第124話「決着そして離別と再生への道」


「俺、母さんが退院したら今の家を出て母さんと二人で暮らしたいんだ……一人きりにしておけないから」


「なっ!? そ、それは……だが」


「快くん……」


 やはり二人は難色を示しているけど譲れない。だって二人には家族もいれば今は大事な人生の伴侶がいる。だけど母さんにはもう誰も居ない。俺以外は血の繋がった人間なんて一人も居ないんだ。


「母さんにはもう俺しか居ないんだ……俺が一緒に居てあげなきゃ母さんはまた一人で……だから頼むよ」




 俺が頭を下げると親父は一瞬考えた後に分かったと言ってくれた。夕子母さんも何も家を出なくてもと言ってくれたが最後は折れてくれた。


「そうね、秋奈さんから快くんまで取るのはダメ……よね」


「ごめん夕子母さん、それと親父しばらくの間でいいから前の家を直して使わせてくれないか」


「あの家を……か」


 あの家とはもちろん魔王イベドとの戦いで俺が吹き飛ばした家の事だ。中の物は大部分は今の豪邸の方に移送させたけど家具などは壊れたものがそのままで修復魔術さえ使えばすぐに再生出来る。


「うん、俺と母さんの思い出が……ちょっとしか無いし、嫌な思い出も多いけど俺と母さんが過ごした家でも有るんだ、次の家が決まるまでで良いからさ」


「あの土地は確かに俺名義のままだし問題は無いが……」


「じゃあ頼むよ、母さんの借りてたアパートは何仕掛けられてるか分からないし俺でも気付けない魔王の置き土産とか有ったらと思うと不安でさ」


 母さんと二人で生活したいのも本当だけど実は他にも理由は有る。新生魔王イベド・イラックは因果律操作魔法の使い手で俺以上に魔法を知り尽くしている男だ。今言ったように何か罠でも仕掛けられている可能性もゼロじゃない。


「つまり俺達が秋奈と会わない事と、あの家を渡して欲しいと言うんだな?」


「ああ、頼む親父……」


「お前からの頼みは断れないさ……これ以上お前に失望されたくないからな」


 親父が自嘲気味に言って頭をかいて横では夕子母さんが苦笑して頷いていた。だから俺は間違いを一つ訂正しておきたいと思う。


「俺はさ親父のことは親として最悪だって思ってるけど男としては尊敬してる、エマさんの件も夕子母さんの件だって男なら好きな女を助けたくなるのは当たり前だ」


「快利……」


「それに夕子母さんだって姉さん達を育てて、あの男と夫婦やりながら社会人としてやって来たのは普通に凄いと思うし尊敬してる、たぶん姉さん達も同じ気持ちだよ」


「ありがとう快くん……」


 今もやってるバイトを通して現代社会を少しは学んだ俺の感想としては親父も夕子母さんも社会人として凄く有能で、それに比べて俺は勇者の力が無ければ何も出来ないガキだと教えられた。


「だから今度こそ全部のわだかまりを終わりにしたいんだ……過去の事ぜ~んぶ込みでね、そうすれば爺ちゃんも静かに眠れると思うんだ」


 俺が泣き笑いの変な顔で言うと親父は驚いた顔をして何ともいえない複雑な顔をした後に俺を見て言った。


「そうか、俺なんかよりも大きくなったんだな快利」


「ああ、だって親父の息子なんだから、当然だろ?」


 完全に虚を衝かれたような顔をしている親父に母さんが肘でツンツンしてハッとしたような顔をしているのは面白くて同時に二人はお似合いだと思った。今のやり取りでも公私に渡って親父を支える存在なのは分かったし、そんな義母を親父は誰よりも大事にしている。


「じゃあ親父、今魔法で回復させるから」


「いらないさ、この痛みをしばらく噛みしめさせてくれ……頼む快利、息子と初めて喧嘩した記念にな……」


「分かったよ……じゃあ俺は帰るね、今の話を皆にしなきゃいけないし」


 そう言って聖剣を取り出し転移魔術と時空魔術を展開すると二人は驚いていた。今さら目の前で魔術を展開したくらいでそんなに驚くだろうか。何度も実際に二人も体験しているのにと思っていたら夕子母さんが俺を見て言った。


「快くん、言って……なかったの今の話、あの子達に」


「え? うん……」


「じゃあ覚悟しとけ、お前は俺の七倍苦労する道を選んでそうだからな……」


「え? あっ、うん……じゃあ具体的に決まったらまた連絡するから!!」


 そして俺は行きと同様に家の庭に転移した。帰りの連絡は入れてないしスマホは切っていたけど緊急事態ならば勇者コールが入るから問題無いと思っていた。なんか親父たちが最後に言っていた意味がイマイチ分からなかったけど、まずは皆の顔を見たいし色々と話をしたいと思って俺はドアを開けた。



――――大人たち視点


「はぁ…………本当に情けない大人だな俺は」


「ええ私達は情けない大人ね、昇兄ぃ……」


 快利が帰る前に部屋をきれいに直して行ってくれたおかげで片付けはしなくても良かったのは幸いだが二人は疲れ切っていて、この後から仕事する気が微塵も起きなかった。


「普段は仕事に逃げてるのにな」


「そうね、でも快くんに……息子に教えられちゃったね」


 夕子の言葉に頷きながら昇一は頬に出来た青あざを撫でていた。まだ口の中も切れていて少しヒリ付き顔全体もジンジン痛む。


「てか……あいつ、もう立派な大人だろ」


「実際、向こうで二四歳だったらしいから大人と言えば大人ね~」


 フフッと笑って肩に頭を乗せて来るのは昔からの夕子の癖だった。一番安心する彼女の場所だった。


「思えば全部、ぜ~んぶ昇兄ぃと快くんに任せて一番逃げてたのは私よね」


「それは違う、お前は十分過ぎるほど苦しんだ」


「でも快くんは私達の何千倍、いえ多分もっともっと苦しんだと思うの……それに、あの人との決着までつけてもらって……だから私も少しは前に進みたい」


 妻の決意に満ちた顔を見た顔に昇一は嫌な予感がしてすぐに問い質す。昔、高校時代に自分に別れを告げた決意に満ちた顔にそっくりだったからだ。


「何をする気だ夕子?」


「父と母に会おうと思うの……」


 そこで昇一は思い出す。妻は向こうの両親から勘当され絶縁されていた。冷静に考えて素行不良で犯罪者紛いの男と付き合うだけでも反対されていたにも関わらず結婚や妊娠までした夕子を向こうの両親は当然のように許さず勘当した。


「由梨花を妊娠してからね、最後まで反対されて勘当されたから……」


「ああ、そうだったな」


 当時は昇一と結ばれない事が分かって自暴自棄だった中で出来た子供だった。だから父親になれば元夫も変わってくれるかもしれないと希望だった。しかしクズはどこまで行ってもクズで何も変わらず更に絶望したのが当時の夕子だった。


「父と母に謝りたい……全部謝って今は幸せですって言いたい、だから年明けに実家に行ってこようと思うの」


「俺らの地元か……なら俺も行く」


「え? でも、これは私の問題だから」


「もう、お前を一人にはしない……お腹の子にもさわるからな、それに何より今度は俺が絶対にお前を守るから誰よりも傍でずっと、な?」


 快利が教えてくれたからなと言うと夕子も分かったと言って涙を流して二人は軽く唇を重ねていた。今度こそ家族になれたと昇一は心から快利に感謝していた。




「反対!! 反対だ!!」


「そうだよ反対だよ!! せっかくご近所になったのに!!」


 俺は自分の決意を夕食後のリビングで皆に語った。母さんとの面会は明後日の予定だからと言って引っ越しの話をした瞬間いきなりの反対コールがエリ姉さんとルリの口から広がった。


「え?」


「はぁ……短慮ですね快利、私達があなたを逃がすと思いますか?」


「いや、だってセリカ今んとこ凄い良い流れだよ!! 感動ものだよ!?」


 まさか反対されるとは思わなかった。爺ちゃんの事で頭にきて親父を殴り行ってからは完全にアドリブで出たとこ勝負だったけど母さんと暮らす事はずっと考えていて具体案は昨日の夜トイレに行ってる時に思い付いた。


「いや勝手にそっちの都合で感動されても困るのですが……」


「我ながら俺いいことやったよ、王国でも仲裁とか家族間の問題解決とかズバズバやってた経験も有ったからさ、しかも今回は自分の家族だから頑張ったんだぞ」


「何も相談しないで思い付きで行動するのはお義父さまと同じですね快利兄さん?」


 モニカの鋭い正論が俺に突き刺さる。確かに事前に話すのは必要だったと言われたらそれまでだ。少なくともエリ姉さんとユリ姉さんには話した方が良かったかもしれない。


「それは……悪かったかも」


「まあまあ落ち着こうじゃないか皆、実際、快利の提案は決して間違いでは無いだろ? 後は感情の問題さ」


「慧花!!」


 何だかんだで頼りになるな慧花は、さすがは元王子だ説得力が違う。そう言えば王国時代は会議とかで割と俺を援護してくれてた。友情って、やっぱり大事だな。


「なぁ~にサラッと自分だけポイント稼ごうとしてんですか慧花さん?」


「那結果、君だって分かっているだろ? 私は同居してないから余り状況は変わらないから快利を優先するのさ!!」


「そういえばケイは未だにアパートで独り暮らしだったわね、これで条件をイーブンにする気ね!!」


 どうやら一瞬でも感じた友情は策略だったらしい。その後は七人はそれぞれ言いたい放題で家残留派が最大派閥で中立が那結果、そして賛成派が慧花と条件付きでユリ姉さんだった。


「四対二対一か……そりゃ昔と違って皆に引き留められるのは嬉しいけどさ」


「では中立派の私、秋山那結果が快利ハーレムの決戦を実況して行きたいと思います、ゲストはもちろん女を七人も侍らせておきながら親に説教垂れて『なんか俺、いいことやっちゃいました?』とか調子乗っている秋山快利です!!」


「なあ那結果、お前も割と怒ってる?」


 いつも以上にキレッキレの那結果に聞いてみたら目が笑っていなかった。しかし表情を見るに呆れているように見える。


「以前にも言いましたが、もう体が違うのですから相談しろと言いましたし実際イベドに付け入れられたのは私達がバラバラだったのも原因ですから」


「それは……まあ」


 イベドと直接対峙した時に奴も言っていたが俺自身が油断していたから簡単に洗脳魔法が入っていた。洗脳魔法とは俺が公安の人間に使ったような強力で強制的なものから暗示のように弱いが効果に気付きにくいものまで様々でイベドが俺に使用したのは後者だ。


「私と直接会わない洗脳なんて恐らく奴が因果律操作魔法で見た未来の中では私が妨害したものが有ったのでしょう」


 あの後、那結果と何度も調査したから大丈夫だと思うが心配になる。三回も襲われ過去にまで介入して来た敵だから用心に越したことは無い。そんな話をしていると六人の戦いは続いていた。




「――――以上だ。何より私は快利がいないと受験勉強に集中できん!!」


「わ、私もバイトの時以外も居ないと歌が上手く歌えませ~~ん!!」


 先ほどまでは慧花が俺の側に立って弁護していたが今度は家への残留派が文句、いや意見を言い出した。


「愛されてますね~、ハーレムの面々から」


「嬉しいけどさ……それとサラッと流してたけどハーレムとか言うのやめろ」


 さっきは流したけど普通にハーレムとか止めよう。ここは現代日本で、やっちゃダメなんだ。それこそ異世界なら可能かもしれないけど、実際に王様も嫁が二人いた。もっとも俺が転移した時には第一王妃は亡くなっていて実質、第二王妃が正室になっていたから後妻なのかもしれないけどね。


「ハーレムについては後日しっかり話し合うにしても今は快利が出て行かないようにする作戦です、いっそ、お母様をこの家に」


「いや普通にそれは無理だからなセリカ」


「当然ですセリカ様、お母様とお姉様たちが会うだけで毎朝地獄ですよ?」


「傷付いて入院されている快利のご母堂のことを考えたら当然だな」


 順に俺、モニカさらに慧花に連続で言われて、ぐぬぬと黙ってしまうセリカだがモニカがこっちの援護をしていたのに気付いて「しまった」と墓穴を掘っていたのに気付くとアッサリこっち側に寝返った。


「その……良いのかモニカ?」


「はい、やはり私は快利兄さんのメイドです、それに私には母がいませんが分かります。今までの行動を見るにマザコンですからね快利兄さんって」


 ニヤリと笑って分かっていますよ言わんばかりの表情で肩をポンポン叩かれると俺は内心複雑だった。そして何も言い返せなかった。


「さぁ~てモニカさんが快利追い出し派に乗り換えましたよ~!!」


「待て、追い出すとかじゃ無いからな!!」


 いつの間にか俺が出て行くんじゃなくて追い出される形になってるんだが、追放じゃないから今回は途中まで心温まる話だから勝手にねつ造するな那結果。


「くっ、さすが……カイだね、いくらモニカがチョロいからってアッサリと」


「快利兄さんは素直な女が好きと前も言ってましたし瑠理香さん自身が一番ご存知なのでは?」


 寝返った瞬間モニカは援護を始めて俺の横で紅茶を淹れていた。その顔は、いつも通りでよく見ると普通に飽きたみたいだ。


「そ、それは……せっかく近所になれて、これから一緒に学校に通ったり、ドキドキしながら秘密のバイトでイチャイチャする私の計画が~!?」


「でも瑠理香、今の話だと一緒に学校通えるしバイト先には快利すぐ来てくれて、しかも高校では一緒なんだし私より一緒にいる時間多いでしょ?」


「そ、それは……じゃあ今までと変わらない?」


 上手いぞユリ姉さん何だかんだでルリは単純だから相手をしていれば基本的には病まないしスマホの通知も最近は十分以内に返信すれば許してくれるようになった。ちなみに文化祭前までは三分以内だった。


「お~っと、ここで瑠理香さんも追い出し派に!! 残りは絵梨花さん&セリカさんです!!」


「もうツッコミ入れないからな那結果」


 俺が言うと少し寂しそうに那結果がしていて悪い気がして来た。いや、俺が悪いのか俺は悪くないぞ……たぶん。そして遂に一番厄介な人が動き始めた。




「快利、お前が北見さん、お母さんと過ごしたいのは分かる……だが実際の所それは難しいんじゃないのか?」


「エリ姉さん……どうして?」


 忘れそうだし最近は色々とアレな人だけどエリ姉さんは基本的に頭は凄く良い。高校までの成績は毎年ほぼトップなのは当然で模試も全国上位の常連で科目別なら何度か全国一位を取ったりしているし夕子母さん譲りの万能性も備えている。


「お前が大学生になったのならば可能だろう、だが高校生の内はダメだ」


「何が問題?」


「まず学校まで通うのが――――「ほぼ今まで通りだし転移魔術で行けるけど?」


 そこでエリ姉さんは固まった。どうしたんだろうと思ってみると明らかに出鼻をくじかれたという感じの顔をしている。


「そもそも高校生をしながら家の事は大変で――――「今まで家事って俺がやって来たし母さんも家事は出来ると思うけど?」


「そうだった……むしろ家事が出来ないのは私の方だった!!」


 今さら気付いたのか……そもそもエリ姉さん、それにユリ姉さんもだけど姉さん達が家事が出来ないだけで俺は小さい頃からやって来て普通に出来るから。


「あっ、分かりましたわ、私も快利追い出し派に寝返りますわ」


「急にどうしたんだセリカ!! 最後まで戦い抜くと言ったじゃないか!!」


「そんな事は話していませんわ、それより快利、あなた前提条件を話してませんわね? 今回のお話の」


「「「前提条件?」」」


 俺とエリ姉さん、そしてルリの声が重なった。前提条件とは何だろうか俺は皆にキチンと誠意を持って話したと自信を持って言える。


「ここからの解説は、この秋山那結果に任せてもらいましょう、元ガイドの名にかけて皆さんに解説して差し上げましょう!!」

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