第29話 初の出張


「名古屋に出張?」

 休み明け話があると言われ、俺と星空さんに社長はいきなりそう言ってきた。


 社長室兼応接室のソファーに俺と星空さんは並んで座り、正面に座る社長から話を聞いている。


「そうなの、システム完全移行で研修受けてくれって本社から言われてねえ」


「ああ、遂にか……こないだの飲み会の時の電話がそれだったんですね?」


「あーーまあ、ねえ」


「基本は同じなんだから、マニュアル送ってくれれば、なんとかしますよ」

 前回の時もそうだったのだから、多分今回もそれで行ける筈。

 俺は渡された資料を斜め読みして概要を確認、以前から話はあった。バージョンアップではなく、新システムに完全移行すると……。


「うーーん、今回はちょっと無理だと思うわよ?」


「何でですか?」


「星空ちゃんがいるから」

 そうだった……前回は他の社員もいたし、おじさんもいた。

 何かわからなければ研修に行った人に聞けた。


「あ……そ、それは俺が……マニュアルを見て……」

 彼女が入ってからバージョンアップは何度かあったけど……完全移行は初めてだった。


「……まあ、わかるわよねえ」

 社長からそう言われ言葉に詰まる。自分の仕事だけならマニュアル片手になんとかするけど……自分でさえ理解していない事を他人に教えるってのは……かなり難しいって言うか出来るわけがない。

 

 ──かといって彼女一人で研修に行かせるには……。

 俺は彼女をそっと見る。姿勢正しく聞いていた彼女は一瞬俺を見ると、膝の上に置いていた手を強く握りしめ、社長に向かっていつもより2倍くらいの音量で声を出す。


「わ、私……ひ、一人でいけ…………ます」

 ああ、これは……絶対にダメな奴だ……彼女は対面恐怖症……慣れている社長でさえこんな感じなのだ……研修先では、恐らく質問も出来ないだろうな……。


「──何日ですか?」

 俺は仕方ない……と、出張日程を社長に確認をする。


「資料だと3日間ね」


「──3日……」

 3日も家を開けるなんて……。


「雪ちゃんは、うちから学校に通わせるわよ?」

 俺の心配とは裏腹に社長はあっけらかんと笑いながらそう言った。

 ……まあ、社長も俺と星空さんの事情を全て分かっている。それを考えて

の判断だろう……しかも妹はもう高校生……付きっ切りで一緒にいる必要無いでしょ? と、言っているかのような言い方だった。

 そう外堀は全て埋まっている。行くしかない。


「──わかりました……いつからですか?」


「明後日からね、新幹線のチケットとホテルの予約はしておくから、準備だけして頂戴」


「……わかりました」


「星空ちゃんも大丈夫?」


「は、はい……せ、先輩……すみません……」

 身体を俺に向けて深々と頭を下げて謝る……いや、謝る必要なんて無いから。


「大丈夫、仕事だから」


「はい……宜しくお願いします……」


 週3で出勤の俺は明日は自宅で仕事、なのである程度の打ち合わせを星空さんとして、今日の分の仕事を終わらせ帰宅する。

 

 ちなみに俺が出勤の時は妹が食事を作る事になっている。

 今日は冷やし中華だった。


 麺が伸びるので直ぐに妹と食事をする……が、何か妹の様子がおかしい……気がする?


 何か考え事をしているかのように、時々箸が止まって、ボーッと考え事をしているような……。


「なんかあった?」


「ふえ? ううん、なんにも?」


「……そか」

 いつも通りの笑顔……まあ、気のせいか……本当に何かあれば言ってくれるだろう。

 それよりも出張の話をしなければと、俺は食べながら妹に向かってさらっと言ってみた。


「あのさ、おばさんに言われて明後日から週末まで出張しなきゃいけなくなったんだ」


「──え?」


「それで、雪一人になっちゃうから、明後日からおばさんの家に」


「ううん、大丈夫、気を付けてね」


「え?」


「だから私は一人で大丈夫、留守番位出来るから」

 多少嫌な顔をされるかと思ったが、妹はあっけらかんとした表情で問題無いと言う。


「いや、それは」


「大丈夫大丈夫、もうすぐ試験だしちょっとは勉強しないとだし、あ、戸締まりもきちんとするから、心配ないよ、なんかあったらちゃんと連絡するから」

 妹はニッコリ笑って何事もなかったかのように冷やし中華をすする……。

 そこまで言われたら何も言えない……凄く心配ではあるけど……。


「じゃ、じゃあ……宜しく」


「うん、留守は任せてお兄ちゃん」



 そして翌々日早朝妹に見送られ、俺は初めて3日間も家を明け、出張に行く事になった。


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