第9話 お兄ちゃんへの恩返し
お兄ちゃんと……喧嘩した……。
口答えをしたのは……多分初めてかも知れない……でも……私も、もうすぐ大人になる。
自分の事は自分でってお兄ちゃんに言った……だからこれからは……言いたい事はちゃんと言うって……そう決めた。
口答えした事は謝った。お兄ちゃんはなんとも言えない複雑な顔で「いいよ」って言ってくれた。私も、なんとも言えない複雑な気持ちのまま部屋に戻る。
部屋に入ると鏡の前で制服姿の自分を少し眺め、そのまま制服を脱いだ。
……鏡に映る下着姿の自分を見て……自分の胸を見て……恵さんの「大きくならないよ?」っていう言葉を思いだし、私は側にあったクッションを鏡にぶつけ、はしたないけど……そのままベットに倒れ込む。
そして……枕を抱いて……天井を見上げ、いつもの様に……お兄ちゃんの事を考える。
私とお兄ちゃんの血は繋がっていない。
でも……ちゃんと聞いたわけでも、書類を見たわけでもない。
……なんとなくわかってしまった。
物心がついた時、既にお父さんもお母さんもいなかった。
お兄ちゃんが代わりに、私の面倒を……ずっと見てくれていた……。
他人なのに……血が繋がっていないのに……。
私がこの家に来たときは既に、身寄りはお父さんだけだったそうだ。親戚もいない、私を産んだお母さんも行方がわからない……。
だから、お父さんが死んだら……私とお兄ちゃんは離ればなれになる筈だった。
まだ子供だったお兄ちゃんが私を、赤ん坊の頃の私を育てるなんて、あり得ない事。
でもお兄ちゃんは、それをやってくれた。
前に一度、それとなく聞いた事がある。
「どうしてそんな大変な事をしたの?」
おそらく施設に入った方が楽だったんじゃないか? そう思って。
簡単に子供を育てるなんて、しかも一人でなんて、並大抵に出来る事じゃない。
すると……お兄ちゃんは言った。
「いやあ……俺は引きこもりだったからさ……お前を利用しただけだよ」
施設で皆と過ごすよりもプライベートな空間で私の面倒を見る方がいいって……。
それが嘘なのは直ぐにわかった。
お兄ちゃんは全部顔に出る。凄くわかりやすい人。
お兄ちゃんは良くも悪くもピュアな人だ、だから自分の感情に素直なのだ。
悲しい時はとことん悲しく、楽しい時はとことん楽しくなる人。
だから、お母さんが死んじゃった時、とことん落ち込んだのだろう……そしてお父さん死んだ時も……。
多分だけど……絶対に言わないけど……お兄ちゃんはその時死ぬ事まで考えたのかも知れない。
お兄ちゃんの心はガラスと同じ、凄く壊れやすい……でも、とても透明で澄んでいる。
人が苦手で、自分が苦手で、生きていくのが苦手で……でも今まで逃げずに、どんな大変な時も、私を第一に考えて、私を大切に育ててくれた。
自分よりも……自分の事よりも……。
いつもそう考えると涙が出てくる。お兄ちゃんを見ると涙が溢れそうになる。
でも絶対に泣かない……お兄ちゃんの前では泣かない……お兄ちゃんに心配をかけたくないから。
だから……今度は……私が……私がお兄ちゃんに、今度は私が私の一生をかけて恩返しをする。
そう決めた……。
だから言った。これからは自分の為に生きてって、彼女を作って、お嫁さんを貰って……お兄ちゃん自身が……幸せになってって言った。
…………そしてその彼女に私を……お兄ちゃんのお嫁さんに……私を選んでって…………迄は……言えなかった……ぴえん。
でも……仮に私を選ばなくても……お兄ちゃんが幸せなら、それでもいいって思ってる……心の底ではそう思っては……いるんだけど……。
今日はついつい反抗してしまった。ついつい口答えしてしまった。
でもお兄ちゃん……いまだに私の事を子供だって……自分の娘だって思ってるから、つい……イラっとしてしまった。
あと、恵さんとベタベタして…………「ああああ、もう!」
お兄ちゃんは極度の人見知りだから……敵は恵さんだけって思ってた……でも、まさか……おばさん迄……。
どっちもスタイル抜群で……私は……「ふ、ふええええええん」
でも、いくら何でも節操無さすぎだよ……いくら美人だからって、母親同然の人をなんて……。
お兄ちゃんの近くにいる人は……皆それぞれ足枷がある。
私はお兄ちゃんにとって娘、恵さんは妹、おばさんは母親……お兄ちゃんはそう思っている。
だから……中々恋愛に発展しにくいのだろう……逆に言えば、安心出来るんだけど……だから彼女作ったら? なんて言って、お兄ちゃんを煽れるんだけど。
ただ……もう一人……気がかりな人がいる。
お兄ちゃんがリビングで仕事の話をしていた人……声が漏れ聞こえたけど、おばさんではなかった……多分女性。
「ああああ、やっぱり……言わなきゃよかったかなあ……」
自分の為に生きてとか、彼女作ったら? なんて……言わなきゃよかったかも。
でもそれじゃ……私は一生妹のまま……一生娘のまま……。
私は枕をギュって抱きしめた、力一杯に抱きしめた。
「お兄ちゃん……」
そして枕に顔を埋めて泣いた……切なくて、恋しくて……感謝の気持ちが涙と一緒に溢れる。
私は……お兄ちゃんが好き、妹としてでも、娘としてでもなく、愛している。
私はお兄ちゃんの……恋人になりたい、私はお兄ちゃんの……お嫁さんに……なりたい。
それが……子供の頃からの夢……お兄ちゃんを一生愛する事が、私からお兄ちゃんへの恩返しっだって……そう……思っている。
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