達って言ってる……俺はそれに気が付いたから……。


「達って……」

 帰ってくる答えはわかっている……でも……俺はあえて聞いた、聞いてしまった。


「勿論……雪ちゃんも……だよ、雪ちゃんも、私と同じくらい……ううん、私以上に賢兄ちゃんの事が大好きで、私と同じくらい付き合いたいって、ううん、ずっとずっと一緒にいたい、賢兄ちゃんのお嫁さんになりたいって、そう思ってる、ずっと昔から子供の頃から……今でも……」

 恵ちゃんは……嬉しそうに、心から嬉しそうに、笑顔で、優しい目で俺を見ながら……そう言った。

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