第68話「交渉する姉、餌付けされるドラゴン、そして困惑する元勇者」


「ちょっとユリ姉さん!! もう少し慎重に」


「そうだぞユリ姉ぇ、快利の方が慣れてそうだしここは……」


 なぜかいつもと違って自信満々な姉がドラゴンと話を始めていた。対するグラスドラゴンも理性的に対話をしているのは驚きだ。俺が向こうで話した固体は交渉はおろか対話すら出来なかった。


「私は糧を与えて下されば命令に従いますよ」


 普通に共通語を話すチビドラゴンだが油断は出来ない。世界を滅亡に追い込もうとした内の一体で危険なはずだから見かけに騙されてはいけない。


「糧ってご飯? 言っておくけどサラダと簡単な料理しか作れないわよ?」


「いえ、糧というよりも贄と言った方が分かりやすいかと」


 贄だと、つまり生贄か、やはり本質は変わってない。こいつは危険だすぐに処分しようと考えていたらユリ姉さんはまだ会話を続けていた。


「あんた何食べるのよ? うちの弟が言うには主食が人間らしいじゃない、それならダメよ?」


「いえいえ。私は人間の生命エネルギーが欲しいだけで、その代替物さえ供与して頂ければ、私やマリンとフラッシュはブラッドやポイズンとは違いますからね?」


 マリンとは王国の海を占領して大津波を起こしたあの個体か? かなり凶暴な固体で被害者数だけは一番大きく王国民の被害は一番多かった。フラッシュは山の上で放電していただけだったな、不意打ちで倒した固体だ。


「代わりの食べ物ね……人間以外で好きなもの言いなさい」


 意外と会話が弾んでいる両者だけど油断してはいけない。俺は向こうの世界でオークと話した時も騙されそうになったし、ドラゴンに至っては殺されかけたから多種族は倒すのを基本と考えていた。


「生命力が豊富で瑞々しいものが望ましいのですが……」


「ふ~ん、じゃ栄養価の高い野菜とかで良いんじゃないの?」


「野菜ってユリ姉さんさすがに無理があるよ。コイツは異世界のドラゴンだよ!!」


 そもそも野菜で良いのなら異世界でも駆逐なんかされないで食べさせれば簡単に解決したはずだ。それは有り得ない。


「でもグラスドラゴンって言うくらいだし草食でしょあんた?」


「いえ、私には肉食や草食の概念はなく生命エネルギーを……」


「面倒ね、これ私のお昼なんだけど食べれる?」


 若干押され始めたグラスドラゴンに畳みかけるように自分の弁当箱を開けて俺が作った、ほうれん草のおひたしを手で摘まんでグラスの目の前に出す。


「いえ、私は……うっ、では贄として頂きましょう……」


 不承不承に口を開けてパクリと食べると目をパチクリさせてモグモグ食べている。気付けばルリやエリ姉さん、それにセリカまでもが興味津々な様子で警戒しているのは俺とモニカだけだった。


「どうよ? ほうれん草だから栄養価は高いはずよ?」


「ええ、確かに……ご主人様……」


 グラスドラゴンが咀嚼し終わって舌をチロリと出して体から触手のように蔦を何本か出してユリ姉さんの腕に絡みつけた。やはり本性を現したと思って聖剣の用意をした時にグラスドラゴンは目を潤ませて呟いた。


「ちょっ、なによ?」


「おいしい……です。初めて食べました。もっと下さい。ご主人様」


「やっぱりお腹空いてたのね~。しょうがないから野菜は全部食べて良いわよ。お肉とか食べれるの?」


「生命エネルギーなら何でもいけますけど、この緑の草が美味しいです」


 俺とモニカが困惑する中でグラスドラゴンは、ユリ姉さんの弁当を肉と魚を残して食べ終えると満足したのかコロンと横になった。その瞬間、手乗りサイズだった体が小型犬の大きさまで変化した。


「わっ、大きくなった!!」


「こんなに極上の生命エネルギー摂取ができるとは……おかげで体も回復しました。先ほどの攻撃は過去に直撃を受けて死にかけたので今回も体の大部分を犠牲にして分身体を作って逃れたのですよ」


「お前、そんな風にして逃げてたのかよ!?」


 ドラゴン共の逃走方法が分かったのは大きい。詳しく聞くと奴らはガイドの推測通り体をエネルギー体にして不可視になっていたらしい。それを聞くとグラスドラゴンはユリ姉さんとルリに脇腹をコチョコチョくすぐられながら答えた。


「ええ、その通りです。精神体になりあなたの体に全員でくっ付いてました。そもそも人間の戦士よ。私は贄を求めて少し人間を食べただけです。そこまで悪事はしておりません」


「人間食べるのダメだから。それと俺はお前をまだ信用してないのにくつろいでんじゃねえ、ユリ姉さんもルリも危険だからね?」


 ユリ姉さんはそもそもポロを飼い出したくらいには動物好きだし、ルリもこの間のデートで聞いた話によるとペットが欲しかったそうだ。そう言えばポロにも甘かった気がする。


「でもカイ。この子お腹見せてるよ? 動物ってお腹を見せたら服従なんだよ」


「そうよ快利。それにグラス、あんた私の野菜食べたんだから私に服従するのよね? そうよね?」


 お腹を撫でながらまだ諦めて無かったユリ姉さんはグラスを見て言った。どんだけ竜使いになりたいんだ。一方のグラスを見るとコロンと仰向けから立ち上がると少し考えるようにした後に口を開いた。


「そうですね……私としても生物を捕食するのは本来は好みません。植物からエネルギー補給が出来るのならそれに越した事はないので」


「よ~し、じゃあ今日からグラスは私のドラゴンね!?」


「私も力が無い以上は動けぬ身ですし了承しました。ただ、贄を毎日供給していただけないと困ります。具体的にはあの緑色の草を下さい」


 目の色変えてほうれん草を欲しがるドラゴンとか初めて見た。ほうれん草は麻薬じゃない。栄養価が高くておいしい野菜だ。


「良いわ。ほうれん草以外も色んな野菜料理を食べさせてあげるわ、快利がね!!」


 そして昼休みも終わるタイミングで悩んだ結果、慧花に来てもらい俺の家で二人と一匹で待ってもらう事になった。その際に二日酔い気味の慧花には近い内に二人きりでデートするように約束させられてしまった。


「では、監視の役目は確かに任されたよカイリ」


「大丈夫なのに快利も心配し過ぎよ~。ね? グラス?」


「いえ、ご主人様。先ほど命を狙われていたのですから弟殿の言い分が正しいかと」


「だって、あんたはもう私のドラゴンでしょ? なら信じるわよ」


 ドラゴンの方が状況分かってるし、何となくこういうお気楽なとこが夕子母さん似だよな。じゃあヘタレな所は……そう考えて嫌な顔が脳裏を過ぎったから、かき消すように頭を振った。


「へ~、ずいぶんアッサリ信じるんだね?」


「何よ快利、だって憧れのドラゴン使いよ!! ついに私の時代が――――」


「中学の頃、俺のこと信じなかったのに初見のドラゴンの言うこと信じるんだな~って思っただけ……んじゃ慧花、後はよろしく」


「あっ、快利……」


 自分でも意地悪だと思うし、許したなんて言っても心のどこかで刺になって残っていた。ただユリ姉さんにチラつくあの男の影と俺よりもドラゴンに気を許したユリ姉さんが許せなかった……俺はやっぱりガキだ。





 慧花に転移魔術で家に着いてから私は先ほどの自分の発言の迂闊さに自己嫌悪で頭を抱えていた。


「何やってるかなぁ、私……」


「ご主人様、あの人間の戦士、私を二度も倒したあの人間は弟殿なのですよね?」


 迂闊だった。浮かれていて自分の罪を忘れていた。私は許してもらった側なんだという事、それをすっかり忘れていた。最近は快利と昔以上に仲良くなって距離感を勘違いしていた。


「そうよ。大事な弟で……それから……はぁ」


 過去の私のイジメに近い暴言と嫌がらせ、いや快利にとってはイジメそのものを無かった事にしてはいけない。しかも私はその後、何度も救われたのに……本当にバカだ。瑠理香のことや絵梨花のことを言う資格なんて無いんだ。


「ふむ、由梨花、紅茶を淹れさせてもらった。そしてドラゴン君、きみは水で良いのかね?」


「はい。不思議な人間。こちらの世界のお水は少し不純物が多いですね。マリンがいれば浄化してくれるのですが……」


 グラスは自分の舌と尻尾と翼から出した触手を水に浸していた。そこからも水を吸収できるらしい。


「由梨花、そう言えば君に快利のことは話したが、君から彼のことは聞いた事が無かった。ぜひ話してくれないかな? ドラゴン君もいいかな?」


「そうですね。私を二度も倒したあの人間の存在は気になります」


 そこでこちらの世界での快利について話していく、勇者の前の話、勇者後のこちらに戻ってからの話をたっぷり三十分は話した。もちろん中学時代の事も含めてだ。


「なるほどな……転移して数ヵ月、私に快利が警戒感を持っていたのはそういうことか……年上の女性が怖かったのか」


「え? どういうこと?」


 だって快利は向こうで大活躍して色々と酷い目にも遭いながら誰もが認める勇者になったと聞いた。最初は兵士やら騎士とひと悶着あったらしいが解決したと聞いて私とは違うと思っていた。


「彼は孤立していて数ヵ月の間ほぼ一人で戦い抜いた。私の父も人が悪くてね、勇者として使えるかの試練と言って城内の者達の好きにさせたんだ」


「それって、つまり快利はこっちで私や瑠理香にイジメを受けた後に今度はすぐに向こうでも……そんなことって……」


 思い出してみれば転移後すぐの話は聞いた覚えがほぼ無い。一度聞いた話は、どこにでもある新人イビリだと言って詳しく話さなかった。今にして思えば話せなかったと同時に話したくなかったんだ。


「その推測で間違いない。君も薄々勘付いてるだろうがカイリの精神構造は歪んでいる。極端なまでの自己犠牲と献身、そして拒絶される事への恐怖心。だから結果的に流されることが多かった。私も父もそれを利用していたんだ。だから今回も君を傷付けないように話さなかったのだろう」


「なるほど、あそこまで極端な力、竜の我らですら消滅寸前まで追い込まれたのはそういうことですか……」


 頷きながら我が家の奥に作り置きしていた料理をモグモグ食べながら頷いていた私のドラゴン。それにしてもよく食べるわねコイツ。


「どういうことグラス?」


「つまり弟殿、いえ勇者殿が強い理由は多くのスキルや魔法ではありません。心の強さです。異世界で何度も折られた心と体。信頼していた者達からの拒絶を受け続けた結果、折れる度に鍛えられ全ての能力が極限まで鍛え上げられたのでしょう」


「ドラゴン君。いや、だがそれだけで人間が強くなるのは……」


「ご主人様やあなたの話を聞いた限り勇者殿は虐げられた後、必ず人々から望まれ、それを救って英雄となったんですよね? まるで失敗と成功を交互に体験させることで洗脳しているみたいです」


 それを言われて眩暈がした。快利の転移前に私は過去の虐待から最初の内は快利と距離を取ったけど絵梨花に鍛えられボロボロな快利が可哀想になってカレーを作って励ましたり、風邪の時はおかゆも作ってあげていたのを思い出したからだ。


「じゃあ私が、快利を追い詰めて……追い込んだ?」


 そして中学の時には瑠美香に騙され五年以上も家で暴言をぶつけていた。自分が完全に被害者だと思い込んで、そして今度は転移先で色々あって傷ついて戻った快利に頼った。


「そんな快利を私は、また……」


「私達、七竜も同じように人の悪意と善意を見せられ、そして実際に埋め込まれ何度も蟲毒のように実験体を掛け合わせて作られたからです。似ているのです。あの不安定な在り様は私達と同じです」


 蟲毒、確か呪術的なものだったはず、厨二病検定では必須よね。中学の時に読んだラノベで知ったけど、なんて考えていたら慧花がグラスを見て言う。これは昨日見たホステスモードだ。普段の女子大生モードじゃなくて探っている感じがする。


「つまり君は何を言いたいんだねドラゴン君?」


「私は二度も倒された人間の正体を知りたかっただけです。もちろん反意はございません。この野菜を頂ける限りは!!」


「はぁ……取り合えずセロリも食べてみる? はい」


 一気に脱力して私は今朝の残りのサラダのセロリを食べさせた。満足したのかキュピっと鳴いていた。こう見るとかわいい小動物なんだけど頭はいいみたい。腐ってもドラゴンね。


「おおっ、これも美味しいです、ご主人様!! やはりこちらの世界はいい!! あちらの世界の植物はゴミですアレは……酷い味でした」


「そ、それは……本当かい? ドラゴン君」


「はい。そもそも魔王が我らを生み出したのは人間を処分した後、世界を魔族にとって住み心地のよい環境に整えるためでしたし」


 その後も私たちはグラスと話を続けた。自分達の生み出された経緯など様々なことを話しながら最後に野菜を要求された。ほんとコイツは野菜好きみたい。




「はぁ……」


「どうしたんだよクラスの王様?」


「うっせ、次言ったらガチギレすんぞ金田」


 ユリ姉さんを傷付けた。精神年齢二十四歳のくせに十九の女の子を傷付けてしまった。これで手打ちでこれからは仲の良い姉弟だからとか自分で言ったくせに勝手にイラっとして、今も違う奴に八つ当たりしてる。


「怖い怖い。お前のハーレムメンバー皆、廊下で待機してんぞ? 良いのかよ?」


「はぁ……雰囲気イケメンのお前に聞きたいんだが、いいか?」


 どうせコイツは昔から彼女とか居て勝ち組人生だったに違いないから思わず聞いていた。普段の俺ならこいつに頼るなんてまず無い。だけど背に腹は代えられない。


「何だ? あとお前、雰囲気イケメンって俺のこと毎回言うのやめろよな」


「年上の女性を傷付けた時はどうやって謝ればいいと思う?」


「無視かよ。お前まさか絵梨花先輩と喧嘩したのか? その割には元気そうだが」


「これは俺の男友達の話なんだが――――「お前友達居ないだろ、嘘つくならもう少しまともな嘘つけ」


 しまった……焦って俺がボッチだったのを忘れていた。男友達なんて一人もいないのはクラス中が知っている。去年のクラスメイトも俺がイジメられてからは疎遠になってしまったから友達本当にゼロ人だった。


「ま、いいや。お前に貸しを作れるのは大きいし、いいぜ?」


「やっぱ自分で考えるから、じゃあな」


 クラスのしかも金田に頼るのは間違っていたとすぐに話しを切り上げようとするがこいつ図々しくも肩を組んで話を続けてきた。


「まあ待てよ。前に風美が話してたもう一人のお姉さんか? それとも学食に現れた麗しのお姉様二人組か!?」


「……その片割れの黒髪美女がユリ姉さんだ」


「ああ、清楚系の方か、確かに絵梨花先輩に似てたかも、もう一人の金髪は?」


「あれは……ユリ姉さんの同級生で、って何でお前そんなに詳しいんだよ!!」


「そうか。お前、友達いないから知らないのか、これだよ校内のITメディア部のサイトだよ」


「サラッとディスるんじゃねえよ。ITとか、いつの時代だよ……メディア部?」


 そのサイトはトップページに高校名と簡単な説明の他に動画のリンクが張られていた。『秋山ハーレムに新たなメンバー、陰キャ革命はどこまで続くのか!!』とサムネイルにされている。その動画を再生すると、この間二人が学食に来て俺と高級クラブごっこをしていた時の様子が、しっかりと収められていた。


「これ途中から見れなくなるんだよな……ブツってさ……」


 後から学食に四人と百合賀や会長が合流した際に結界を発動したからだ。カメラに撮影されていると結界はこうやって遮断されるのか……。


「って待てよ。これ盗撮だろ? おかしい、俺が気付かなかったのか?」


「そりゃあお前、向こうだって部活とは言えプロなんだから気付かれないように盗撮するだろうさ」


 そういう意味じゃない。俺に悪意を向けたのならどんな相手でも感知が自動でされるはずだ。金田は知らないから当然か……だが気になる。俺に感知されないとか有り得ないんだよ。


(ガイド? 今は大丈夫か?)


『はい……今の勇者カイリの懸念ですが該当事項が過去に一度有りました』


(それは?)


『王国の平民の幼児、主に五歳児前後の子供が勇者に向ける視線はキャンセル対象となっていました。悪意や害意が全く無いからと当時の勇者は言っています』


 だがそうなると余計におかしい、録画していたのが五歳児の子供なんて普通にあり得ない。高校に幼稚園児がいるわけないし居たら目立つから気付く。だけどガイドがミスをするとも思えない。バグなり異常があるなら事後でも報告するからだ。


「どんな仕掛けがされてんだよ……」


 勇者の包囲網を破る現代科学、リモートで親父に思い知らされた日から対策はしていたのにまた裏をかかれた? ユリ姉さんとドラゴンも気になるが、俺のスキルを破った方法も気になる。


「さて、難問だな……」


「そりゃボッチには難問だろうな年上の女の扱いなんてな~」


 金田の野郎の戯言を聞きながら俺は神々の視点全部丸見えを発動させた。取り合えず校内の人間全員調べてやる。

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