第24話 結婚しような
「じゃあ私は片付けてからお兄ちゃんの部屋に行くから、お兄ちゃんはシャワー浴びて来てね、あ、お兄ちゃん酔ってるからサッとね~~浸かっちゃダメだよ」
俺がカレーを食べ終わると正面でコーヒーを飲んでいた妹は立ち上がり俺の皿を手に取ると、そう言いながら片づけをし始める。
本当に寝るの? 一緒に?
いや、自分で言っといてなんだけど……つい数年前迄は、毎日寝ていたけど……。
相手は妹……一緒に寝るって、別に普通に寝るだけ、昔のように添い寝するだけ、なのはわかっている……わかっては……いるんだけど……。
どうして俺はこんなに緊張しているんだ? そして……どうして俺はこんなに……嬉しい気持ちになっているんだ?
反する気持ちが同居している。
なんだよ、この感覚は……。
少しタバコの匂いがするシャツを脱ぎ、浴室に入る。 蛇口をひねり、シャワーに切り替え、熱いお湯を頭からかけた。
「何で急にあんな事言うんだ?」
一緒に寝ようだなんて……。
そして俺は何でOKしたんだ?
酔っていたからか?
「そう言えば……ここで……」
俺はシャワーを浴びながら妹と一緒にお風呂に入っていた時の事を思い出していた。
◈◈◈
雪は小さい頃、とにかく活発で、あっちこっちと走り回るような快活な子供だった。
お風呂でも少ししか浸からず、直ぐに出ようとしてしまう。
しかし、名前の割に寒さに弱く、身体が冷えると風邪をひいたりお腹を壊したりする事が多々あった。
だから、お風呂には一緒に入り、俺の前に座らせ、じっくりと浸からせ身体をよく温める。
そして、その時雪は、幼稚園や小学校や友達の事……色んな事を俺に話してくれた。
「ねえ、にいたん……にいたんはパパじゃないよね?」
「え?」
「皆がにいたんはパパなの? って、だから雪違うよって、にいたんはにいたんでパパじゃないよって言ったら、パパは? って、ママは? って」
妹はあどけない顔で俺にそう聞いてくる。
ついに聞かれた……って俺はその時そう思った。
父親は既にこの世にいない……母親は生きているかもわからない。
俺と血は繋がっていない……身寄りもいない……。
だからせめて俺が雪のパパだって、そう思って貰う為に言った。
「にいたんはパパじゃないけど……パパと同じだよ?」
俺が笑ってそう言うと雪は何故か不満な顔をする。
そして強い口調で俺に向かって言った。
「えーーやだあ!」
俺がパパだと嫌だって、雪は確かにそう言った。
やっぱり若すぎるから? 威厳が無いから? そう言われ俺は戸惑った。
確かに、先生との面談等で、お前に言ってもわからねえだろうけどな……的な顔をされる。
誰よりも雪を知り尽くしている俺だけど、そんな事は他人にはわからない。
本当の保護者を、おじさんやおばさんを連れてこいって言われた事もある。
雪はそれを知っているから俺がパパだと嫌だって……俺じゃ駄目だって……そう言ったと思った。
「やっぱりにーたんじゃ頼りないよな……」
俺が雪の頭を撫でながら、ごめんって、謝るように、慰めるように言うと……。
「ううん、ちがうよ、パパだと結婚できないから」
雪はにっこり笑ってそう言った。
いや、兄妹でもできないけど……。
子供に向かって正論を言っても仕方がない、まあ、そもそも俺と雪の血は繋がっていない。
そして、パパじゃ嫌って言った理由がそれで、俺は嬉しい気持ちになり、つい言ってしまった。
「そっか、じゃあ、雪が大人になったらにいたんと結婚しような~~」
「ほんとに!」
「ああ、でも一杯食べて、一杯勉強しないと大人になれないぞ」
「うん! 雪頑張る!」
その日からだった。雪は俺の言う事を何でも良く聞き、今でも食は細いけど、当時殆ど食べなかったごはんも一生懸命に食べるようになり、毎日勉強をし、家の手伝いも積極的にしてくれるようになった。
◈◈◈
「まさか……だよな」
シャワーを浴び段々と酔いが醒めていく。
本当に? 一緒に寝るってまさか……そんな思いがグルグルと頭の中で渦巻く。
もし、もしあの言葉を、妹があの言葉を今でも信じていたら。
血が繋がっていない事は知っている……筈。
高校生が大人かと言われると微妙だけど……でも……雪は言っていた。
「私も、もう高校生、自分の事は自分で」
大人宣言とも取れる言い方……。
いや雪は既に中学生、いや小学生の頃から大人ぶっていた。
早く大人になろうって、だから料理をしようとして、禁止していた包丁を持ち出したりしていた。
「いやいや……まさかね」
シャワーで念入りに身体を洗い……いや、ほら臭いって言われたら嫌だから、他意はない。
いつの間にか脱衣室に用意されていた寝間着に着替え、風呂場から部屋に向かった。
そして緊張しながら部屋に入ると、そこに妹は……居なかった。
「ははは……やっぱり冗談か」
もしかして既にベッドに寝ているかと思っていた。
高校生になって、兄と一緒に寝ようだなんて……やっぱり冗談だよな……。
ほんの少し残念な気持ちをかき消すように、俺はさっさとベッドに入り目を瞑る。
酔いも手伝ってか、すぐにウトウトし始めたその時、部屋の扉が開いた。
「……お兄ちゃん……お待たせ」
可愛らしいパジャマ姿の妹は、自分の枕を胸に抱きながら……少し緊張した面持ちで、俺の部屋に入って来た。
入って来て……しまった。
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