第2話 卒業祝いと入学祝い


 妹の卒業祝い、「何が良いか?」 と、聞いた所「旅行がしたい!」と言って来た。

 一人旅なんてお兄ちゃんは許しませんよ! ましてや中学生だけとか、もし男子が混ざってたりなんてしたら……お兄様は心配でついていきますよ! なんて思いながら苦虫を嚙み潰したような顔をしていたら、俺が何を考えているか察した妹は言った。

「あはは、お兄ちゃんと二人でに、決まってるでしょ~~」

 うう、妹よ、良い子に育ったな、育ての親の顔が見てみたい。


 と、言うわけで、高校入学前に、妹と家族旅行となった。

 しかも、初めての家族旅行……。


 そう……今まで旅行なんて、行った事はない。


「うーーん……でも……どこに行けば……」

 修学旅行にさえ行った事が無い俺……旅行と言われても……沖縄? は、まだ寒いだろ、北海道? はもっと寒い……。

 車も免許も無し……一体どこへ連れていけば良いのか……そう悩んでいると……。


「温泉! 温泉! やっぱり旅行と言えば温泉だよ、お兄ちゃん!」

 俺に助け船を出すかの様にそう提案してくれた。


 しかし、渋い趣味だな……本当に中学生か? いや、もうすぐ高校生だけど……それにしても、温泉ねえ……。


 確かに某ネズミ王国やらは、俺とじゃなくても行けるし近くて旅行って感じはしない。


 そして、俺達が住んでいる関東、その周辺には温泉が多く存在する。


 しかし、いまだコミュ障気味の俺に大風呂はちょっと辛いけど、妹の為なら致し方ない。

 まあ、いざとなったら内風呂で我慢しよう。


 俺はスマホを取り出すと、【温泉】スペース【関東】と入力し、検索をかけた。


「えっと……この辺で温泉と言ったら箱根? 熱海? 草津? 伊香保? どこか行きたい所あるか?」


「うーーんとね、じゃあ……箱根!」


「箱根か……うん、じゃあ行こう、卒業と入学祝いを兼ねて美味しい物を一杯食べよう!」


「わーーーーい、でもあんまり無理しないでね~~」


「いや、任せておけ!」


 と、言うわけで、俺達兄妹は初の家族旅行に行く事になった。



 ◈◈◈



「えっと……新宿からロマンスカーで……」


「お兄ちゃんこっちこっち」

 新宿駅で小田急線に乗り換え、駅弁を買い込み流線型の電車に乗り込む。

 妹を窓際に座らせ、俺は荷物を荷台に載せて隣に座った。


「ほい、烏龍茶、弁当は、まだいい?」


「うん、もう少し経ってからで」

 春休みとはいえ、今日は平日、会社に行くサラリーマンを横目に、滑り出すように電車が走り始める。

 綺麗な黒髪を黄色のリボンで結び、ポニーテールにしている妹。窓から見える景色に喜んでいるのか? ポニーテールがピョコピョコと動いている。


「ねえねえお兄ちゃん! 今日はどんなホテルに泊まるの?」

 振り向きながら笑顔で俺に向かってそう聞いてくる。


「内緒」


「ぶうう、ケチぃ!」

 怒っているふりをして再び外を眺める妹……そんな姿を見てあらためて、幸せってこういう事なのだろう……って俺は思った。

 

 子供が子供を育てたのだ……この10年……色々あって……本当に大変だった。

 でも……こうやって成長した妹の笑顔を見られるだけで、今までの苦労が何でもないって感じる。


 箱根湯本でロマンスカーを降り、箱根登山鉄道に乗り換える。

 途中宮ノ下で下車し、有名なシチューを食べに向かった。


「あうう、お弁当もっと早く食べて置けばよかった、お兄ちゃん食べていいよ~~」


「俺もお腹一杯だよ……しゃーない」

 狭い店内だが平日なので、俺達以外に数人のお客がいるだけ。

 妹は俺の横に自分の食べかけを置いて店内を興味深そうに見回している。

 まあ、小食の妹の食べかけを食べるのはいつもの事……でも、もっと一杯食べないと大きくなれないぞ、いろんな所が……。

「ん? ……なんか……お兄ちゃんの視線が……いやらしい気がする」

 妹の裸に興味はない……っていうと、いつも怒るので、俺は黙ってシチューを啜った。


「うーーんまだ早いな……」

 店を出てスマホで時間を確認する。

 

「どうするの?」


「まあ、考えては……いる」

 朝出発して今はまだ昼過ぎ、ここは家から日帰り圏内の箱根だ、どこも行かずにチェックインでは時間が余ってしまう。まあそれは、あらかじめわかっていた事。

 俺達はそこからバスに乗り換えて目の様なマークのある有名美術館に向かった。

 バスの中でも終始ご機嫌の妹、俺と二人きりでの初めての旅行……こんなに嬉しがる、楽しがるなら……もっと早く連れてくれば良かったと俺は後悔する。

 

 でも……俺が妹の為に自らの人生全てをかけている事は、恐らく妹自身もわかってくれている。

 だから今まで我が儘らしい事は一切言わなかった。

 でも……それはある意味自分の本心を隠していると言う事に他ならない。

 今こうやって楽しんでいるのも、そんな風に楽しそうにしているのも、ひょっとしたら俺に気を使っているのかもって……そんな一抹の不安が過る。

 

「おお、これが箱根の森美術館……なるほどなるほど」

 広い敷地、芝生の上にいくつものオブジェが立ち並ぶ……人間を模している物から、幾何学的な物まで大小様々な作品が芝生の上に鎮座している。

 

 妹は物知り顔でそれらを見ていた。


「──雪……わかって無いだろ?」

 

「うん! 全然! あははは、でも、面白いね~~」

 そう言いながら近くのオブジェに向かって走っていく。

 昔と変わらない、小学生の頃と同じ走り方で……いや、そんな短いスカートで走ると……パンツ見えるぞ……。

 

 恐らくゆっくり見ていたら丸一日かかってしまうだろう広い美術館を、足早に一回りして、俺達は再びバスに乗り強羅温泉に到着した。

 

「──お、お兄ちゃん……マジで? ここ?」


「──あ、うん……多分?」


「ふ、ふわ~~凄い門……お兄ちゃん……本当にここに泊まるの?」

 びっくりしている妹に向かって、俺はふふんと鼻を鳴らし、どうだと言わんばかりにドヤる…………が、実は内心ドキドキだった。いや、だって、思ったよりも高級そうで……。

 場違い感満載の老舗旅館の物凄く立派な門を、俺たちは恐る恐るくぐり抜けていく。


「いらっしゃいませ」

 暫く石畳を道なりに歩くと、林の中に佇む立派な建物、そしてその建物の前には仲居さんと思われる人が入り口に立ち俺達を迎える。


「あ、よ、宜しく」

 どう対処していいのかわからないが、とりあえず挨拶をすると、満面の笑みで俺たちを見ていた。


「お荷物お持ちいたします、チェックインはこちらになります」


「あ、はい」

 どうにも落ち着かない……恐怖、畏怖、そんな感覚が俺を襲う。

 でも、そんな態度は妹に見せられない。

 俺は慣れているとばかりに堂々とした態度で、仲居さんの後に付いていく。


 チェックイン時にいくつかの説明を受け、俺は必死で対応する。妹は俺の後ろのソファーで落ち着かない様子でこっちを見ていた。


 なんとかチェックインという最大の関門? を通り抜け、俺達はようやく部屋に案内された……。

 

「うわああああああああああ!」

 部屋に入った時、妹はすまし顔で黙っていたが、案内係の人が部屋から出ていくなり雄叫び上げた。


「す、す、凄い凄い凄い~~~~!」

 広い綺麗な和室、窓からは池のある庭が一望出来る。

 妹は初めておもちゃを与えられた子供の様に、はしゃぎながら部屋を見回す。


「こっちは、ふぉわあああ、大きなベット、きゃあああ、フカフカ」

 隣の部屋のベットを見て嬉しそうに飛び込む。

 奮発した甲斐があった。さっきの考えが、俺に気を使っているのでは? なんて考えが吹き飛ぶくらい、妹は部屋中を駆け回る。

 そして妹は遂に、この部屋のメインの場所を見付け出した。


「ほわああああああ! お部屋に露天風呂!」

 そう……部屋つき露天風呂……はい……かなりの諭吉が飛びました……。


「お、お、お兄ちゃん! ま、まさか! わわわ、私と一緒に入る為に!?」


「ちゃうわ!」


「えーーーー本当にいい?」


「お前の裸なんて見飽きたわ!」


「エッチ! って……ま、まさか最近も覗いてるって事!?」

 妹は両手で身体を隠して俺から後退りする。

 

「してねえええ!」


「本当かなあ? じゃあ一緒に入らないんだ~~」


「は、入らないよ!」


「まあいいか、とりあえずこっちは後にして、大浴場に行って一風呂浴びて来ますか?」


「あ、ああ、行っておいで」


「……お兄ちゃんは行かないの?」


「……ああ、俺はとりあえずいいや」


「……そか……じゃあ行って来るね」

 妹はそう言うと、カバンから着替えを取り出しお風呂の準備を始めた。

 俺はそれを黙って見つめる……。


 俺は妹の前では普通に過ごせる、過ごす様にしているけど……妹がいなければ……生きてる価値さえ無い……何も出来ない……大勢の中で風呂に入る事さえ……ままならない……。

 震える手を抑え……俺は黙って妹を見続けていた。

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