第35話 研修旅行、一日目
「あぐわああああ……」
やっべ集中出来ねえ……。
妹の事が気になって気になって全然集中出来なかった……。
会社のお金で研修に来て、何もしないで帰るわけにはいかない。
でも俺の精神状態は最悪な状態だった。
今まで妹と離れたのは小学校の臨海学校と、中学の林間学校、後は小中の時の修学旅行くらい?
「あ、幼稚園のお泊まり会と俺が病気になっておじさんの所に預けた時もか……」
とにかく妹と1日以上会わないなんて事は今まで殆んど無かった。
ましてや家に一人置いておくなんて……今まで1日も無い。
「あうううう……」
引きこもっていた時、ネットで見ていた数々のニュースが頭を過る。
くううう……。
そんな事にもしも……もしも俺の可愛い妹が巻き込まれでもしたら……。
「も、もう駄目だ……帰ろう……」
メッセージを送っても『平気だよ』の一言だけしか返信が来ない……ご飯は食べたか? お風呂に入れよ? 戸締まりちゃんとしたか? そうさっきから送っているけどずっと未読状態……。
「もうダメぽ、ゆきいい、お兄ちゃんかえるううう」
俺は泣きながら荷物を纏めようと鞄を開け、着替えを詰め込もうとしたその時、『ポーーン』と、ホテルのチャイムが鳴った。
「──そうだった……」
一人ならこんな所になんか来なかった……。
「ハイハイ……」誰が来たか直ぐにわかった俺は荷物を纏めるの手を止め、よろよろと立ち上がる。
星空さんが居るんだった……。
とりあえず右も左もわからない研修先で星空さんを一人にするわけにはいかない。
ビジネスホテルなので、レストランも朝食だけの喫茶店に毛が生えた様な所だけ、すぐ側が繁華街なのだがさすがに田舎娘を一人でそんな所に行かせて何かあったらと、俺は一緒に食事に行こうと彼女を誘っていた。
「あ、今日は……すみません……」
扉を開けると何故か俺を見て驚く星空さん、いや、まあいつもこんな感じなんだけど……。
「いや、いいよ、ちょっと待ってて」
部屋に入れるわけにはいかないので、外で待たせて俺は財布をぽっけに突っ込んだ。
彼女が何故いきなり謝ったか、それは今日の朝から始まった研修で、彼女は殆んど何も出来なかったからだった。
本社研修と言っても、直接本社に乗り込んでいるわけではない。
他社や個人で経営している人達もいる為に、私服でも良いと言われていた。
勿論短パンやデニムは空気読めって感じになるが、普段着で参加して問題無かった。無かったのだが、『でも』良いと曖昧な言い回しだった為に星空さんはきっちりスーツで来ていた。
別にスーツが駄目ってわけじゃないが、会場でほぼ一人だけスーツだった為に、対面恐怖症の彼女は完全にパニックに陥った。
もう漫画の描写の様に目が黒丸ぐるぐる状態で、隣で見ていて目も当てられない状況になっていた。
もう講師の話なんて耳に入っていない。
とりあえず見かねた俺が、わかりにくいだろう箇所を彼女の代わりに質問しておき、後で教えるからと、そう言った。
言ったんだけど……その……俺も妹の事が気になって……それどころでは無かった。
これから食事と言うよりも、ダメダメ社員二人の反省会となる。
スマホでもう一度妹に送ったメッセージを確認し、相変わらず未読状態なのを見て、へこみつつホテルの扉を開け廊下に出た。
扉の横で壁に背中を付けだらけた感じで手持ちぶさたに俺を待っていた星空さんが、俺を見て慌てて直立する。
ピンクのサマーセータに赤いスカート、靴はさすがに持って来なかったのかスーツの時に履いていた黒い革のパンプスという、少々ちぐはぐな格好の彼女は俺を見上げて作り笑いをする。
なるべく笑顔でいる事が彼女の処世術なのか? 対面恐怖症の彼女は慣れている俺にもおばさんにもいつも笑顔で接するが、無理に笑っている様な印象で、どこか痛々しく感じてしまう。
「なんか食べたい物ある?」
スマホで周辺の飲食店を調べながら俺がそう聞くと、彼女は首を振りながら「……何でも良いです」と小さな声でそう言った。
「ホテルって寝付けないから軽く飲みたいなあ……居酒屋でもいい?」
ホテルで寝付けないというより、妹の事が気になって寝付けないが、正しい理由だけど、それを言えるわけもなく……。
「あ、じゃあ私も少し……」
この間二十歳になった彼女は、いつもの作り笑いに合わせて、少々照れ臭そうな目で俺を見ている。
その顔を見て俺はドキッとしてしまう。
そうだった……忘れていた。
俺は女子と二人きりでご飯なんて、妹以外では初めてだった事を……。
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