第36話 泥酔
「だゃからひぃえんぱいはすごいっていってるんれす!」
居酒屋に来て、手羽先の旨さに酒が進んでしまった。俺ではなく星空さんが……。
「ハイハイ……」
俺まで酔ってしまったら最悪な事になる……と、俺は、お酒は程々にして、締めの、きしめんをすすった。
「しぇんぱい! 飲まないんれすか?」
「明日も研修があるだろ? 星空さんも程々にして」
「まだゃ序の口じゃないれすか? わたひはじぇんじぇん酔ってないれす!」
真っ赤な顔でグイグイビールを煽る星空さん……と言ってもまだジョッキ2杯目、小さな口に流し込んでもそんなに量は入らない。
可愛い顔に白い泡の髭を生やした星空さん。
これが噂の酔っぱらいが酔っていないと言うあれか?
この娘は完全に絡み酒だなと俺はそう確信した。
この間は1杯で絡んで来たけど、その後は社長が目の前にいたからか、それ以上絡んで来る事は無かった。
それにしても……俺にだけ絡んでくるって……何か溜まっている事でもあるのだろうか?
まあ……あるよなあ……。
先輩とはいえ、社員二人きり……その俺はいまだに毎日出勤していない。
つまりは社長が出かけたりすれば、彼女は会社で一人っきりになる事も……。
自分の仕事に電話番に宅配便の受け取り等、滅多に来ないとはいえ、来客の対応だってしなければならない事もあっただろう。
だから俺は凄いなんて妄想でもしていないと、やってられない……のだろうな……。
「しゃんぱい」
「しゃんぱん?」
まだ飲む気か?
「しぇんぱいって言ってるんれす!」
「ハイハイそろそろ帰ろうな」
「だーーーかーーーらーーーまらっていってるんれす!」
「いや、もう結構経ってるし、明日の予習もしなければならないし」
そして一番気になるのは妹の事……一刻も早く電話で安否を確認したい。
俺はこそっとスマホの画面を見る……妹へ送ったメッセージは相変わらず未読のまま……。
「あーーーーもうまたスマホ見てるううう、なんれすか? 何かあるんれすか?」
「いや、べ、別に」
「恋人さんれすか? そうれすよね、しぇんぱいぐらいの年で恋人がいないわけないんれすよね?」
星空さんは下から俺を見上げる様にしながら、うるうるとした瞳で見つめる。
「おふ……」
うーーわ……後輩に心を抉られた……。
「いないんれすか? しぇんぱい、誰とも付き合ってないんれすか?」
ここはどう言えばいいんだろうか? 【はい、いませーーん】と明るく答える? 深刻に【いない】答える? それとも、【じゃあ星空さんが俺の恋人になってええ】って冗談で言ってみる?
引きこもっていた時にやっていたギャルゲーの様な選択肢が頭を過る。
「……い、いないけど」
そんな冗談言える程コミュ力高くねえよ……。
「おおお! りゃあ乾杯しましょう、恋人いない同士で乾杯しましょうう」
星空さんは半分飲んだジョッキを俺のジョッキに当てると、既に泡が消えているビールをグイっと飲む……。
「それを飲み干したらホテルに戻ろうな」
恋人はいないという星空さんのプライベートな情報に何故か少しホッとしつつ俺は一刻も早く妹に連絡したい一心でそう提案する。
「いやれす! そんなに戻りらかったら一人で戻ればいいじゃないれすか」
星空さんは仕事でも時々頑固な一面を見せる時がある。
少し面倒な仕事で、納品日が迫っていたので俺が「代わりにやろうか?」 と言っても頑として自分がやると言い、徹夜で仕上げる事も何度かあった。
かといってここに一人で置いておくわけにはいかない……。
俺は仕方なく星空さんに付き合う事に……そして……星空さんは閉店まで頑固に「先輩は凄い」「先輩みたいになりたい」「先輩尊敬してます」「恋人いないんですか?」をずっと繰り返していた。
その後閉店で諦めず、2件目を要求するフラフラの星空さんをなんとかホテルまで連れて行き、そのまま星空さんの部屋に投げ込んだ。
部屋に入るなり星空さんはベットにフラフラと寝転び、そのまま暑いと言って服を脱ぎ始める……。
「ちょ、待て!」
俺はそう言いながら慌てて部屋から逃げ出した。
オートロックなのでそこから先は何も出来ない……少々心配ではあるが……。
勿論何もしてねえぞ!
そんな事よりもと、俺は急ぎ自分の部屋に戻ってスマホを確認する。
妹へ送ったメッセージに既読が、そして『寝る』と一言妹のメッセージが入っていた。
とりあえず無事なのは確認出来た俺は、そのまま崩れる様にベットに倒れ込む。
「まだ初日かよおおお……ゆきいいい……お兄ちゃん帰りたいよおおお……」
ベットに仰向けで寝転び、スマホに保存している雪の小さな頃から最近迄の写真をスライドしながら見つつ……俺はそう叫んでしまった。
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