第122話「それぞれの真意と隠された真実」


「これは……」


「読んでやってくれ兄貴の最期の意志だ。これは、お前が読むべきものだ」


 大叔父さんは中身は既に改めさせてもらったと言って分からない事が有ったら聞くようにと言ってくれたから頷いた。


「爺ちゃんの命日は去年の七月だから……」


 日記の記述は五月の半ばで止まっていた。内容は最初のメッセージ以外は病状と入院生活について書かれていただけで他に知りたい事は書かれていなかった。あとは白紙だけで最後まで使い切れなかったのだろう。


「じゃあ次の日記を……」


 次の日記を開こうとしながら俺は母さんとの会話を思い出して頭から離れないでいた。『でも私にとっては子供を奪った相手なのよ――――』と母さんは俺に話してくれていた。あれが嘘とは思えない。


「だいぶ時間が飛んだ……これってS市動乱の……」


 四冊目の日付を見ると年単位で飛んでいて一番古い記述は六年前のもので途中まで読み進めていると気になる単語を発見し呟いていた。その俺の呟きを聞いた大叔父さんが何かを思い出すように語り出す。


「当時兄貴はグループ社長の後継者を探しに空見澤に訪れた、この俺を探すためにな……そこで、とある高校生と出会った……」




『今日も源二は居なかったが面白い子に出会った、警察時代の同期の源一郎の道場に行き久々に話そうと思ったら偶然、昨日出会った少年と立ち合うことになった』


 偶然立ち合いって爺ちゃん何やってるんだ。爺ちゃんは親父に空手や柔道を教えてたけど俺には危ないからと教えてくれなかったんだ。その代わりエリ姉さんが教えてくれたけど……超スパルタ式のをね。


『彼、春日井信矢くんの話を聞いていると二人を思い出す。さる事情から幼馴染と結ばれていないと聞いて私は思わず彼の力になりたいと名刺を渡していた。高校生相手に何をしていると源一郎には言われたが他人事とは思えなかった。今も私は過去の贖罪をしたいだけだ。何と醜く浅ましいのだ』


「ちょっと、ここの信矢さんって!?」


「ああ、坊主と狭霧の嬢ちゃんのことだ、二人の事情は聞いてるな? あの時は色々有ってな……その時の話だ」


 例のS市動乱の真っただ中に書かれた日記らしく当時の事が詳細に書かれていた。ヤクザと芸能事務所の癒着と更にバックにいた警察関係者と大企業なんて、映画やドラマの世界としか思えなかった。


「……この贖罪って、親父と夕子母さんのこと?」


「だろうな、あの二人が小さい頃から兄貴は気にしてたからな特に咲恵さん、お前のばあ様が亡くなってからはより一層な」


「俺、よく覚えてないけど婆ちゃんって俺が相当小さい時に亡くなったって」


「ああ、ちょうど夕子ちゃんが酷い目に遭ってた時だ、そんな時に咲恵さんがお前の母さん、つまり秋奈さんとの見合いを勧めたんだよ」


 母さんと親父はお見合いなのは知らなかった。話を聞く前に二人は離婚していたし調べる気なんて起きなかった。続いて三冊目の日記を開くと今度は更に過去、親父が夕子母さんと再婚する前後の話だ。




『ここまで長かった。二人に再婚を勧めたのは間違いではなかった。夕子ちゃんが自殺未遂をしたと連絡が有ったあの日から気が休まる日は無かった。しかし多くを犠牲にし、やっと平穏な日々を迎えられる。秀一郎にも手を回してもらい当分の間、例の男Kは刑務所の中だから安心だ。ただ一つの気がかりは快利のことだったが新しい家族と馴染んで欲しいし本人も姉が二人も増えると乗り気だった。だから私は干渉せず様子を見守ることにしよう。』


「これは……加藤を刑務所にぶち込んだのは爺ちゃんだったの?」


「まあ余罪だらけのクズだったが夕子ちゃんや二人の娘への罪は大した事にならなくてな、だから千堂グループの会長だった千堂秀一郎、七海の嬢ちゃんの爺様に頼んで量刑を可能なだけ重くしたらしいぜ」


 待て千堂グループって司法にも介入できるのか……普通に有り得ないと思いながら実際に起きた事を見ると怖くなる。グレスタード王国で善行を進めながら悪人には極刑を言い渡し最後は自分が法だと言っていた国王を思い出させる強引さだ。


「改めて凄いな千堂グループ」


 何か世界の闇を見た気がしたけど今は日記を読み進めようと考えていたらカランと音がした。思わずベルの鳴った方を見ると二人の男女が入って来た。


「工藤先生!?」

「アキじゃねえか!!」


 俺と大叔父さんの声が重なった。そして工藤先生夫妻は二人でこちらに来ると隣のテーブル席に座って俺達を見た。


「秋山、ゲンさんの相手は大変だろ? それとゲンさんには七海さんから預かった物を持ってきましたよ」


「おお、サンキュっと、そういえばアキも結婚したんだよなぁ、冴木じゃなくて梨香さんもオメデタだってな生まれたら教えてくれや出産祝いくらい出すぞ~」


「佐野さんも相変わらずですね……夫もこの三年間ずっと気にしてたんですよ?」


 そこで当たり前のように話している面々の話を聞いて梨香さんの妊娠を知った。この間の綾華さんの文化祭ライブの時には妊娠していたのか。


「梨香さん妊娠って、前回のライブの時とか大丈夫だったんすか?」


「ええ大丈夫よ、まだお腹も出て来てないから動けるわ」


「その妻の応援に信矢と狭霧、それにマスター達にも出てもらったのさ」


 つまり綾華さんの応援と梨香さんへの対応の両方を兼ねていたのか。それにしてもこの店に集まる面々って何か凄い人達ばかりだ。そんな話を聞きながら四冊目の日記を読み始めようとした時に叔父さんが待ったをかけた。


「快利、その四冊目の前にこれに目を通してくれ今アキに持って来てもらった資料なんだが……いいか、気を強く持てよ」


 大叔父さんに言われ俺は封筒の中身を取り出し資料を見た。中に入っていたのは書類の束で表紙にデカデカと分かりやすく『秋山(北見)秋奈に関する調査報告』と書いてあって俺は中身を読み始めた。




「……精神疾患、心因性うつ病の診断……処方された薬の種類……これって」


「これが、ここ十年の君のお母さんの経過資料だ、今まで仕事が出来ていたのが異常で普通なら療養しなければいけないレベルのものらしい」


 工藤先生が言い辛そうに話し出すと資料の見方や専門用語について簡単に話してくれた。どうやら俺に説明するために医者の友人に聞いて来てくれたらしい。


「――――以上から察するに君のお母さんは強烈な心因性のダメージ、トラウマのような何か大きなショックを受けたのが原因で重度の心因性うつ病と診断されたそうだ……そして一部記憶障害も有ったらしい」


「え?」


「それを分かった上で残りの日記を読んでくれ……」


 俺は急に目の前の手帳サイズの日記が重々しく見えた。残りの二冊は恐らく約十年前の俺が捨てられた時の話が載っている。いよいよ真実を知る時が来た。


『最悪の事態だ、社内の誰かが昇一たちが不倫関係にあると間違った情報を秋奈くんに教えたらしい。誤解が広がる前に動かねばならない、それにしても石礼野などという社員の名は聞いた事が無い、取引先の人間だろうか詳しく調べてみよう』


「石礼野……まさか、この時に魔王イベドの手が既に!?」


 嫌な予感がして俺はさらに日記を読み進める。


『私の失敗だ、昇一も立ち直り秋奈くんと快利との家庭を築き安泰だったのに……人助けだからと昇一と夕子ちゃんを再会させたのが原因だ。なんて私は愚かなんだ、例の社員の特定はついぞ出来なかった、どうなっているんだ』


 今度の中身は親父と母さんの離婚が決まる数年前からの話だ。結婚し俺が生まれてから活力を取り戻した親父は家庭を大事にしていたらしいが、それが続いたのは俺が四歳までだと日記には記されていた。


『夕子ちゃんがあそこまで追い詰められていたとは、調査によると彼女の娘達も酷い虐待を受けていると確認した。しばらく彼女の問題にかかりきになるが秋奈くんには事情を話せば分かってもらえるはずだ、妻の見込んだ彼女なら大丈夫なはずだ』


 爺ちゃんの日記の文章はまるで祈っているような文体で文字も震えているように見えた。爺ちゃんの心労は凄まじかったと文字だけでも読み取れる。


『秋奈くんは理解を示してくれた。快利と二人で昇一を家で待つと言ってくれた。やはり妻の、咲恵の目に狂いは無かった、これで夕子ちゃんや彼女の娘達の救出に全力を注ぐことが出来る。二人のためにも皆のためにも、すぐに解決しなければ』


 この時に姉さん達が加藤に虐待されていたのだろう。前に親父の記憶の一部を覗いた時と時期が一致したから間違いない。


『危ない所で夕子ちゃんの自殺は止める事が出来た。昇一を運悪く韓国へ出張に出していたのが仇となり心の支えの無くなった夕子ちゃんの心が折れたようだ。だから例の男Kについて秀一郎に後処理を頼む事にした。悔しいが裏の力を、悪の力に頼るしか皆を助けられないのが現実で、私は無力だ』


 その後は夕子母さんや保護された姉さん達を徐々に社会復帰をさせる流れが順調で全てが上手く行きそうだと記載されていた。だが、ある時から日記は別な問題が中心に書かれるようになった。


『最近、昇一から快利や秋奈くんの話を聞かないからプレゼントを持って家に行って驚いた。生活感がまるで無く快利が埃まみれの床で寝ていた。室内も据えた匂いで嫌な予感がしたら、風呂場で秋奈くんはすすり泣き無気力になっていた。何があったというのか私はすぐに調査を開始した。』


 これは覚えている。母さんがある時から急に無気力になって俺を置いて度々外に出て帰りは遅く放置される事が増え俺は泣いて過ごしていた。その数少ない記憶を思い出すと同時に俺は完全に理解した。


「急に母さんが家事とか全部を放棄して……そうか、この時に……あの腐れ魔王が、あいつが、母さんをっ!? そうか!!」


 恐らくイベド・イラックが俺を殺そうと動いていたが興味の対象が俺から母さんに移っていた時期に違いない。そして母さんは精神が壊されるほどの辱めを受けて心が病んでいたんだ。


「大丈夫か快利?」


「だいじょ、うぶ……ですよ源二叔父さん……母さんの仇は俺が切り刻んで毒で徹底的に苦しめてバラバラにして始末しました」


 黒龍と融合した姿、魔王龍と化した奴を消滅させた。それこそ細胞の一片に至るまで毒で分解して二度と現れないように消したんだ。


「ふぅ、快利くん、それって先日の魔王及び黒龍事件の?」


「はい、信矢さん……俺の出した報告書はどこまで?」


「全部……読ませてもらった、その……君のお母さんのことは何と言ったらいいか」


 信矢さん以外にも工藤先生が顔を曇らせていたから恐らく千堂グループに近しい何人かは母さんの事を含め知っているのだろう。


「お気遣い感謝します。恐らくは爺ちゃん達が夕子母さんの問題に集中している間に母さんが……っ!? あの腐れ外道に……」


「秋山、いや快利……少し休憩入れるか?」


 工藤先生が気遣って言ってくれたけど俺は先が気になって読み進めることにした。日記の続きには徐々に俺の家庭が崩壊していく様子が記されていた。そして決定的な部分に差し掛かった。


『つい口論からカッとなって昇一を殴ってしまった、家庭を顧みず夕子ちゃんに肩入れするなと……この状況を作っておいて私は、つい頭に血が上ってしまった。一体何をしているのだ自分が情けない』


「爺ちゃん……」


「俺も刑事で忙しい時期でな……気付けなかったスマン」


「叔父さんは何も悪くないっすよ……」


 疎遠とまでは言わないが昔は距離を置いていただろうし叔父さんを責めるのは筋違いだ。それに日記を読んでいると誰が悪いのかも大体分かって来た。


『秋奈くんを医者に診せた結果、より診断が必要と言われた。昇一は夕子ちゃんに手一杯で余裕も無い上に、この間の一件で社内でも避けられてしまっている。私が話を進めるしかない……まず向こうのご両親に土下座してでも話を聞いてもらおう』


「あれ? これって……話が違う?」


「話って何がだ?」


 俺は以前母さんと話した内容を源二叔父さん概略を話した。すると帰って来たのは俺の思っていたものとは違って母さんの話に間違いが有るという答えだった。


「間違いねえよ、証拠も有る……そもそも快利、その魔王だが何だかって野郎は最近まで秋奈さんを洗脳してたんだろ? 違うか?」


「じゃ、じゃあ俺が母さんに聞かされてた故郷が爺ちゃんの手でリゾート開発のターゲットにされて潰されたって話は!?」


「そんなのデタラメだ!! 兄貴は例の観光地計画には最後まで反対してたしよ、止められないと分かったら地元住民の面倒を可能なだけグループで見てたはずだ、てか今の秋山グループ内に当時入社した人間も残ってるぞ!!」


 すぐに調べると言って源二叔父さんは社に連絡してくれた。恐らく数分後には情報が来ると言った。だからその情報が来るまで俺は日記を読み進めることにした。


『彼女の診断結果が出てしまった……心因性のうつ病で原因はストレスと人間関係、間違いなく昇一が家を空けたのが原因だろう。私のせいだ、私の配慮が足りなかった。昨日、様子見のために送り込んだ部下の話では秋奈くんは無気力でフラフラしていて決まった時間になると外に出て行くと報告を受けた』


「違う、母さんの心因性の本当の原因は新生魔王イベド・イラックの洗脳で長期的に……何度も実験されてたことだ……奴の言ってたのと一致、する」


 恐らく母さんは洗脳で毎日決まったタイミングで実験という名の凌辱を受けていたのだろう。悔しくて血が出るほど唇を嚙んでいた俺は工藤先生に注意されるまで気付かなかった。


『報告では快利が彼女に縋りついた時には強引に振り払い完全に育児放棄としか見えない行動だと我慢出来ずに部下が止めに入ったそうだ。どうすればいいのだ咲恵、どうか不甲斐ない私を許してくれ』


 そういえば夕子母さんや姉さん達が家に来るまではヘルパーさんが度々来てくれていた。あれも全部爺ちゃんの手配だったのか。俺は、あの人達に料理とか家事とかを教えてもらっていたんだ。


『今さら恨まれても仕方ない。だが、快利にまで被害が及ばぬように手は打った。向こうのご両親とも話をして納得してもらえた。今の状況を分かってないのは記憶が混濁している彼女だけだろう。治療費も含め全て私の方で出すと言ったが向こうのご両親は、こちらでの働き口だけ世話して欲しいと言って譲らなかった。最後の意地なのだろう彼らのプライドを傷つけることは私には出来ない。私が出来ることはもう何も無かった。理不尽に抗うことが私には出来なかった』


 ページが所々よれて何か水をこぼしたような跡がある。恐らくは爺ちゃんの涙の痕だろう。字も書きなぐった様子で爺ちゃんの悲痛な声が聞こえてきそうだ。


『――――情けないが最後に記しておこう、今日ついに息子の嫁を切り捨てた、今さら痛みすら感じない。だが孫が、快利が不憫でならない。あの子の母を私は奪ったのだ。そもそも私のせいだ昇一のためにと動いた私が……私が全ての失敗の原因だ。息子も孫も周りの人間を誰も守れなかった。どうか恨むなら私を恨んでくれ快利』


 ここで四冊目は終わっていた。そして俺は一番古い五冊目の日記を読んで更に泣いた。内容は俺の生まれた時の日記だった。本当に幸せそうで泣き止むまで時間がかかった。俺は望まれて生まれ来ていたんだと初めて実感出来た。そして久しぶりに泣いて俺は気付いた……ケジメだけは付けなきゃいけないと思ったからだ。




「大丈夫か快利くん……」


「はい、信矢さん大丈夫っす、ただ俺、やること出来たんで」


 立ち上がる俺に声をかけたのは源二叔父さんだった。いつの間にか注文していたビールを飲んで俺を見ている。


「はぁ……ま、予想は付くけど程々にな? あとお前のスマホに諸々のデータが送られてるはずだ見ておけ」


「忠告と情報、感謝です。じゃあ少し、おとしまえ付けて来ます」


 俺は聖剣を取り出すと目的地へ向かうべく魔術を展開する。転移と時空二つの魔術で目的地へのゲートを繋ぐ。周囲が一斉に騒ぎ出すが構わない。しかし、その中で大叔父さんだけは冷静だった。


「は、すげえわ……その決断力と行動力は、やっぱ兄貴の孫だよ、お前はさ」


 最後に叔父さんの呆れたような感嘆したような声が聞こえたけど振り返らずに俺は聖剣を振って目的地に跳んだ。

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