第126話「大忙しの年末と不穏な影」


 体が怠く、そして重い。何かに呪われているのかもしれないと俺は真冬なのにも関わらず額の汗を拭い目を開けた。まず感じたのは部屋が真っ暗で深夜だという事、そして次に柑橘系のいい香りがして隣を見た。


「セリカ……あとモニカぁ!! 重いと思ったら今日はお前らか!!」


「あら快利、もう起きましたの?」


「あんなに激しく私たち二人を同時に相手にしたのに、ねえセリカ様?」


 誤解を招かないように言っておくとコイツら二人は勝手に俺の部屋に侵入し俺に絡みつくように抱き着いて勝手に俺のベッドに入って来ただけだ。誓ってやましい事はしていないから天国のカルスターヴ侯とモニカの兄たちよ安心してくれ。


「既成事実のように言うなセリカ、二人同時に鍛錬しただけだろ第三者が聞いたら勘違いするからな、まったく」


「ちゃんとした戦いは私達の一度目の転移以来ですから頑張りましたのに」


 頑張ったのは分かったが二人ともそろそろ離れろ。俺も汗かいてるからシャワー浴びたいし二人とも昔とは違って体が完全に女になってるからな。もう子供じゃないんだからと言いながら二人を引き剥がしベッドに放ると下の階に逃げるように降りた。


「まだ四時過ぎか……てか明日はコミセの手伝いなんだが……」


「そうだな快利、明日は由梨花も楽しみにしているから頼むよ」


「なら風呂の前で仁王立ちは止めてくれ慧花」


 そこにはバスタオル一枚で仁王立ちする慧花がいた。さすが腐っても元王族なのか無駄に威厳が有るし今は女だから、ぶっちゃけエロくて目のやり場に困る。


「由梨花やサークルの皆が言うには猛者達が集う祭典らしいから気合を入れてシャワーを浴びていたんだよ」


「しょせんはオタクの集まりさ、ニュースでも見た事有るし」


「つまり快利の同類じゃないのか?」


 なかなか手厳しい事を言って来る目の前の美女に俺は仕方ないからと説明する。同じオタクと言えばそうなのだが厳密には違うとドルオタとは別の生き物だと説明したが返って来た答えは無常だった。


「聞く限り私には同類のようにしか思えないが」


「世間はいつもそんな事言ってる」


「それに快利、君の場合はアイドルオタクなのでは無くてRUKAつまり瑠理香のファンなだけなのでは?」


 言われてみればそうだ。俺は中学の時のライブの時にRUKAいやルリの一生懸命な姿に感動してファンになった。今思えば無意識に惹かれていたのかもしれない。そんな話をしている内に気付けば朝になって俺はシャワーを浴びるとユリ姉さん達とコミックセレクション通称コミセに行った。




「ここは地獄だ……なんで冬なのに暑いんだよ」


「確かに臭いし、本当に汗臭いし地獄というのは分かった」


 売り子や荷物の搬入をして一日を終えた俺と慧花の感想がこれだった。しかしサークルの他のメンバーやユリ姉さんは違った。


「私、初めて参加したけど凄かった、熱量が違ったわ紅っち!!」


「そうだねユリちゃん!!」


 そう言えば紅井さんと会うのも久しぶりだ。会うのはたぶん三回目くらいだろう。最後に会ったのはエリ姉さんと一緒にサークルを見に行って以来だ。そんな俺と慧花以外のサークルメンバーは初サークル参加を楽しんでいた。


「それにしても秋山弟もご苦労!!」


「っ!?」


「あ、先輩その呼び方は――――「大丈夫だよユリ姉さん……なんすか会長さん?」


 秋山弟呼びは何だかんだでトラウマでルリしか知らないはずなのにユリ姉さんが気にかけてくれた。それだけで充分だ……今は姉さん達の義弟で嬉しさは有っても劣等感なんて感じないからどんと来いだと思って要件を聞く。色々言われたが要は、この後はサークルメンバーだけで飲み会をしたいらしく男の俺は邪魔らしい。


「実は今日この後も用事が有りますから、じゃあ姉さん達をお願いします」


「快利、別にあんたが来ても私はっ!!」


「こういうのは女同士の方が良いんじゃない?」


 それにドラゴンや慧花たちも居るから多少酔っても問題ないだろうと勇者コールで呼びかけると素早く答える声が有った。


『然りだ勇者よ……グラスは眠りこけているが私とマリン姉さんは常に目を光らせているから悪い虫は付かせん』


 俺はフラッシュに帰りが遅くなるようなら転移魔術で二人を連れて来るように頼んで別れた。疲れたし汗もかいたけど勇者として戦っていた時に比べたら余裕だ。だから俺は年末セールの買い出しに出ているモニカと合流するために駅前に跳んだ。




「いたいたモニカっと……ん?」


「あっ、快利兄さん!!」


 いつものメイド姿のモニカと周りの男二名を見て即座に理解した。モニカも含め俺の周りの女性陣は系統は違うが全員が美人でナンパ被害は星の数ほど有る。特にモニカは普段着がメイド服で目立つから回数がエリ姉さんの次に多い。


「うちの可愛い義妹いもうとに何か用か? って、お前らか!?」


「び、びっくりしたよ秋山くん」


「そうだぜ……そんな怖い顔すんなよ、秋山~」


 そこに居たのはクラスメイトの遠藤と安達だった。文化祭で色々有ってから金田と四人で昼飯を一緒に食う仲にもなったメンバーで特に安達は俺が偶然ぜん息を治したせいで異様に懐かれてしまい親友の遠藤とも仲良くなった関係だ。


「悪い悪い、大事な妹に悪い虫が付いたのかと思ってな」


「あはは、過保護だな秋山くんは」


 思わずモニカの頭をポンポンと撫でていると照れているのかペシっと弾かれた。夜中に抱き着いて甘えて来たのに外では恥ずかしいのかコイツと思いながら顔を覗き込むと顔が真っ赤だ。普段からこれなら可愛げも有るのになモニカ。


「だが安達、モニカは毒舌でメイド魂持ちだが外見は良い、むしろ可愛いから狙われる事が多々有るからな」


「外見も中身も可愛いですから快利兄さん!!」


 そこで軽く立ち話をしていると二人は親の言いつけで駅前商店街におつかいに来たらしい。おせち用の伊達巻き、かまぼこなどを買い足すために来た安達と付き添いの遠藤という組み合わせだった。


「付き添いって、お前ら本当に仲が良いんだな……」


「まあ幼馴染じゃねえけど小学校からの付き合いだしな」


「それは幼馴染なんじゃないのか?」


 そんな話をしていると安達のスマホに親からの催促が来たから二人は慌てて商店街の方にダッシュで行ってしまった。思わぬハプニングと思っていたが別れ際に二人は後で連絡すると言っていた。


「何の連絡だろ?」


「たぶん初詣のお誘いだと思いますよ、私もアプリのグループで連絡来ましたし」


「初詣って友達同士で行けるものなのか?」


「さあ? 私は異世界から来ましたからね、快利兄さんは今までは?」


 そこで思い出すのは毎年エリ姉さんに連れて行かれた思い出だ。昔は乱暴に連行されたと思っていたが今振り返ると腕を組んで胸を押し付けられ半分抱きつかれる形だったから凄い役得だった気がしてきた。


「エリ姉さんと二人だった……何だかんだで小さい頃から俺の面倒見てくれてたんだよな」


「こちらの世界での唯一の味方だったんですよね……乱暴だっただけで」


「ああ、毎回お姉ちゃんの後ろに付いて来いとうるさくてさ、でも密かに嬉しかったんだよな……」


 だってエリ姉さん初詣の時は優しかったし抱きつかれた時には今と同じで、やっぱり良い匂いしたし……そうそう、こんな感じでエリ姉さんといるといつも香るのは凛として瑞々しい香りで……あれ?


「それは良い事を聞いたぞ快利!! 今すぐ抱き着いて来い!!」


「何でエリ姉さんがここに!?」


「予備校から呼び出しを受けてな、二人は買い出しか?」


「うん、さっきユリ姉さん達と別れて戻って来たんだ」


 何でも志望校をもっとレベルの高いとこに変えろと言われたらしい。エリ姉さんは夕子義母さん譲りで秀才だし模試でも全国上位の常連だから当然だろう。わざと俺が来年の受験で入りやすい大学にレベルを下げてくれているから予備校側としては不服に違いない。


「前にも言ったけど俺の事は気にしなくても」


「これは私自身の意思でも有る、ユリ姉ぇが悪いサークルに引っかかって酷い目に遭ってから安全な大学を調べて決めたんだ、それに私の第一志望は学力的に一流大学や有名校に劣るが決して低いレベルじゃない」


 さすがエリ姉さんだキチンと考えていた。でも基本は俺と同じ大学に通うためだけに志望校を決めていたのは嬉しい反面少しだけ悔しかった。


「ふ~ん、そんな大学よく見つけたね……」


「ああ、涼月総合学院大学という都内にキャンパスが有る大学で付属の高校や中学も有るとこだ、私は余裕だが快利や瑠理香たちは少し頑張らなくては危険だぞ?」


 実際の偏差値を聞かされて驚いた。そりゃ旧帝大、昔は一期校と呼ばれた大学や私立の上位校よりは低いが今の俺では少し厳しいレベルだった。


「確かに思ったより上だ、でも涼月総合なんて大学初めて聞いた」


「基本的には付属校から上がって来る人間メインの大学で中学・高校自体がマンモス校で凄まじい人数らしく外部の人間は最近取り出したらしい」


 そんな話をしていると駅前の商店街に到着した。モニカも勉強する気になったらしく百均ショップでノートやカラーペンなどを買っていた。俺も本腰入れなきゃ危ないなと思った時だった。


「これはっ!? 何で!?」


「これって快利兄さん!?」


「快利この嫌な感覚は?」


 俺とモニカはもちろん最近になって魔族返りだと明かされたエリ姉さん、それに周囲の一般人ですら不気味な振動に気付いていた。そう、時空震で空が揺れる不気味な揺れが発生したのだ。




「何で時空震が?」


「ああ、私ですら分かった違和感が、何なんだ快利、これは?」


 黒龍やイベドが動いていた時ですら時空震は一般人やエリ姉さんみたいな弱い魔力持ちの人間には感知が出来なかったが今回は通行人が違和感を感じるレベルだ。魔王やドラゴンより大きい規模なんて初めてだ。


「嫌な予感がします快利兄さん」


「ああ、因果律操作魔法でゲートを開いた影響だとは思うが向こうで異変が有ったら師匠が、セリーナが黙ってないはずだ……」


 そんな事を考えているとスマホに着信が入っているから確認するとセリカからはメッセージが那結果からは勇者コールが直接来ていた。


『快利!! こちらの世界では最高レベルの時空震です!! 何か異常は!?』


『分からない……俺はモニカとエリ姉さんと一緒だが、お前は?』


『現在、私とセリカさんと我が家に飛び込んで来た瑠理香さんと一緒に居ます』


『分かった、ユリ姉さんや慧花もしくはドラゴン達と連絡は?』


 それに答える前に別な勇者コールが来た。急いで同時接続で繋いで応答すると相手は慧花だった。


『快利!! 今の時空震は!?』


『分からない、一応警戒してくれ、ユリ姉さんは一緒?』


『ああ、だが酔って気付いていない、フラッシュ達が警戒しているがどうする?』


 俺は那結果そして慧花の二人に状況次第で危険と判断したら結界を張って落ち着いたらドラゴンワールドに逃げるように伝えた。エリ姉さんとモニカも不安そうに見ていたが、すぐに時空震は止まった。


「慧花と那結果から全員無事だって連絡……でも嫌な予感がするから早く帰ろう」


「そうだな、少なくとも家の結界なら大丈夫なんだろ?」


「ええ、快利兄さんの結界なら並みの時空震ではビクともしませんから」


 しかし今の時空震は明らかに異常だ。俺達は時空が不安定なのを考慮して徒歩で帰宅することにする。時空震が起きた時に時空魔術と転移魔術を使うのは危険な行為で最悪な場合、変な場所に飛ばされる事も有るから最終手段なのだ。俺は一抹の不安を感じながら帰宅を急いだ。

 




――――千堂グループ第二ラボ


「これは危険だな、どうするか……想定されるパターンは三つだが……」


 異変を感じていたのは快利たちだけでは無かった。世界に名立たる千堂グループの機密と最新のテクノロジーの宝庫でもある第二ラボで、この世界で五指に入る天才、千堂仁人は都内の試作型計測器の内の三つが壊れたのを確認し既に現地にエージェント派遣していた。


「ドクター!!」


「信矢か……お前も感じたのか?」


「はい、快利くんに教えてもらった限り道場で再習得した僕の『気配探知モドキ』はスキルという能力らしいので、それで感じたのかと」


 この研究施設に顔パスで来れる人間は限られていて十名にも満たない。その中でも専用の研究室に直通のエレベーターを使えるのは更に限られていて、その例外の二人が研究室に入って来た。


「仁人せんぱ~い、私でも感じましたよ、あの変なの」


「竹之内……じゃなくて今は春日井か、面倒だな苗字が変わると」


「呼びやすい方でいいですよ、私としてはシンのお嫁さんとして春日井夫人って呼ばれる方が嬉しいですけどね~」


 もう一人の旧姓が竹之内で数ヵ月前に入籍したばかりの後輩を見ながら息を吐く。そして仁人は立ち上がると二人を伴いセキュリティレベルの低い上級研究員の多くいるメインの研究室へと移動する。


「また魔法や魔術ですか? 前回ので解決したと思ったんですけど」


「俺もそうさ、むしろ来年からは快利くんに正式にモルモット……では無く研究対象になってもらうよう頼む予定だったからな」


 そんな仁人の言葉に信矢は複雑そうな顔をして苦言を呈していた。


「恩人のお孫さんなんですから止めて下さい……僕の時みたいに精神とか壊すのは絶対にNGです」


「あれは君が壊れたフリをしただけだろうが器用貧乏め……天才を騙す器用さは稀有な能力だ誇れよ」


「その結果、大事な狭霧を泣かせてしまったので黒歴史ですよ」


「え~、でも久しぶりにクールモードのシンとか強気モードの俺様のシンも見たいと思うけどね~」


 そんな話をしていると仁人の部下が次々と情報を上げて来たのを三人は精査していく。実は狭霧も事務処理能力は高く与えられた資料を的確に取捨選択する能力は有って地頭は悪くない。ただ天才や秀才らに囲まれて能力が低く見られがちだ。


「ふぅ、なるほど……どう見る信矢?」


「言葉が足りませんよ器用貧乏には説明が欲しい所です」


 信矢と仁人が喋る中で後ろの自動ドアが開いて入って来たのは七海で研究員が全員一斉に頭を下げていた。


「失礼、皆さんは作業を続けて下さい、仁人様!!」


「七海、今から話すところだSHININGにも繋ぐ、ただ秋山グループの人間にはまだ伝えないで動きたい」


 パネルをカタカタと打ち込みながら映像データと画像データを呼び出し同時に先ほどの時空震の情報と重ね合わせた検証結果を前面の巨大ディスプレイに表示する。


「なぜです? 少なくとも快利くんには教えるべきでは? 彼の信頼を損なうのは当社のマイナスになるかと愚行しますが?」


「これを見てもか?」


「っ!? これは……先行したエージェントですか?」


 画像を数枚表示すると、そこに映るのは千堂グループ子飼いのエージェント三名の死体の画像データで三人とも通常では有り得ない姿で事切れていた。


「ああ、全滅だ工藤さんを行かさないで良かった、梨香さんと生まれて来る子供に恨まれるからな……ああ、今のは不適切か?」


「いえ、彼らも当社の人間ですが前科者で影のような者達です……損失は大きいですが問題は有りません、それで先に手を出したのは?」


「残念ながらこちらだ……先に撃ったようだ、映像を見てくれ」


 つい数十分前の最後に届いた映像には先に黒服のエージェント達が拳銃で向こうの西洋の軽装の皮鎧レザーアーマーを装備した人間を銃で射殺しているのが映っていた。四人は知らないが、これはグレスタード王国の斥候兵の基本スタイルだ。


「すぐに映像の処分を……いえ、あちらには映像を残すような魔法や魔術は有るのですか? なら映像の加工の方でしょうか」


「快利くんらの話では何でも見抜く『鑑定』というスキルが有るらしいが使える人間はセリカさん以外居ないそうだが、念には念を入れるべきだな」


「ふむ、では証拠の隠滅は保留で……敵の規模や状況は?」


「奥多摩のキャンプ場付近の森の中だが人数は分からない……俺の勘では先行部隊と見ているが……」


 その後も四人と更には中継で繋げたバーSHININGの主要メンバーはどう動くか悩んでいたが、再度、私兵を数十名単位で送る事が決まった。これが、この世界と異世界との公式記録が残るファーストコンタクトとなった。

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