第39話 かぐや姫
『おにいたん、抱っこ!』
テトテトとおぼつかない足取りで、俺の元へ歩いて来ると、天使の様な笑みを浮かべ両手を広げる妹……。
俺が両手を広げると、満面な笑みで俺のお腹辺りに飛び付く様に抱きつく。
俺は包む様に、そっと妹の頭を両手で抱きしめる。
猫のように俺のお腹にグリグリと顔を押し付ける妹。
妹からは、甘いお菓子とミルクの様な香りがした。
痛み、かなしみ、苦しみ、妹を抱きしめると、その全ての痛みが和らいでいく。
俺はそうやってずっと妹に助けられていた。
新幹線を降り、2回乗り継ぎをして、俺は地元の駅までなんとかたどり着いた……。
しかし今だ身体の震えは止まっていない。
この気持ちは、この震えは妹に会えば治る筈、今までもそうだった。
妹を抱きしめれば何も怖く無くなる。俺の特効薬、でも……俺の中で早く帰りたい気持ちと、帰りたくない気持ちが同居している。
この間、俺の背中で妹は……俺の事が好きって……苦しいほど好きだってそう呟いていた。
俺はそれを聞いてしまった。
それを知ってしまったのに、俺はそんな自分の都合で、妹を抱きしめても良いのか?
修学旅行、林間学校、1日以上離れた時の俺たち兄妹の恒例行事。
昨日電話でも言っていた、「ギュッってしてね」……って。
いつか妹が居なくなる、俺の手から離れていく……という事を考えてしまってから……俺の中にあった不安というドロドロとした物が、感情が溢れだしてしまった。
兄として、そして父親の様に接してきた妹が、いつか誰かの所に行ってしまうかも知れないって……そう考えただけでこの有り様。
本当に彼氏なんて連れて来られたら俺はどうなってしまうのだろうか?
かといって……妹の気持ちに、勘違いしているその気持ちに乗っかる事なんて出来ない。
そう……妹は勘違いしているのだ。
血の繋がらない関係なのに、ずっと俺が妹を育てて来たから、面倒を見てきたから、恩返しをしようって、そしてその恩返しをしたいという気持ちを恋と勘違いしているに違いないのだ。
本当の父娘なら、本当の兄妹なら、いつかこの勘違いに気付くのだろう……いや、大方の父娘なら高校生になるまでに気付いている筈だ。
俺は妹の兄として、父親代わりとして、妹を突き放さなければいけない。
なのに……それなのに……。
一刻も早く帰って抱きしめたくて仕方がない、そうすればこの苦しみから逃れられるって知ってしまっているから……。
麻薬……そう……俺にとって妹は麻薬と同等なのかもしれない。
一度使ったら逃れられない……妹の人生も俺の人生も変えてしまう。
フラフラする足取りでなんとか家の前迄たどり着く……。
家を見回すと特に変わっている様子はない……所々に電気が付いているのが確認出来る。
俺はポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込みゆっくりと半時計回りに半回転回した。
俺は何故だか緊張しながら、ビクビクしながら扉を開ける。
とりあえず玄関に妹はいない、無論他人の……男の靴もない……。
荷物を玄関に置き、リビングに向かった。
家の中は美味しそうな匂いが充満している。
妹が何か作って待ってくれているのだろうか? それとも……。
料理を作っている、もしくは作り終えている……食べている……の、だとすると、キッチンかリビングにいるであろう……。
俺は廊下を忍び足で歩き、そっと……リビングの扉を開けると……そこには! 知らない男とイチャイチャしている妹が!
なんて事はあるわけ無かった。
でも、もしそうだとしたら、俺はどうなっていたのだろうか……。
「……寝てる?」
テーブルには作ったばかりと思われる料理が並べらその前で妹はクッションを抱きしめ、ソファーに座ってうたた寝をしていた。
いつも通りに綺麗な顔……美しくも可愛い寝顔……その寝顔に俺はおもわずうっとりしてしまう。
3日振りの妹を見て……安心感が俺を包む……さっきまでの震えがピタリと止まった。
そして、俺はその寝顔を見て再認識してしまう。
やはり、妹の人生を狂わすわけにはいかない。
妹の勘違いを是正しなければいけない。
俺はあくまでも育ての親、そして雪の兄なのだ。
でも、今だけ……妹が目覚めるまでのこの時だけは……と、俺はそっと妹に近づいた。
ああ……可愛い……なんて可愛いんだろうか……。
世界中の誰よりも、可愛くて美しい妹。
いつか、いつかは俺の元からいなくなってしまう妹は、まるで月に帰って行くかぐや姫の様だ。
かぐや姫の育ての親、お爺さんはどう思っていたのだろうか?
もしお婆さんが居なければ、恋愛展開になっていたのだろうか?
なんてくだらない事を考えてしまう。
もし仮に、俺が妹と恋愛関係になったら……。
妹の可愛い寝顔を見て、今まで想像しなかった事を考えてしまう。
世間体、年の差、恐らく想像を絶する事が起こるのだろう。
そんな事に妹を巻き込むわけにはいかない。
やはり、ダメだ……手放したくは無い……でも……。
俺は妹の前に跪き、妹の顔を覗き込むように観察する。
瞑られた目、長い睫毛がわずかに動いた。
そして艶やかな唇からわずかに寝息が聞こえる。
ぷっくりとしたピンク色の小さな唇、小さい頃にキスした事を思い出す。
俺が寝ている振りをしていたら「にいたんチュッチュ」って言いながら俺にキスをしてきた妹。
今はあの時の逆で……うん? 逆? 寝た振り?
俺がそう思った途端妹の目が唐突に開いた。
「お~~にいいちゃんおかえりいいいいいい!!」
妹は目の前にいた俺の首にそう言いながら抱き付いて来た。
「う、うわああああああ! ゆ、雪寝たふりしてたのか!」
「うん! ちゅううううううう」
妹は俺の首筋に口を付け、チューチューと吸い始めた。
「な! 何してる! やめ、やめろ、やめてえええええ」
「だめえ、星空さんの事黙ってた罰! 5分間は私の好きにさせろお! お兄ちゃん成分吸収中! じゅじゅううううううう!」
「あ、あがあああああ、やめ、らめえええええええ!」
妹はまるで吸血鬼の様に、俺の首筋に吸い付く。
そして、俺は……慌てながらも、そっと妹の腰に手を回して、ギュッと抱きしめた。
どさくさ紛れだったが、俺たちの恒例行事は……ギュッと完了した。
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