第4話 はしゃぐ妹、落ち込む俺
そこから俺は呆然としていた。
まさに脱け殻状態……。
いや、勿論旅行はなんとか続けた。
妹に感付かれ無いように、俺はいつもの自分を演じた。
初日一緒に風呂には入った……が、当たり前だが何事もなく風呂から出て、これまた当たり前なんだが、俺達は別々のベットで就寝した。
そして翌日は、定番の箱根観光コース、大涌谷で黒玉子食べ、芦ノ湖へ行き、海賊船に乗り、箱根の関所見物をし、旧街道を歩いた。
妹は終始はしゃぎ回り、俺はそれをじっと見つめ、妹の姿を両目に焼き付けていた。
これが最後になるかも知れない……から。
その後、昨日とはまた違う洋風な高級ホテルに泊まる。
綺麗な部屋、綺麗なベット、昨日と同様にホテルでも妹は、はしゃぎ回る。
まるで子供の時の様に、そう演じているかの様に……。
そう……妹もわかっているのかも知れない。
これが最初で最後の二人きりの家族旅行だと言う事を……。
妹は、もう高校生、自分の事は自分でやりますと昨日宣言した。つまりそれは親離れならぬ兄離れすると言っている事と同意。
いつかはそうなるって……思っていたけど、こんなに早くその時が来るとは思っていなかった。
俺達は少し部屋で休み、夕方ホテルのレストランで二人きりのディナー、今日はフレンチのフルコースで妹のお祝いをする。
昨日は卒業祝い、今日は高校合格祝い。
妹は県内トップの公立に合格していた。
頭の出来も、顔の造りも、スタイルも何もかも完璧な妹……俺とは違い、人付き合いも良く友達もかなり多くいる様だ。
完璧な妹から兄離れを宣言され、本来なら……ホッとする瞬間なのではないか?
あの親父が死んだ直後……こいつを、妹を育てる不安、未成年の状態で兄妹二人取り残されたあの恐怖。
ニートで不登校でコミュ症で引きこもりの俺……。
親父はそんな俺に、俺と妹に、家と保険金、そこそこの蓄え、そして……俺を、俺達を陰で見守ってくれた親父の親友を……残してくれた。
女にだらしなく、ネグレクト寸前の子育て……毎晩飲み歩き、ろくに家にも帰って来なかった親父。
その親父が俺に一つだけ宝物をくれた。
それが雪、それが俺の妹……。
その宝物を……俺は手離さなくてはいけない……ずっと一緒にはいられないのだから……。
ずっと一緒には……。
「お兄ちゃん? どうかした?」
「え? いや、ちょっと……酔ったみたい」
「あーー、そうだね、ちょっと飲みすぎてるよ」
料理と一緒にワインを頼み、ボトルを、ほぼ1本開けてしまった。
昨日はビール2杯で結構回ったのに、今は全然酔っていない。
いや、酔っているのかも知れないが、そんな感覚が麻痺してしまう程、俺は落ち込んでいた。
「後デザートで終わりだから、お水一杯飲んでね~~」
「ああ……」
終わり……そう……もう終わってしまう……楽しい旅が、妹との最初で最後の家族旅行が……終わってしまう。
美味しそうにケーキを頬張る妹を見て……俺は……。
「! お、お兄ちゃん! どうしたの?!」
「え? あ、いや……これは……」
俺は……遂に泣いてしまった……。
酔いのせいなのか? 妹の成長した姿を見てなのか? それとも昨日言われたあのセリフを思い出したからか、いや、多分全部だ。
俺の目からポロポロと涙が溢れ出す。
俺は周囲に気付かれ無いように、俺は飲みすぎて気分が悪くなった様に、お手拭きを顔に当てながら席を立つ。
妹も最後の一口を急いで口に放り込み、そのままケーキを頬張りながら俺に付き添う……いや、残さないのね……。
部屋に戻ると俺はそのままベットに倒れ込んだ。
「──雪……ごめん」
仰向けで寝転んだまま、天井を見上げ、溢れる涙をこらえつつ、妹を見ずにそう言った。
「ううん、いいよ」
妹はそう言うと俺の寝ているベットに乗り、俺を上から見下ろした。
そして……そのままガシッと俺の頭を掴むと、自分の膝の上に置く。
「えええ!」
「へへへ」
妹は俺の頭を膝に乗せ、髪を、頭をゆっくりと撫でてくれる。
妹に膝枕され、妹に髪を触られ、頭を撫でられている。
「お兄ちゃんがあんなに飲むなんて珍しいねえ」
「……ごめん、雪のお祝いなのに」
「ううん……」
そう言って雪はそのまま何も言わずに微笑みかけてくれた。
そして俺の頭をゆっくりと撫で続ける。
なにも言わずに、俺の泣いた理由も聞かずに……ただただ、俺の頭を微笑みながら、ずっと……俺の涙が止まる迄、ずっとずっと……撫で続けてくれていた。
こうして俺達の初めての家族旅行は、最後に俺の醜態を晒す形で終わった……。
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