第20話 初の飲み会
「賢君、今日の夜飲み会をやります!」
「……は?」
昼休みの終わり、妹の作った愛妹弁当食べ終わり甘ったるい缶コーヒーをデザートがわりに飲んでいた時、社長であるおばさんから唐突にそう言われる。
「全員参加だからね~~」
社長はそう言って、俺たちに有無を言わさず部屋に戻って行く。
「……いや、全員って、3人しかいねーし……」
コミュ障2人と社長の3人……何その地獄みたいな飲み会は……。
しかも、この間ビール数杯で寝てしまった事を考えると、俺が酒に弱いのは確定的に明らかになってるし……これって完全に何かのフラグじゃね?
とりあえず、社長と差し飲みは避けたい俺は、隣に座っている星空さんを見る……っていうか、ブースで仕切られてるので顔は見れないけど……。
「えっと、星空さんは、行くのかな?」
ブース越しにそう言って声をかけてみる……。
「………い……いきます!」
いつになく大きな声で、それでも小さな声で……そう返事をする星空さん。
あーー……行くんだ……そうなんだ……。
後輩……しかもコミュ障の女の子が行くって言ってるのに、俺が断れるわけもなく……。
ああ、色々考えすぎて仕事が手に付かない。ずっと避けていただけに……いや、今まで誘われる事はなかったけれど……それだけに……。
なぜ今になって? なぜこのタイミングで? 全くわからない。
そして……社長命令で、ちょっと早めに仕事を切り上げた俺たちは、3人になって初の、俺にとっても初の飲み会を開催するべく、揃って退社した。
◈◈◈
「お疲れ様~~とりあえず、乾杯~~~~」
会社近くの居酒屋、4人テーブルに3人で座りビールで乾杯をする。
おばさんは、これでも一応社長なので、スーツ姿。隣に座る星空さんは相変わらずブカブカの黒いワンピース姿。
俺も一応社会人、会社員って事で、下はスラックス、上はワイシャツ姿。
なので──まあ、はたから見たら一応会社の飲み会っぽく見えているのだろうか?
……でも二人が若すぎて、大学生の飲み会って感じもしないでもない……大学時代に飲み会なんて……それどころか飲み会なんて自体に俺は行った事ないので……全くわからないけれど……。
自身初の飲み会に、少し緊張しながら俺はビールを一飲みした。
金曜日とあって、それなりに客は多くいた。店員さんはMなのか? あちらこちらに呼びつけられ、振り回されているにも関わらず、喜びの雄叫びを上げている……。
ただ時期的に宴会シーズンではないので、予約は直ぐに取れた……らしい……。
それにしても、なぜこのタイミングで飲み会?
まさか……最後の晩餐?
って、毎度毎度そんな事を考えてしまうネガティブ思考の俺。
しかし……なぜ急に飲み会なんて? この飲み会を今開く理由がわからない。
そう思っていたら、おばさんがもう一度ジョッキを持ち上げもう一度乾杯をする。
その乾杯のセリフを聞いて、俺は飲み会の理由の一端がわかった。
「そして~~~~今日は星空ちゃんの~~二十歳の誕生日~~誕生日に、乾杯~~」
そう言って再度乾杯をするって……えええ?
「は、二十歳?」
俺は慌てて隣に座る星空さんを見る。小さな顔が引き立つ位に大きなビールジョッキを両手で持ち、その小さな口に黄金色の液体をほんの少し流し込むと、うつむいたまま小さく頷いた。
知り合って3年……いや、まあ俺は殆んど会社に行ってなかったので、3年前に知り合ったとは言わないかもだけど……。
つまりまあ、彼女の存在を知ったのは、彼女が17歳の時って事になる。
17歳……。
「そうよ~~今日からお酒解禁~~どう? 星空ちゃん! 大人の味よ?」
おばさんは、飲み終わったビールジョッキをテーブルに置くと、目の前の星空さんに笑顔でそう聞く。
「…………にがい……です」
消え去りそうな小さな声でそう呟くと、また一口ちびりと飲んだ。
「ビールはねえ、のど越しで飲むのよ~~」
そう言っておばさんは、お代わりをしたビールをゴクゴクと流し込む。
いや、星空さんが二十歳ってのにもびっくりだけど、おばさんがこんな飲めたって事にも驚いていた。
家で……おばさんの家で、俺はおばさんがお酒を飲んでいる所を今まで見た事はない。
おれがおじさんに勧められ、初めてお酒を飲んだ時も、横で笑っているだけだった。
俺と妹がいる時は飲まなかったのだろうか?
母親のように思っていた人が初めて見せるこの姿に、俺はちょっとだけショックだった。
「……のど越し……」
星空さんはそう言ってチラッとおばさんを見ると、舐めるように飲んでいたビールを、ゴクりと飲みだす……って大丈夫か?
「ああん、可愛いけど~~無理しないでゆっくりね~~」
おばさんはそう言って二口でジョッキを空けると、口の回りに白い髭を付け、再びお代わりを注文する。
いや、あの……まだ料理も運ばれていないんですけど……。
顔色一つ変えないで、ジョッキ2杯空けるおばさんに俺は面食らってしまう。
俺は……星空さんがまだ二十歳だった事、おばさんがザルだった事に、ショックを隠せないでいた。
「ほら~~賢君も飲んで飲んで~~」
いや、それパワハラですから……なんて恩人であるおばさんに言えるわけもなく、でもこの間ビールを飲みすぎて妹と恵ちゃんの二人の前でだらしなく寝てしまったばかりだった為に、俺は黙って、でもペースを上げる事なくゆっくり飲み進める。
コースだったので、沢山のメニューから何かを頼む苦行を強いられなかったのには正直救われた……妹と時々行くファミレスのメニューでさえ、多くて選べない俺が、こんな多数の料理の中から選べる筈もない……。
そして、さらに困るのが、店員さんに注文する事だ。
忙しく動く店員さんをどうやって引き留めるのか? 正直わからない……。
なぜ、呼び鈴がないんだよ……。
初めての居酒屋は俺にはハードルが高かった。
まあ、それを知ってか、おばさんは俺たちの飲み物が無くなればすぐに「何飲む? 何飲む?」と、聞いてくれ、大きな声で店員さんに注文する。
そしてコミュ障二人を相手に話しかけてくれる。
まあ、主に仕事の愚痴だけど……それでもお通夜のように静まりかえる地獄の飲み会だけは回避された……と、ホッとしていたその時、社長のスマホが鳴った。
「あーーーーん、本社から電話だああ、賢君代わりに出てえ~~」
「……無理です」
「ぶううう、じゃあちょっと……」
社長はそう言って席を立つと、店の外に出ていく。
そして……社長が出ていった──という事は……ここに居るのはコミュ障二人と、いうこと……。
静まりかえる地獄の飲み会……チラッと彼女を見ると、チビチビとビールを飲み、ほんのりと顔が赤くなっていた。
何か話しかけないと……でも何を話せば……。
「えっと……誕生日なんだ……おめでと」
俺がそう言うと、星空さんはビールから目を離し、俺を見た。
「あ……ありがと……」
そう言うと……彼女は……ポロポロと──泣き出した……ええええ!
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