第123話「十年分のおとしまえ」


「あの……お客さま? アポイントメントは?」


「秋山快利が……息子が来たって秋山昇一に親父言ってくれませんか? もしくは母の夕子に取次ぎをして下さい」


「え? へ!?」


 俺が跳んだ先は親父の会社『秋山総合コンサルティング』の本社の入っているビルだった。ビルと言っても十階建てに満たないビルの内の二フロアを使ってるようだ。このままじゃ埒が明かないから受付のお姉さんをどうやって気絶させるかを考えていたら奥の扉が開いた。


「やっぱり、声が聞こえたと思ったら快くん!! 今日はどうしたの~?」


「ああ、夕子母さん、ちょっと親父に用が有って」


「へ? 夕子さん、この子、いえこの人本当に息子さんなんですか!?」


 完全に置いてけぼりの受付さんを無視して夕子母さんを見ると何かを悟ったような目をしていて不思議だった。まるで俺のやろうとしている事が分かっているようだ。


「ええ、そうよ~、それにしても快くん……そっか、どうぞ昇一さんは奥よ」


「うん、ありがと……義母かあさん」


 そして奥の社長室に向かう途中のオフィスで親父の部下らしき人が俺を見て来るが完全に無視。反対に夕子母さんは「息子で~す」と言って俺を紹介しまくってた。本当にマイペースだなぁ……この強さはエリ姉さん味を感じる。


「じゃあ快くん、頑張ってね……」


「ありがと、それと……ごめん、夕子母さん」


 背後でドアが閉まった音を確認すると俺は結界魔法を張った上で自分へ最弱体化の魔法を付与し全部のステータスを最弱までダウンさせた。これで異世界の常人レベルまで俺の力は下がった。ちなみに結界魔法を張った理由は親父を逃がさないためだ。


「ん? 誰だ……って快利、お前どうしっ――――」

「腹に力入れろ!! クソおやじいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 取り合えず一発、十年分の恨みを込めて俺は親父ぶん殴った。今のは俺の分でまだ母さんと爺ちゃんの分が残っているから覚悟しろよ親父。




「ごっ、ぐぅ……ゲホゲホ、いきなり何を……」


「これ、読んだ」


 俺は来る直前に一冊だけ持って来た爺ちゃんの日記を親父に見せるように手に持ってヒラヒラさせる。それで親父は全てを察したように見えた。


「そうか……でも、お前は前に俺の頭の中を見たんじゃないのか?」


「俺の勇者スキル神々の視点全部丸見えは対象の全てを見通せるけど対象を限定しないと物凄い情報量になって俺の脳がパンクする、だから俺は親父と夕子母さんがクズの加藤にどんな目に遭わされたのかだけを見た」


 簡単に言えばネットのワード検索に似ている。つまり『親父』『母さん』そして『過去の事件』などのワードを入れ相手の脳内を調べるのを無意識にやっていたらしい。てか那結果がガイドの頃に制御してたらしく最近俺も本当の使い方を知った。


「だから必要な情報だけをピックアップしていた」


「そうか……てっきり許して、くれたと思ってたんだがな……虫がいいか」


 苦笑する親父に俺は再びイラっとして蹴りを一発入れる。脇腹に入ったからか相当なダメージのようで体をくの字にして倒れた。


「今のは放っておいて家庭の全部を母さんにだけ任せた分!!」


「ぐっ……げほっ、効くなぁ、さ、さすが元勇者か?」


「心配すんな、今の俺は最弱化のデバフをかけてる……普通の人間に毛が生えた程度だ、普段の俺なら親父なんて触れただけで消し炭さ」


 そう、だから今の俺はエリ姉さんに鍛えられ慧花やセリーナから少し剣術を教わり体が大きくなっただけの高校生の秋山快利の本来の成長した姿の力しか無い。


「なんで……そんな事、した?」


「分からねえのかよっ!? 親子だからに決まってんだろ!!」


 勇者の力で殴っても意味が無い、俺が、秋山快利という人間の持っているものだけで目の前の親父とは向き合わなきゃダメなんだ。だから俺は全部の能力を封印した。


「ぐはっ……ぐっ……」


「今の拳は……爺ちゃんに全部丸投げして夕子母さんとイチャイチャしてた分!!」


 親父がフラフラしながら立ち上がる姿を見ながら言い放つ。傷付いた顔をしているが生温いんだよ。まだまだ十年分しっかり残ってるから覚悟しろ。


「そうか、やっと俺も……」


「次は、もう死んだ母さんの両親、北見の爺ちゃんと婆ちゃんの分だっ!!」


 日記を読んでいて分かったのは母さんの話は確かに間違いが多く記憶障害と思われていたが実際は違った。単純にイベドによって都合のいいように洗脳され記憶障害と思われた部分は奴に記憶を書き換えられていた。


「ぐっ……ふっ、向こうのご両親は……会ってくれさえ、しなかった、な」


 それでも、その中にも真実は確かに有った。それを先ほど大叔父さんの方からスマホに転送してもらった情報を見て俺の推測は確信に変わった。


「母さんの両親が、北見の、俺の祖父母が体を壊すまで働いていたのは……母さんの病院の費用や母さん自身の仕事の負担を減らすためだった!!」


 もう一発、親父の頬に拳を叩き込む。母さんと話した時とは慣れない都会暮らしが原因と言っていたが原因はそれだけじゃなかった。北見の爺ちゃん達は心が壊れた母さんを守るために体が壊れても働いて最後は逆に介護される側になってしまった。デイサービスの職員や病院の人間から取った証言だ。間違いない。


「ううっ……そ、そんなことが……いや、だが俺は」


「知らされて無かった? だけど本当に気付いて無かったのか? 成人した大の大人が!! 爺ちゃんにおんぶに抱っこの状態に気付かなかったのかよ!!」


 親父の顔が明らかに痛みとは違うもので苦悶の表情を浮かべている。どうやら心当たりはしっかりと有るようだ。


「それはっ……だけど、俺は」


「夕子母さんや姉さん達を守るためか? じゃあ俺や、母さんのことはどうでも良かったのかよ!!」


「ごふっ、ぐっ……ううっ……」


 今度はアッパーカットで親父の顎を強かに打ち上げた。親父の口の端から血が出ているが構わない。一応は鍛えているらしいから大丈夫だろうよ。




「倒れるのは早いぞ、親父」


 親父が倒れたまま起き上がらないから肩を掴んで強引に立たせる。フラ付いているけど背広が破れボタンが取れた程度だし問題無いな。


「ああ、まだ……有るんだろ?」


「もちろん最後に特大のを残してるよ……」


「なんだ? 心当たりが多過ぎて分からないな」


 自嘲気味に言う親父に分かっている癖に気付かない振りをしているのが良く分かった。だから俺は全力で顔面を殴りつけた。


「何で、何で……誰にも話さなかった!! 相談しなかったんだよ!! 爺ちゃんにも、夕子母さんとも……俺にも、それに何より母さんと!!」


「うっぐ……それ、は」


「どうせ話し合って傷つけるくらいなら自分が全部背負った方がいいってカッコ付けてたんだろ? あ~やだやだ、あれかヒーロー願望か、笑わせるな!!」


 俺は再度フラフラして倒れた親父を立たせてボディブローを叩き込んだ。今のも俺の全力だ一切の手加減はしていない。


「ぐほっ、それは……そ、れは……はぁ、はぁ」


「そんなんだから、お前は何もかも失ったんだろうが……ふぅ、ヒーロー気取りの無能がよっ!!」


 俺が昔、ある人間に言われた言葉をソックリ親父に言ってやった。これで目が覚めなきゃ本当にもうダメだ。少なくとも俺はこれで、この言葉で最後の一線は保つ事が出来た。異世界の王の言葉で使命を見失わなかった。そして俺の言葉は親父に響いたようだ。


「うるさいっ……お前に何が分かるんだよ、俺のミスで大事な幼馴染は寝取られ挙句に塞ぎ込んでいたから父親の会社に、お情けでコネ入社……どんなに頑張っても親父のお陰で俺は、俺がっ……唯一自分で手に入れた家庭を、今度は自分で壊した、こんな、こんな情けない事を誰に言えるんだよっ!!」


「ぐっ……今、言ってるじゃん、しかも息子にさ、だっせぇな親父」


 やっと殴り返してきた親父の拳が顔面にクリーンヒットして結構痛かった。普段の体には、凄まじいバフがかかっていたから魔王クラスやドラゴンじゃないと痛みを感じない体になっていたから驚いた。


「俺は、ただ夕子を守りたかった……秋奈を幸せにしたかった……そして快利、お前の立派な父親になってやりたかっただけだったのに、何でこんな事に」


「なら来いよ親父、ここは楽しく親子喧嘩しようぜ……拳でな!!」


 俺が全力で殴った拳は親父に止められていた。驚いた俺に間髪入れず親父は一本背負いを決めた。強かに背中から打ちつけられ俺は認識を改める。目の前の親父は俺の中ではヘラヘラ笑うか皮肉を言うかで夕子母さんが言っていた昔の人のために動く人間というのに違和感しか感じていなかったが今は違う。


「けっ、まあまあ、やるじゃないか親父……」


「夕子の事が有って俺は全てから逃げ出した、自分が全部耐えればいいと思ってた」


 今の親父は俺と喧嘩して抗う姿はダサいけど本当の姿のような気がして今まで全てに耐えるだけで封じていた真の姿なのかもしれない。


「今は違うのかよ!?」


「今も同じさ……息子に発破かけられて、やっと言えた情けない男だ!!」


「じゃあ徹底的に情けなくなれよ!! クソ親父!!」


「ああっ!! とにかく何も考えずに殴らせろ快利!!」




「はぁ、はぁ……疲れた」


「ああ、俺もだ……年だな完全に」


 俺達は親父のオフィス、つまり社長室の中をめちゃめちゃにして疲れ切って床の上に二人して背中合わせに座っていた。


「あっ、やっと開いた……って二人とも!?」


「ああ、夕子……か」


「あっ、義母さん後で魔法で部屋とか直すから待ってくれると」


 顔はボコボコだし二人して息切れしていて気付かなかったが結界魔法の効力が切れていた。俺のデバフも一時間で切れる設定だから、あと十分くらいで切れるだろう。


「少し前に源二さんから多分こうなるって連絡もらったから分かってたけど……」


「悪い夕子……息子と腹割って話してみたんだ、父さんとは出来なかったから」


「そっか、本当に私はダメな男の人が好きみたいね……」


 そう言えばエリ姉さんが言ってたな夕子母さんはダメ男に引っかかるって言ってたと思い出していると母さんは俺と親父を同時に抱きしめた。


「ちょ、俺もダメ男なの!?」


「ふふっ、そうよ大事な息子で昇一さんと同じくらいダメな男の子でしょ?」


「違いないな……ふっ」


 母さんだけじゃなくて親父にまで笑われてしまい色々考えた結果、確かに俺もダメ男だったと気付いた。異世界で散々やらかして逃げ出して来たダメ男なのは俺も一緒なのは間違いない。


「むぅ……そっか」


「それにね快くん……私もダメな女だからね、お料理出来ないし、すぐに流されるし、その癖すご~く嫉妬深くててね、本当に嫌になるの」


 母さんも自覚はしてたのか……姉さん達は無自覚だとか言ってたけど本当は悩んでたんだろうな。俺も反省しなきゃいけないな。


「快利……そのよ、本当にお前と秋奈には済まなかったと思っているんだ、合わせる顔が無かった……」


「だろうな、それで本題なんだけど良いか」


「俺を殴るのが本題じゃないのか?」


「違うさ、これは前振りみたいなもんだよ」


 前振りにしては乱暴だと言われたから俺が異世界では話し合う前には殴り合いか斬り合いが基本だったと答えたら苦笑された。義母さんは危ないからこっちの世界ではしないようにと真面目に怒られた。


「それで、何だ? 俺の出来る事なら何でも話してくれ……無理なら言う」


「親父と、それと義母さんにお願いが有るんだ」


「私にも?」


 俺が頷くと二人が真剣な顔をして俺を見る。だから俺は少し二人から離れると床に正座した後に土下座して本題を話した。いつもの勇者式土下座だ。


「お願いします、もう二度と、母さんに関わらないで下さい!!」


「えっ、それは……」


 俺の言葉に夕子母さんは言い澱んでいた。何となく親父の方を伺う気配がしたが当の親父は無言のままで返答が無いから俺は語気を荒めて親父に迫った。


「ハッキリ言わせてもらう、もう母さんを解放してくれ……親父には、あんたには母さんは守れない!!」


「だ、だが……」


「いい加減、優先順位を覚えろ親父!!」


 俺は立ち上がって親父を怒鳴りつけた。なるほど母さんの言う血筋の厄介さは分かった気がする。親父は本当に善意で正しさを中心に最後は義の心で動いてる。だからこそ諦めてもらわなきゃダメだ。


「……っ!?」


「親父は夕子母さんと生まれて来る子を、妹を守ってくれ、母さんは俺が最後まで守るから、どうか今後は関わらないでくれ……頼むよ」


 親父に懇願するように言うと親父は少しの間静かになった後に大きな溜め息を付いていた。そして俺の目を見ると口を開いた。


「…………ああ、そうだな快利お前の言う通りだ、俺には親父の、父さんのいう皆を守るなんて無理だったんだ、この年になって、やっと認める事が出来た」


「あなた……」


「快利、秋奈それに……夕子も本当に今まで済まなかった」


 親父が俺と母さんを見た後に頭を下げた。すると横にいた義母さんも親父の横に並ぶと俺に頭を下げていた。


「え、義母さん……何で?」


「元々は私が悪いと思いながらも昇一さんと英輔おじさまを頼ったのが原因よ……だから、あなたから本当のお母さんを奪ったのは私もよ、ごめんなさい快くん」


 冷静に考えたらそれはその通りだろう。親父は違っただろうが目の前の義母はたぶん昔、親父と過ごした懐かしい日々に微かな希望を見出し助けを求めた。正直、俺や母さんは邪魔だったに違いない。だったら俺の答えも決まっている。




「そう……でも結局は親父が一番悪いんだ、だって親父が選んだのは俺や母さんじゃなくて夕子母さんだったんだから」


「ああ、快利の言う通りだ……俺の優柔不断さが大事な人を不幸にした、分かっていたのに誰かに言われるまで俺は認められなかった」


 俺を見て親父は観念したようで十年分の重しだったものを、やっと下ろせたようで、どこかホッとした表情に見えた。


「そういうこと、それに夕子母さんには感謝してるんだよ俺」


「え?」


「だって、姉さん達と俺を会わせてくれたんだからさ」


 目の前の義母さんや姉さん達にとっても嫌な過去だが、親父と最初、結ばれなかったから俺は生まれて来れたし姉さん達もこの世に生を受ける事が出来た。目の前の二人にとっては不幸でも生まれて来た俺達には幸運だったのだ。


「それは……快くんも中々に厳しいこと言うわね」


「まあね、更に夕子母さんが嫌がる事言わせてもらうと親父がエマさんの追っかけやってたからルリが……風美瑠理香って女の子がRUKAになったんだ」


 親父が昔、追っかけをしていた時にルリの両親を助けて恋のキューピットになったらしいのは薄っすらと聞いた。そして、そっちに夢中で夕子母さんから目を離していたら加藤に奪われたという経緯が有る。


「それは……まあ、な」


「だから関係ないエマさんに食ってかかってるんでしょ?」


 俺が言うと夕子母さんはムッとしていた。やはりこの話題はお気に召さないようだ。しかし俺の予想が少し外れていた。


「それだけなら私だってエマさんを目の仇にしないわ……実際、結婚するまでは忘れてたくらいだし、でも昇兄ぃはね……旦那さんの亮一さんと空見澤で昔のファン仲間を集めてエマさんのシークレットライブを会社の経費で隠れて開いてたのよ!!」


「は? マジ?」


 そんな話は初耳だぞと親父を見ると露骨に視線を逸らされた。そういうとこだぞ親父。何でも空見澤ロフトと呼ばれるライブハウスを貸し切って会社の経費で盛大にファンの同窓会みたいな事をしていたらしい。


「そりゃあ私だって、昇兄ぃが私を選んでくれて娘達も救ってくれて嬉しかったし、快くんの作ってくれるご飯は美味しかったから人生これからだって思ったわ!!」


 俺の価値がご飯だけの件について泣きたいが今はそんな話では無い。後で夕子母さんには文句を言いたいが忘れていた事を思い出す。


「最後にもう一つ俺のお願いを聞いてもらいたいんだ、親父」


 俺の真剣な顔に親父は頷いた。そして俺は口を開いた。二つ目の要求のために両親の二人を見てしっかりと要求を口にした。

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