第37話 帰ったらギュッとしてね
何かおかしい……。
いや、だからと言って研修を15498回繰り返してるわけではない……いや、だったら最悪なんだが。
翌日研修所に行く時、ホテルのロビーで星空さんが妙によそよそしかった……。
それだけではない、エレベーターから降りてきて、ロビーで俺を見るなり真っ赤な顔で俯いてしまった。
まあ……多分昨日の事を気にしているだろう? まああれだ飲んで絡んだのだから仕方ない。
俺は気にしてないアピールをしつつ、何事もなくその日の研修に集中する……が……。
「あ、今日は夕飯どうする?」
今日こそ妹に電話をと思いつつも、やはり星空さんを一人には出来ないと、俺は研修から戻り、昨日同様にホテルのロビーで、そう言って誘うが……。
「きょ、今日はコンビニで買ってお部屋で食べますから!」
と、少々強い口調でそう言うと、そのままそそくさとエレベーターに乗って俺を待たずに行ってしまった。
──まあ……仕方ないよな……。
酒は飲んでも飲まれるなって奴か……彼女もそう思って反省しているのかも……とあまり気にする事なく俺も一人部屋に戻った。
そして……今日こそと、出るまでかけ続けてやる! と、気合いを入れて妹に電話すると、昨日散々返信をしなかった妹は、ワンコールで電話に出た。
『お兄ちゃん、どうしたの?』
「いや、どうしたも何も、昨日全然返信してくれなかったから」
『ああ、うん、ちょっと恵さんと喋ってたから』
「あ? あ、ああ……そ、そうなんだ……」
そうか、恵ちゃんが気にして電話してくれたのか……。
そう聞いて俺はホッとした。まあ妹が俺のいない間に誰かを家に連れ込むなんてあり得ないとは思っていたけど……。
『お兄ちゃん寂しくて電話してきたの?』
少し笑いながらそう言う妹……その通りなのだが、やはりここは兄としての威厳を見せなければと俺は強がって見せた。
「……うん」
強がれなかった……。
『そか……』
「いや、心配もしてる……不安で仕事が手につかない」
『もう、そこは頑張れよ!』
「……はい」
兄の威厳なんて無かった。 でも、こうやって声が聞けて俺は心底安心した、そしてホッとした。
『私も寂しいけど……でも我慢するからね』
「お、おお」
『明日帰ってきたらギュッとしてねお兄ちゃん』
「ギュッて!」
『えーー修学旅行から帰ってきた時してくれたじゃない?』
「え? いや、あれはまだ小学生だったから」
中学の時もしたっけ?
『うーーん……そか、あれは家で迎える人がやるのか、じゃあ私がギュッてしなくちゃね』
「いやいや」
『ねえ……お兄ちゃん』
妹の声のトーンが急に変わった。
「ん?」
『……好きだよ』
「え?」
『──お兄ちゃんは?』
真剣なその声……あの背中で呟いた妹の言葉が頭を過る。
でも……恐らくこれは告白では無い。子供の頃に言っていた好きと同じだって……俺はそう思った。
「…………お……俺も」
『も?』
「す……好き……」
『えへへへ』
「な、なんだよ急に……なんかあったのか?」
『うーーん、あったと言えばあったのかな?』
「な、何があった! 大丈夫か?! お兄ちゃん今から帰る!」
『大丈夫大丈夫、お土産宜しくねえ~~』
「ちょっとおい、雪」
『あ、そうそう星空さんと一緒に行っていたのを黙って事については、帰ってからじっくりと聞くんで、覚悟して帰ってきてね、お兄ちゃん!』
「え? ええ! あ、ちょっと……ゆ、ゆきいいい!」
余韻もなくプツリと通話が切れた。
昨日何か怒っている様な雰囲気だったのは……ひょっとして……星空さんの事を知ったから!?
恵ちゃんに聞かされた? 社長が恵ちゃんに?
「ああああああ……社長うううう」
いや、黙ってたわけじゃない……んだけど、やっぱりあの一緒に寝た時に背中で言っていた言葉……。
それを知ってしまったら、なんか言いにくくて……。
別に何があるわけでも無いし、仕事だし、ホテルの部屋だって別々だし……。
勿論昨日だって何も無かったし、今日はご飯も別々だし、隠す必要なんて無いんだけど……無かったんだけど……。
「あああ……途端に帰りたくなくなった……」
研修は明日の午前中で終わる……終わってしまう……。
俺は急激に身体重くなる様な……そんな感覚に襲われていた。
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