第3話 ありがとうお兄ちゃん……でも
午後6時半、妹が温泉から戻りだらだら部屋で過ごした俺達は、そろそろ食事の時間だと食事処の離れに赴く。
6畳程の和室に入ると、堀炬燵のテーブルの上には色とりどりの料理が既に並べられていた。
妹と向かい合って座り、食べていいのか迷っていると、ノックと共に中居さんが中に入って来る。
椀物を持って入って来ると、飲み物の注文を聞いてきた。
「うーーん、じゃあ私は冷たい緑茶で、お兄ちゃんはビール?」
「え? あ、いや……」
「私のお祝いなんだからって遠慮しないで」
「じゃあ、ちょっとだけ」
少しくらいなら大丈夫かな……。
仲居さんは、「ごゆっくり」と言ってにこやかに部屋を後にする。
「さあ、食べよう! 頑張って食べるぞ!」
いつもは少食の妹だけど、今日この日はと気合いを入れる。
「! お、おいひいいい! な、何これ?」
「えっと……山芋のワイン漬って書いてるな」
「へえええ、あ、これも美味しい、ふわああ、これも、おいひいいい」
「先付けでお腹一杯にするなよ」
妹には多いであろう和食フルコース、先付け、椀もの、そしてお造り(刺身)焼き物、と続く。
額に汗を浮かべ、出てくる料理を次々と平らげる妹。
「無理しなくていいぞ」 俺は俺で、ほんのりと酔いが回り始めている。
「うん、平気!」
一心不乱に食事をする妹、なんか俺の為に、俺との旅行の為にと、健気に頑張っている様に見えて……ついつい涙が出そうになる。
「少し酔ったかな……」
泣き上戸な俺は、そう言って涙をこらえ、妹と二人きりの旅館での食事を、なんとか終わらした。
「お腹がががが」
部屋に戻るなり妹はお腹を抑え畳に寝転んだ。
「ベットで寝ろよ~~」
そう言う俺も結構酔いが回っていた。
「もう一歩も動けないい、お兄ちゃん抱っこ」
「やだよ、俺は風呂に入るから」
妹の為にと露天風呂付きの部屋を取ったけど、結局は自分の為になってしまった。
「えーー大丈夫? お酒飲んでるのに温泉入るって危なくない?」
「そんなに飲んでないし、直ぐ出るよ」
「ふーーん、いってら~~気をつけてねえ」
寝転びながら俺を見ずに手をヒラヒラさせている妹、だらしないけど、原因の一端は俺だし、折角の旅行で説教するのも……と、思い俺は何も言わずに風呂に向かった。
脱衣室で服を脱ぎ、扉を開けると直ぐに洗い場がある。
シャワーで軽く身体を流しさらに洗い場の先の扉を開ける。
「おーーーー」
半露天とでも言うのだろうか? 石造りの浴槽は洗い場を出て直ぐの所にあった。
しかし窓はなく、小さめの庭が目の前に広がる。
庭にはリスでも居そうな桜の木が佇んでいる。
ここの所の暖かさで、ポツポツと咲き始めた桜……もう少し遅ければ満開の花の中で入れたのにと少し残念に思うが、それでも花見をしながらの温泉なんて……贅沢の極みだと、俺はゆっくりとぬるめの湯船に浸かっていた。
時間の流れが止まっているかの様に感じながら、湯船に浸かっていると、突然『ガラリ』と、音が鳴った。
俺は視線を桜の木から、扉の方に移すと……。
「ゆ、ゆゆゆゆ、雪!!」
タオルを身体に巻いた雪がそこに立っていた。
「えへへ、心配で……来ちゃった」
落ちない様に胸の辺りのバスタオルを上に上げながら、苦笑いして舌を出す妹。
脱衣室のライトが逆行となり、まるで雪の後ろから後光が指してる様に見える。
「い、いや、えっと……」
「入っていい?」
「え、ええええ? だ、駄目」
「え~~妹の裸なんてなんとも思わないんでしょ? 別にタオルも巻いてるし、あとまだ寒いよ~~」
「じゃ、じゃあ……」
俺がそう言うと妹は照れながら湯槽に入って来る。
「えへへへへ、久しぶりだねえ」
広い湯槽と言っても、二人で入ればどこかしらは触れる大きさ。
雪は俺の対面にそっと入ると、足と足とが絡み合う。
水面から妹の白い足がゆらゆらと揺らめいて見える。
「わーー、桜……綺麗」
綺麗なのはお前だ~~って言いたい気持ちを抑え、俺は子供の頃一緒に入っていた妹の事を思い出す。
そう、つい数年前まで一緒に入ってたんだ……だから、こんな事なんとも思わない……って、自分にそう言い聞かせる。
そして暫く一緒に桜を見ながら浸かっていると……。
「──お兄ちゃん……あのね……私……お兄ちゃんに言いたい事が……」
妹は、いつになく真剣な顔で俺に向かってそう言った。
俺は黙って妹を見つめる……。
「お兄ちゃん……今までありがとう……凄く感謝してます。
お兄ちゃんのお陰で……私も、もうすぐ高校生……これからは自分の事は自分でやるから、お兄ちゃんもそろそろ……彼女とか作って……自分の将来を考えて、ね?」
妹からそう……言われた……言われてしまった……。
妹は……俺の生き甲斐……俺の生きる希望……。
俺は妹からそう言われ……目の前が……真っ暗になった。
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