第38話 依存


「あ、あの……私ちょっと寄る所があるので」


「え? いや、でも」


「あ、大丈夫です、昨日調べたけど、指定券が無駄になるだけなので……」


「いや、ちょっと、え?」


「じゃ、じゃあ……お疲れ様でした」

 

 研修を終え一緒に帰ると思いきや、突然そんな事を言い出す星空さん。

 研修中も終始よそよそしい態度だった……。


 いや、まあ今までだって特別仲が良かったわけじゃないないんだけど……。

 コミュ障の俺では今一距離がわからない。


 子供の頃から知っている妹や恵ちゃんなら、ある程度何を考えているのか、例えば怒っているのかいないのか、なんて事はなんとなくわかる。

 妹が初日に怒っていた事は、なんとなくわかった……そしてその理由も昨日はっきりした。

 でも、今は全くわからない……星空さんの事は全く……。


 それが良いのか悪いのか……それも俺にはわからない。

 ギャルゲーだと、わからないからこそ相手に興味を持つなんてシチュエーションもよくある事。

 知りすぎた幼なじみよりも、性格の全くわからない無口キャラの方に惹かれるのが世の常だ。


 まあ、だからといって俺が星空さんと付き合うなんて事は多分絶対に無いんだろうけどね。

 俺に一礼し、ゴロゴロとキャリーを引いて去って行く星空さん、その後ろ姿を見送ると、俺は足元に置いていた鞄を担ぐ。


「──さあ……帰ろう」

 俺はそう言って踵を返した。


 とりあえず新幹線の時間迄、駅の売店でいくつかお土産を買い込む。

 家に帰れる喜び、妹に会える喜び……これが幸せなんだろうか? 幸せなんだろうか……。

 無くなる事さえ考えられない、当たり前の世界……いや、いつかは無くなるかも知れない。

 限りがあるから楽しいと感じるのかも知れない。


 妹の好きそうなお菓子をいくつかと、帰ったら作ろうときしめん等も買い込む。

 少し買い物に気合いを入れすぎた、俺は慌ててホームに駆け込み、時間ギリギリで新幹線に乗り込む。

 席に座って誰も居ない隣の席を見つめる。

 やはり時間になっても星空さんが隣に来る事は無かった。


 一体どうしたのか? 少し心配になるも、彼女も二十歳……もう大人だ……折角の遠出なのだし……先輩である俺に気を使うのも疲れるだろうし……一人で過ごしたいって事なのだろうと俺は勝手にそう結論付けた。


 新幹線はどんどんスピードを増していく。

 飛ぶように流れていく車窓を見つめ、家に近付いて行く実感からか、少しずつ緊張が解けていく。

 そして、緊張が解けていくに比例して、俺の中でドロドロした感情が沸き起こり始める。

 雪が来る前の……引きこもっていた時の辛い記憶が甦る。

 大事な者を大事な物を無くした、亡くしたあの時のドロドロとした感情が……。

 

 雪が居なくなったらって……そんな思いが俺を襲う。

 3日間離れていた実感が……もうすぐ会えるって思った瞬間に、俺の中でそんなおぞましい思いが甦る。

 

 ずっと抑えていたのに……ずっと隠していたのに。

 もう治ったと思っていた、あの時の感情が、あの時の不安が俺を襲う。


 席に座ったまま俺はうつ向き身体を抑える……自分で自分の身体を抱きしめ、ブルブルと震える身体を抑え続ける。

 早く会いたい……妹に会いたい……早く早く早く……新幹線よりも……早く。


 良かった……隣に星空さんが居なくて……。

 

 妹を育てる事に一生懸命だった。今まで二人で生活する事に必死だった。

 

 でも……俺は基本弱い人間なんだ。何かを無くす事に敏感で臆病で……。

 もし……もしも……妹が居なくなったら……そう考えただけで……耐えられない。


 たったの3日離れていただけで、これだ……。


 雪は俺に育てられたって思っている……でもそれは違う、雪のおかげで俺は大学を卒業し、今こうやって働けているんだ。


 雪は……俺が居なくても生きていける。

 

 でも俺は……雪が居なければ生きていけない……。

 今までも、そしてこれからも……。


 頼られているんじゃない、頼っているんだ。


 そうなんだ……俺は雪に……依存している……。


 そんな事に俺は……今頃に……今更ながらに、気が付いてしまった、気付かされてしまった。



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