第3章

第27話 織姫と彦星


 七夕、織姫と彦星が年に1回しか会えない……なんて知識しか知らない。

 なぜそうなったか? それが何の意味を持っているのか?

 おそらく昔話や伝説の類いなのだろうが、俺は知らない。

 ただ夜空を見上げる切っ掛けになった事には違いない。


 明るい街中でも空を見上げれば見る事の出来る夏の大三角形、白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイル、こと座のベガ、この中のちょうど天の川を挟んだ二つの星、わし座のアルタイルが彦星、こと座のベガが織姫だ。

 二人は天の川の対岸に引き離され年に1回しか会う事を許されない。

 そしてそれが7月7日……七夕となっている……らしい。


 そんな知識しか無いが、やはりクリスマスや七夕等はイベントとしては別格だ。

 昔からツリーや竹を用意して雪と一緒に飾り付けをしていた。

 そして……いつからか、クリスマスはケーキを食べるだけになり、七夕は近所の祭りに行くだけになってしまった。


「それもまた……成長を喜ぶことなんだけどな……」

 子供の時に願いごとを短冊に書いてはしゃぎまくる妹……『にいたんとけっこんできますように』なんて書いて……「っつ」


 ああ、ダメだ……つい思い出してしまう。


 俺は今リビングで雪を待っていた。

 これから地元の七夕祭りに行くからだ。


 だから七夕の事を考えて……昨日の事を忘れようとしていたのに……。

 

 昨日の事がまるで夢の様に感じている……。

 俺の背中で泣いていた妹……。


「あああああ……好きって……マジか……」

 泣くほど好きって言われて……どうしていいかわからず俺は破裂しそうになるまでトイレを我慢し、妹が寝付くのを待った……。

 幸いな事に妹はあれから程なくして眠りに落ちてくれた。


 俺はそっと抜け出してトイレに駆け込み事なきを得たが、中々部屋に戻る事が出来なかった。


 どうすれば良いのかって……。


 妹の気持ちを知ってしまった……。


 でも、だけど……それを叶える事は……出来ない……。

 だって妹は……雪は俺の娘みたいなもんなんだから。

 赤ん坊の頃からずっと見続けて来た。

 妹の成長をずっと見続けて来た。

 良い事も悪い事も楽しい事も悲しい事も全部見続けて来た。


 そして……悲しいけど俺は想像した。

 最後に……妹の好きな人に、妹が愛した人に託して……その男に託して、終わろうって、妹との生活を終えようって……そう思ってきた。

 それまで恋人は作らない……それまで家族は作らない……例えそれで年を取り誰にも相手にされなくなって……それで一生一人になっても良いって。

 妹とその相手の子供でも面倒見させて貰えば……俺の人生に悔いはないって……それが俺の夢だった。


 そして俺はトイレでそのまま小一時間考え、とりあえず一つの結論を出した。

 

 現実逃避……今は忘れようって……。


 雪は高校生といっても、まだ1年、ついこの間まで中学生だったのだ。

 そう……まだまだ子供……これから俺以上の奴と、どんどん出会うだろう。

 そこで気付く筈……俺なんてたいした事無いって……たいした男じゃないって。

 元引きこもりのコミ障男……コネで入った零細会社勤務……顔も身長も収入もたいした事はない。

 才色兼備の妹ならば、これから先は引く手あまただろう……。

 

 そんな妹が俺の事なんて…………ああ、自分で言ってて凹んできたぞ……。


「──お兄ちゃん……お待たせ」

 妹がそう言ってリビングに入ってくる。

 妹は赤とピンクの浴衣を纏っていた……全身に紫陽花が咲き誇っている……。

 髪は一つに纏めて後ろに足らし、赤いリボンを付けていた。

 その美しさに目を奪われた……その可憐さに全身が震えた。

 言葉が出なかった……。


「ど、どうかな」

 黙っている俺に妹は心配そうに聞いてくる。

 綺麗……美しい……そんな言葉しか頭に浮かばない……もっと気の聞いた言葉を……って考えていたら……昨日の夜の事が頭に浮かんだ。

 だ、駄目だ、そんな事言ったら益々……俺はそう思いつい……心にも無い事を言ってしまった。


「えっと……ま、馬子にも衣装?」

 

「むううう、お兄ちゃんのバカ!」

 


「あ、ご、ごめん」


「ほら! 行くよ!」

 妹はそう言ってリビングから出ていく……ああ、俺はこれから……どうすればいいんだ……。




【あとがき】

 お待たせしました、カクヨムコン開始と同時に連載開始します。(笑)

 応援宜しくお願いいたします。(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾イクヨ

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