第28話 七夕祭り

 7月に入りいよいよ夏が本気を出してきた。

 日中は殺しに来るような日差しも夕方になると鳴りを潜め、薄着だと若干肌寒い。

 普段着の俺と浴衣姿の妹で地元の七夕祭りに来ていた。七夕祭りと言っても仙台の有名な祭りではない。

 地元の駅前にある商店街、店の前の道路には天井があり、いわゆるアーケードという奴だ。

 このアーケードを中心に駅前で毎年開催されている、ショボ……こじんまりとしたお祭りだ。

 

 七夕祭りと唱っているが、メインのアーケードの天井からは様々な物が飾られている。

 七夕らしい飾りもあるが、目を引くのは七夕とは全く関係ない動物やアニメのキャラ……これを見ると益々七夕ってなんだ? と考えさせられるが、やはり子供には人気で、家族連れ等で毎年人でごった返している。


 俺はご多分に漏れず人混みは苦手だ……、でも子供だった頃の妹の為に、喜ぶ姿を見たいが為に、頑張ってここに来て以来、毎年恒例行事になっていた。


 ただ、ここ数年は来ていない……。


 まあ、来なくなった理由は特にない……祭りが若干子供向けなのと、俺にはいないが、妹はそれなりに友達が多いので、大きくなって俺と二人で来るのは恥ずかしいのか? って思っているのだが……なんとなく来なくなっていた。


 とにかく、俺は浴衣美少女の妹と二人で、久しぶりに祭りの会場を並んで歩いていた。


「前から思ってたんだけどさあ、これって許可取ってるのかなあ」

 人気アニメキャラが天井から釣られているのを見て妹が冗談めかして言った。

 まあ、骨組みに紙を貼り付け、絵の具を塗っただけのいわゆる張り子の虎なので、そこは見逃してって事なのだろうか?


「まあ、これも伝統って事で」


「伝統ねえ、でも……久しぶりに来たけど……変わって無いねえ」

 そう言いつつ、妹が俺の手を握る。


「あ……」

 いきなり手を握られ思わず声を出してしまった。


「ほ、ほらはぐれ無い様にね」


「そ、そうだな」

 そう言われ俺は思い出す。この祭りは人混みの中、上を見上げつつ歩くので、はぐれやすいのだ。

 妹が子供の頃いつも上を見上げてフラフラと歩いて行ってしまうので、ここに来ると必ず手を握っていた。

 だから今日も……他意はない……。


「えっと……お兄ちゃん何食べる?」


「え? ああ、そうだな、どこかの店に入るか?」

 もう飽きたのか? 妹はアーケードの半ば、会場の中間地点で立ち止まると笑顔で俺を見つめる。

 

 その落ち着いた笑顔、表情を見て……興奮しながら、はしゃぎまくって天井を見上げいたあの頃の妹とは違う……同じ天使でも……子供の頃の妹と今の妹は違うって俺はそう思った……。


 そう……やっぱり昔とは違う……妹はもう大人……いや、大人になりつつあるのだ…………つまり昨晩の事は……。

 

「──いちゃん、お兄ちゃん!」


「え?」


「もう、聞いてるの?」


「ああ、ごめんごめん……何?」


「ボーッとしてどうしたの? 屋台で何か買って、公園で食べようって」

 少し心配そうな顔で俺を見ている妹……ああ、ダメだ気になって仕方ない……忘れようって……とりあえず昨日の事は忘れようと思っているのに……。


「そ、そうか、そんなので良いのか? えっと……じゃあ何食べる」

 商店街の出店、それに加え裏通りに屋台が所々に立ち並ぶ、俺はそれらを見ながら妹に聞いてみる。


「うーーん、定番のたこ焼きは外せないよねえ、ああ、でもお好み焼きも捨てがたい、リンゴ飴は持って帰るとして、チョコバナナと……」

 そう言いながらフラフラと屋台に突進していく妹を見失わない様に後を追う。

 もう大人だって思っていた直後だっただけに、色気よりも食い気を露にする妹に俺は少し苦笑してしまった。



 大丈夫……俺が、俺さえしっかりしていれば……何も変わらない……。



 屋台で食べたい物を一通り買うと俺達は会場裏にある公園に行き、ベンチに腰かけた。

 普段なら誰もいない公園だが、今日はお祭りとあって周囲には家族連れやカップルが多く座っており、俺達と同じように一休みしつつ、食べ物を頬張っていた。


「はいお兄ちゃん」

 妹は食べ物で両手が塞がっている俺に、たこ焼きを一個差し出す。


「あ、ああ……ふご! ふぉ」


「おーーやっぱ熱いか」

 妹は俺の熱がる様子を見て、たこ焼きにつまようじで穴を開けふーふーと何度か息を吹き掛けてから自分の口に入れた……。


「あふうう、美味しい~~」


「──おい」

 俺を実験台にするな!


「あはははは、じゃあ」

 妹は同じようにふーふーと息を吹き掛けると再度俺にたこ焼きを差し出す。

 一瞬間接キス……って思ってしまうが、ここで照れるわけにはいかない。

 普段通りにしなければ……昨日の事を……俺が起きていた事を気付かれてはいけない。そう自分に言い聞かせ何事もなくたこ焼きを口に入れた……うま……。


 たこ焼きを食べ終わると、妹はチョコバナナを片手に空を見上げた。

 俺はコーラを飲みつつたこ焼きで火傷した口の中を冷やしながら、妹に釣られるように空を見上げる。


 元々の街明かりと、さらに祭りのライトアップの明かりで空は照らされ、星は殆んど見えない。


「ねえお兄ちゃん、牽牛と織姫って何で離れ離れになったか知ってる?」

 妹はチョコバナナを一口齧ると、空を見上げながらそう聞いてくる。


「牽牛……ああ、彦星か……さあ?」


「……織姫はその名前の通り、機織りの仕事をしていた……神様の服を作っていたんだって、牽牛は牛飼い、牛の世話を生業にしていた」


「へーー」

 織姫ってそういう事なのか。


「でね、二人は出会って付き合うの、そしてイチャイチャしちゃうの」


「イチャイチャ……って」

 伝説だか伝記だかを今風に喋る妹。


「そう、周囲を気にする事なく、空気を読まず毎日イチャイチャ……仕事もしないでずっとイチャイチャしてたんだって」


「それで離れ離れにされたのか?」

 爆発しろと?


「まあ、やり過ぎたってことだねえ」


「や、やり過ぎって……」


「え? あーーーお兄ちゃんのエッチ、そうじゃなくて、二人ともイチャイチャしすぎて、周りが困っちゃったって事だよ、神様の服がボロボロになるまでイチャイチャしてたんだって」


「そりゃまた……」

 随分とまた……やり過ぎたようで……。


「でもさ、なんか可哀想……好きなのに離れ離れで年一しか会えないなんて」


「まあ、遠距離って奴だなあ」

 仕事しないから地方に飛ばされたサラリーマンって事かな?

 ああ、よかった、うちの会社は零細で……。


「私は……やだなあ……好きな人とはずっと一緒に居たい」

 妹は悲しい表情で空を見上げそして……俺の手をそっと握ってくる。

 昨日の事を知らなけれ……妹の気持ちを知らなければ……その言葉が俺に向かって言っている……なんてこれっぽっちも思わなかっただろう。

 でも……今は知っている、知ってしまっている。

 でも……俺はそれに答える事は、応える事は出来ない……。


「まあ、とりあえず口の周りのチョコを拭いてから、ロマンチックな事を言ってくれ」


「え?」

 妹は持っていた携帯で顔を確認する。

 昔のギャル、ヤマンバって言ったっけ? のように、唇が真っ黒になっていた。


「ああ、もう早く言ってよ! ぶうううう」

 ティッシュで口を拭きながら膨れっ面で俺に抗議する妹……。

 可愛いなあ、俺の天使……でも、やっぱり妹は俺の妹……俺の子供だ。


 とりあえず……今は知らない振り、普段の俺で居ようって……見えない星に、ベガとアルタイル、そして……俺の心に誓った。

 

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