第22話 忘れてた!


 自分の名前で虐められた……彼女は俺にそう打ち明けた。

 そして……その事で親と揉め……最終的に家を出る事になったと……。

 

 もし……もし俺が雪に手をあげられたら、もし雪に否定されたら……俺は生きていけない……かも……。

 でも……あの奔放な親父を、俺に全てを押し付けて勝手に逝ってしまったあの親父……生きていたら、今でも生きていたら殴りたいって思った事は何度もある……親の心子知らずとはよく言ったものだ。


 

「そんなに悪い名前じゃないとは思うけど」

 初めてその名前を聞いた時……やはり違和感と言うか、物珍しさはあった。

 でも、星空キララ、良い名前だとも思う。


「うそ……嘘です……」


「いや、別に可愛いとは思うけど」


「……私には……合ってません……」

 正直いつもの星空さんには合っていないとは思うけど……でも、いまの表情、仕草、そして威勢のよさならば、それほど違和感はないって思うけど。

 星空さんは自分を、お母さんに手をあげた自分を、自分の行為を正当化したいのだろうか? 肯定する俺をジロリと睨みつけそして、さっきまでチビチビと飲んでいたビールを一気に飲み干した。


「お、おいおい」


「す、すみません! この、すくりゅーだらいばーとかいうの下さい!」

 さっきまで注文なんてとても出来ない様子だった彼女は、大きな声で店員さんにそう声をかけた。

 まるで二重人格のようになっている星空さん……酒で変わったのか? 名前の事で剥きになっているのか? とにかく、星空さんは今、いつもとは全く違う性格になっている。


 普段、人前ではおどおどとして、目も合わせられない、声も極端に小さい彼女。

 ただし、電話口だと普通に喋られる。

 だから社長がいない時、彼女が電話番をしてくれる。


 俺は電話も苦手で、その辺は彼女に任せっきりになっていた。

 コミュ障というよりは、彼女の場合対面恐怖症? と、でもいうのだろうか?

 

 最近では仕事だって一人前にこなし、毎日出勤している。

 俺なんかよりも、よっぽど社会に、会社に適合している。


 だから、彼女から尊敬してる……なんて言われると、なんだか嫌みを言われている様な、そんな気持ちになってしまう。


「お待たせしました」

 そう言って店員さんが注文したカクテルを星空さんの前に置くと、彼女はそれをグイっと一飲みする。


「……私は帰れないんです……もう、どこにも……」


「……そか」

 


「だから私……頑張って、仕事も……私……先輩みたいに……なりたい……、先輩みたいに……」

 再び泣き出す星空さん……泣き上戸?


「いや、だから俺なんて、大した事ない……そんな凄い人じゃない」


「凄いんです! 先輩は……凄いんです!」


「……」

 俺の過去を知らないから……妹を育てたって所だけで、仕事を教えているだけで凄いなんて……言われたくない……言って欲しくない。

 でもいくら否定しても、彼女の気持ちは変わらなかった。

 やがて俺たちは押し黙ってしまう……そして彼女は泣き止むと再びチビチビとお酒を舐めるように飲み始めた。


「あらあら静まりかえって、お酒の力でも駄目か……」

 また地獄の飲み会が始まり、黙って飲んでいると、ようやくおばさんがそう言いながら戻って来る。


「あ、賢君……あのね……」

 そしておばさんは笑いながら俺を見て言った。


「賢君……スマホの電源切れてるでしょ?」


「え?」

 俺は慌ててスマホを取り出し見る……。


「あれ? 切れてる……なんでわかったんです?」


「ああ、さっき本社からの電話を切ったらすぐにまたかかってきたの……雪ちゃんから……貴方言わなかったんだ」


「ああ!」

 そうだった……妹に遅くなるって言い忘れてた……。


「とりあえず説明しておいたから……さ、飲みましょ~~」

 そう言って再び飲み始めたおばさん……いや、えっと……雪に……なんて言ったんだ?

 

 俺は自分を疑った……雪に飲み会があるって言わなかった事を、今のいままで忘れていた事に……。


 ショックだった……。


 初の飲み会だったから……つい……。


 妹の事を忘れていた……今まで片時も忘れた事がなかったのに……。

 一瞬たりとも目を離せない、いや、厳密にそんな事できるわけないんだが……でも、常に自分の目の届く所に妹はいた。そして俺は常に妹を見続けそして考え続けていた。


 それが……たかが初めての飲み会ごときで……連絡を忘れるなんて……。

 星空さんに妹を育てた、尊敬してるって言われたばかりなのに……。


 もうそれからは、妹の事で頭が一杯になってしまった。

 もう妹の事が気になってしょうがなかった……なんて言って謝ろうか……一人で遅くまで平気だろうか? ご飯は食べたか? お風呂は入ったか? 

 

 妹の事が心配で心配で……俺は一刻も早く帰りたかった。


 それから飲み会がお開きになるまで、俺は妹の事が気になっておばさんと何を喋ったか覚えていない。

 勿論星空さんとも言葉を交わす事は無かった。

 

 そして飲み会は終了し、フラフラしている星空さんを支えながら……おばさんは「家に泊まって行きなさい」と言って、タクシーを拾いその場を後にした。



 俺は……二人を見送ると、急ぎ足で家に向かった……。

 

 妹に会いたくて……早く妹に会いたくて……。

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