第40話 焦り


 今日からお兄ちゃんがいない……そういう考えただけで寂しくて寂しくて仕方がなかった。

 

 物心ついてから、夜にお兄ちゃんがいなかった事は数える程しかない。

 おじさんの家に何度か泊まった時、寂しくて寂しくて……布団の中でいつも一人泣いていた。

 お兄ちゃんに心配を掛けさせたく無かったから……おじさんとおばさんにバレない様に……夜一人になった時、布団の中でメソメソ泣いていた。

 

 そしてその事を知っているのは、恵……ちゃんだけ……だった。


『大丈夫~~また泣いてるんじゃない?』


「さすがにもう泣かないよ……でも……寂しいよ……」


『そか、そだね』


「……うん」

 昔はずっと恵ちゃんって呼んでいた。対等な立場、友達の感覚で、ううん、実際に一番の友達でもあったのでそう呼んでいた。でも、恵ちゃんもお兄ちゃんの事が好きって知ってから、そう聞いてから、私は恵さんって呼ぶ事にした。

 他人行儀というよりは、ライバルとして、そして尊敬するお姉さんとして……そしてもし将来、本当の姉になる時が、万が一でも無いとは言えない様な気がしないでもないので…………そう呼ぶ事にしていた。

 

 恵さんは私を心配して、泣いていた頃私を知っているから、それを気づかって、電話をしてきてくれた……って思っていたけど。

 勿論それもあったのだろうけど、でも今日はお兄ちゃんの出張に関してのとんでもない情報を教えてくれた。


「本当に?」


『あーー、やっぱり言ってなかったか』


「……聞いてない……」

 ぶううううう、まさかお兄ちゃんがあの会社の女と二人で出張に行ってたなんて……。

 そして……それを黙っていたなんて……。


 そしてそれを聞いて私の中でドロドロとした感情と、そして焦りの気持ちが沸き上がる。

 お兄ちゃんはコミュ障だから……だから敵は恵さんだけと思っていた。

 でもこの間、まさかのおばさんが急浮上、そしてここに来て、さらにあの同僚の星空とかって女まで……きいいいいいい!


 どういう事? 恵さんとの協定で安心していたのに、焦らないでゆっくりとって思っていたのに……まずい、非常にまずい……。

 そんな場合じゃ無かった。ゆっくりしている場合じゃ……駄目だ、ゆっくりしている場合じゃない……私は覚悟を決めた。


「……恵さん、私……明日言うから……でも多分お兄ちゃんは、わかってくれないと思うけど、だから恵さんも……」


『……そか、良いの?』


「……うん、もし……お兄ちゃんが恵さんを選んだら……私……諦められるから……」

 もしお兄ちゃんの相手が恵さんだったら……お兄ちゃんに相応しいって……私が唯一そう思える人……そんな会社でちょっと知り合っただけの星空なんて言う人にあっさり奪われたら、堪らない。

 どれだけ長い間、私と恵さんはお兄ちゃんの事を好きだって思っていたのかって……しかも家族として、家族同様にずっと一緒に居て尚、ここまで好きって思っているんだもん。


『負ける気なんて更々無いって感じだねえ』


「……うん、負けないよ」

 私はある意味一番有利でそして一番不利な立場にいる。

 私はお兄ちゃんにとって娘……しかも妹、さらには一回り以上も年の差がある、そしてさらに女子高生という二重三重四重のとんでもなく高い障害が立ち塞がっている。

 でも、それは恵さんも一緒……せめて私達が18才になるまで、ううん、私が結婚出来る年齢まで待とうって、そう話し合った。


 今はまだ16才で結婚出来る……もうすぐ変わるかもしれないけど……。

 私がその年になったら、お兄ちゃんの考えが変わるかも知れない。

 私を結婚相手として、お嫁さん候補として見てくれるかも知れない。

 そんな淡い期待を描いていた……でも、もうそんな事を待っている場合じゃなかった。

 

『とりあえず私が先行する事になりそうだね、そのまま逃げ切っちゃうかもよ』


「……そうだね……でも、私はお兄ちゃんを信じているから」

 多分だけど、お兄ちゃんは誰かと付き合う事はあっても、私が一人立ちするまで、私を誰かに託す迄は結婚しない……結婚がゴールとは思わないけど……。

 つまり私が諦める迄、お兄ちゃんが幸せになるまで、お兄ちゃんを幸せにしてくれる人が現れる迄は大丈夫な筈。



『ふふふ、まあ、とりあえずここは私達でなんとか乗り切ろう、そして二人で最終決戦よ!』


「最終決戦って……ラスボスと仲が良いってのもおかしいけどね」


『義理の姉妹と書いて強敵と読む』


「もうお兄ちゃんと結婚した気でいるなんてねえ、甘いよ甘過ぎるよ、恵さん!」


『ふふふ、それじゃ未来の義理の妹よ、また一人布団の中で泣くなよ』


「なかないでーーーーす! じゃあね」


『うん、お休み』

 電話を切ると、お兄ちゃんのメッセージが表示される。心配性のお兄ちゃんは少し焦っている様にしつこくメッセージや留守電を入れていた。

 直ぐに返信したかった、直ぐに電話をかけたかった、直ぐにお兄ちゃんの声が聞きたかった。

 でも、ここは我慢の時……とりあえず今日は怒っているアピールをしておこうってそう思った。


 私は『寝る』だけと返信をして、そのまま布団に潜った。

 今日は泣かない……もうこんな事くらいじゃ……だって、もうずっと泣いてるから……好きで好きで苦しくて、心の中で、私はずっと泣き続けているから。

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