第66話「異世界のトラウマ、現実でもトラウマ」


 俺、秋山快利が転移してから四年目に起きたそれは今までのような魔族と呼ばれる人間ではない種族や邪神の呼び出した魔物や眷属でもなく、モニカ達のような邪神の騎士とも違う本物の人間との戦いだった。





――――転移して四年目(快利21歳)


「人身売買? 奴隷兵士? 本当なのかケニー?」


「ああ、間違いなくね。それにしてもカルスターヴ侯が謀反とは……問題は彼女の扱いだ。よりにもよって王宮に居た時だなんて」


「セリカは無関係、ってわけにはいかないんだよな?」


 慧花、いや当時は異世界転生前なのでケニー王子がやれやれと肩をすくめるジェスチャーをして苦笑する。当たり前だが顔だけは同じで声はそのままだ。ただ体は男なのでGカップじゃないのが当時のケニーだと思って欲しい。


「残念ながらね。だが不幸中の幸いにも彼女は人質として王家の離宮に幽閉出来た」


「大丈夫なのか? お前の部下」


「どんなことにも確実は無い……そんな顔をするな。大丈夫、兄上の専属の騎士や、私の直属の近衛を監視という名目で護衛に付けた。ここより安全さ」


 こうやって当時は成人にも満たない侯爵令嬢を全力で守るように手配してくれたのがケニーだった。


「さて、君には勇者として国内行脚をして貰いたい。慰撫する形で各部隊への表敬訪問と各防衛都市の市民に慰問とかを中心にね」


「俺が苦手なの知ってんだろ。爺さん達とかライとかギュルンストのオッサンにやらせてくれよ」


「もちろん伝説の魔王討伐パーティーには全員で来てもらうさ。君達は五人で英雄なのだからね?」


 今と変わらずウインクして俺に応えるコイツも後から聞いた話だと相当に激務だったそうだ。なまじ戦闘力以上に政治力の方が有ったせいで調整やら色々とやらされていたらしい。そして俺は慰問の旅を終わらせてセリカと会っていた。


「お勤めご苦労様です勇者カイリ。何のもてなしも出来ない虜囚の身ですが精一杯の歓待を――――」


「無理すんなセリカ。今は監視は全員下がらせてるし結界を張ってるから大丈夫だ」


 いつもの赤のドレスでも市井をお忍びで散策するような黄色の町娘の格好でもなく白いネグリジェのような恰好でセリカは俺を待っていた。


「なら、この場で抱いて下さいませ……成人まで一年ですが、私はもう……」


「バカ言うな、たとえ15になってもダメだ。自暴自棄になった女の子抱いて満足するような男じゃねえよ俺は、もっと自分を大事にしろ」


「父は謀反人、人質の娘に目もくれずに王家への反逆……せめて一言でも私に言葉をかけてくれていれば、私だって覚悟ができたのに、どうして」


 ちなみにこの覚悟とは俺と刺し違えるという意味の覚悟だったらしい。当時の俺は国民に対してセーフティがかかっていたので、俺を倒せる可能性が一番高いのは王国民からの襲撃だった。

 それに広域殲滅魔法も勇者式剣技も王命で弱体化したものしか使えないからセリカのような少女でも不意打ちを受けたら死んでしまう場合もあったのだ。


「とにかく落ち着け。大丈夫だ俺がカーマインの旦那を殴ってでも連れ帰るし、こんな戦い終わらせてやるから」


「出来る……のですか?」


 当時のセリカは14歳の女の子。少し幼いし背は圧倒的に俺が上だったから見上げる顔は不安そうで、だから頭を撫でながら俺は宣言した。


「当ったり前だろ? 俺は世界を二度救った勇者カイリなんだぜ!! どんな問題も解決してやる!! 任せとけ!!」


 俺はもう、現実の向こうの世界の情けない秋山快利じゃない、二人の義姉から不当な扱いを受けて、親友だと思っていた少女に裏切られた情けない陰キャボッチじゃない。世界を救って目の前の女の子を助ける英雄になるんだ。そんなことを考えて俺は戦場へ向かった。





 ――――現在


「でも、ま、そんな上手く行くことは無かったんだ」


 その戦場で俺は地獄を見た。邪神の六騎士、モニカの兄たちを斬った時に既に人を殺す感覚は分かってるつもりだった。でも違ったんだ。あの時に俺は急所を外して最後は邪神が吸収していたから本当の意味でトドメを刺したのは俺じゃない。


「何が……あったんだ?」


 エリ姉さんが俺を心配そうに見て手をギュッと握ってくれた。顔色が悪くなっていると指摘されて鏡を見ると真っ青だった。エリ姉さんはズルい……俺は際どい恰好なんかより、こうやって優しくされた方が何倍もドキドキするんだよ。


「味方が劣勢だったから……俺は勇者の力を使った。魔族やモンスター相手と同じように戦ったら一瞬だったんだ。簡単に人は死ぬんだよ。あんなことになるんて思わなかった」


 まさに大虐殺、俺の中級魔法は貴族の連合軍を焼き払い、氷漬けにし、爆発四散させていた。対人戦闘は実は一番最初に異世界転移した兵士を相手にして以来で、あの当時は弱い最下級の魔法で戦っていたから相手は大怪我だけで済んでいた。

 その感覚で魔法を使ったら大惨事になった。弱体化しても即死レベルまで俺の強さは跳ね上がっていたんだ。


「結果的に防衛対象は無傷、そして敵の貴族の連合軍は数千名の死者が出たんだ」


「そうか……だが、その……」


「いいよ。もう全部受け止めたから。本当に悲惨だったのはその後でさ、姉さんの話にも繋がるんだ」


 そこで俺はあの戦争の闇を語ることにした。あの戦いで正規兵は全体の三割で残り七割は元一般人だった。強引に徴兵された領民や拉致された人間などを無理やり魔法や魔術で洗脳し服従させ意識を奪い戦わせていた。


「なっ……それは……」


「調べたら貴族は自領で徴兵に応じない者や隠れ里などを襲って人員を集めたらしい。その上で自分達の城だけは正規兵に守らせていた」


 自分達の領民を人とすら思っていない貴族、それが当時の中央に上がってこれない地方貴族の実情だった。そしてそれを助長させていたのが辺境伯と呼ばれる有力貴族達だった。


「そこで俺は俺自身の手で瀕死の重傷を負わせた人々を治療したんだ。モニカやケニーや王国の治療班部隊も必死に治療に当たった。でもそれが敵の最大の狙い。勇者を疲弊させるのが最大の狙いだったんだ」


「それは……凄まじいな……」


「ああ、凄かったよ。全身火傷で男か女かすら分からず、最後は人かどうかも判別できない状態、四肢の欠損は当たり前で、地獄のような光景だった。悲鳴や怒号しか聞こえない、そんな悪夢のような現場だった」


 今でもたまに悪夢で見る。こっちの世界に戻ってユリ姉さんとのデートの朝に起こしてくれた時、条件反射で襲いそうになったのも、次の治療をして欲しいと休んでいた俺を呼びに来たモニカを思い出したからだ。


「しかもその人達を傷付けて、酷い目に遭わせたのは俺なのに、みんな、感謝してくれたんだ。『助けてくれてありがとうございます勇者様』って……吐きそうになったのは一度や二度じゃなかったよ」


「その方達は洗脳や魅了の術などで戦闘中の意識が有りませんでした。起きたら重症で痛みを覚え、そこを救った勇者カイリは正に救世主でした」


 そんなことが何度も有った。それに耐え切れなくなった俺は自分とパーティーメンバーだけで、有力貴族たちの家、約三十あまりを物理的に断絶させた。

 俺達は家名すら残させないほど徹底的に奴らを潰し回り最後に辺境伯とカルスターヴ侯が出て来て王国領の平野で最終決戦となった。


「そして俺はパーティーメンバーや『鑑定』スキル持ちのセリカを特別に離宮から連れ出す許可を貰って全員で決戦の場へ向かったんだ」


「私も父と対面を果たして最後の戦いは始まって僅か五分で終わりました」


「五分!?」


「俺が広域魔術を聖剣でブッ放して貴族側の正規軍の七割を殲滅したんだ。そこでカルスターヴ侯が自ら出て来て俺との一騎打ちになった」





――――転移して四年目(快利21歳)最終決戦時


「もう決着はついた……やめてくれよ旦那ぁ!!」


「まだだ、カイリ、いや勇者!! お前はこの国の希望なのだろう!!」


 目の前には満身創痍のカルスターヴ侯、いや、飲み屋でたまたま相席したカーマインの旦那が居た。出会いは飲み屋での軽い口喧嘩。

 そして別な人間との揉め事に巻き込まれて二人で別な屋台で飲み直した。後日、王宮で会った時は驚いた。向こうは全部知っていたとかいうオマケ付きだった。


「お父様もうお止め下さい!! 勝負は付きました。私も修道院に入ります。お父様も王の沙汰を受けくださいっ……お願いします」


「ああ、そうであれば良かったのだがな……残念だ!! 我が娘よ……死んでもらおう!!」


 あの人は一切の躊躇もしないで『紅蓮の裁きインフェルノ』を娘に向けた。だから俺は聖剣でそれを斬り、そのまま勇者式剣技で侯爵ごと斬った。


「娘まで容赦しないのかよっ!! あんたは!! 姉式虎王炎斬燕返し・お姉ちゃんスタイル!! うおおおおおおお!!」


 そして俺はカーマイン侯爵を倒した時に瀕死の彼に肩を掴まれた。手加減なんて出来なかった。それだけ侯爵の演技は真に迫っていた。


「今さら何するんだよ旦那!?」


「我の意を……受け継が、せる……者に、我が、すべ、ての力を、受け継が……せる……ぐっ」


「カーマインの旦那、どうして――――「頼む、カイ坊。むす、めを頼む。頼む……ゆう、しゃ……頼む」


 そして俺は鑑定スキルを始めカルスターヴ家の秘奥のスキルの全てを無理やり受け継いでいた。そして茫然としていたセリカも侯爵に縋りついて泣いていた。


「これで……終わったな、王よ……」


「お父様、どうして! なんで!?」


「セリカ、これを……すまない。あとは、頼む……」


「これは、密書? ああ……お父様、お父様あああああああ!!」


 そして俺たちは侯爵を看取ると、その後に辺境伯の家系を全て滅ぼした。さらに地方貴族は王家に恭順していた家以外の全てを滅ぼした。これが王と侯爵の狙いだと知ったのはセリカに託された手紙を読んで初めて知ったんだ。




 ――――現在


「その、手紙の内容は?」


「王とカルスターヴ侯は最初から手を組んでたってネタバラシだった。実は旦那が蜂起しなくても辺境伯共がクーデターを起こす気だったんだ。奴らは二度の戦争の時にも国境警備を理由に動かなかった。だけど実際は魔王戦争の時に魔族を国境越えさせていたのが発覚したんだ。そして王国を疲弊させていた」


「腐っていたんですわ。辺境伯のほとんどは小国の王族の家系、つまりは併合された国の王、その成れの果てでしたの、だから王国を内部から崩す機会を伺っていた」


 つまりカーマイン侯爵はクーデターが起きる前に逆に任意のタイミングで起こし、首謀者や協力者を全て炙り出し、自分共々、王の前で処分させたのだ。実際、王の忠臣と名高いカルスターヴ侯はこの計画のために度々、王と仲違いを演じ俺やセリカにもバレないように振る舞っていた。


「そこで昔からの戦友の王と父上は国の膿を全て出すために動き出したんです。他の四大侯爵の内の二家はこの時に力が無くなりつつ有ったのも手伝って首謀者として父上はすぐに貴族連合のトップに立てたそうですわ」


 そして手紙では古い王国を象徴する自分や四大貴族ごと多くの古い地方貴族や、私腹を肥やし王位簒奪を狙う辺境伯連中を倒す次代の英雄を求めたと書かれていた。


「それが……快利だったの?」


「そう言うこと。俺は勇者として国を、そして世界を二度に渡って救った。それでも異世界人。だから俺の地位を上げて王国を盤石にするために、そして俺を国の機構そのものに取り込むのも狙いの一つだったらしい」


 本当に上手く考えたもんだ。邪神戦争後に王とカルスターヴ侯が仲違いしてた時点でこの計画が始まっていたなら、一年以上前から二人の計画は動いていた事になるからだ。


「つまり、邪魔な貴族連中を淘汰し、その過程を劇的に国民達に魅せることでカイリを英雄として祭り上げ国の中心に取り込んで国を安定させる。その上で私を妻としてカルスターヴ家も繁栄させるのが父上の真の狙いでした」


 今セリカが言ったことが侯爵の手紙の内容で俺の話していたことは王から謝罪された時に聞いた話だった。


「王も以前から奴隷制度万歳だった辺境伯達が目障りで、ついでに処分しようとしたんだよ。あの王様とにかく奴隷制度が嫌いでね、国境警備の件なんてついでに見つけたテキトーな理由だったらしい」


「そんなことが……それで、戦争を体験した快利としては私達程度では軽いと?」


 正直に言うと見慣れた事件に見えてしまった。それでも俺の姉さん達が虐げられて、親父と母さんまで酷い目に遭ったから徹底的に潰したいと思ったのは本心だ。それでも勇者としての自分は軽いと思っていた。


「ごめん。二人が辛い目に遭ったのは分かってるし、それでも……」


「なるほどな、見える景色の違い……か。こればかりは分からないな」


 考え込むように顎に手を当てて思案に耽るエリ姉さんに俺はハラハラしていた。傷つけないように頑張ったつもりだけど伝わったか、それだけが気がかりだった。


「ごめん、俺は――――「快利。私は快利の気持ちは分からない。理解してあげたいけど出来ない。それは元勇者でも一緒なんじゃないの?」


 姉さんは一呼吸置くと俺とセリカを見て話を続けた。


「私はな快利、向こうの世界のお前を知りたいと思った。だけど一から十まで全部知りたいってわけじゃないんだ。理解出来ない部分もお互いに有ると思う」


 だから話し合うのが大事なんだと、人間なんだから頭と口を使って言いたい事はしっかり言えと説教されてしまった。


「ですわね……やはり絵梨花お姉様に話したのは正解でしたわ」


「ああ。良かったよ。もし傷つけたらって思ったら……」


「傷付いたぞ? だが、いつまでもトラウマ持ちの情けない姿のままではいられないからな!! なんせ私は快利のお姉ちゃんだから!!」


 強いエリ姉さんを見るのも久しぶりだ。こっそりステータスを見ると異常は何も無くなっていた。今度こそ完全に立ち直ったようだ。

 気になってセリカのステータスを見ても何も無し、一応モニカやユリ姉さんも見ていたらユリ姉さんだけはトラウマ(弱)のままになっていた。つまり姉さんは心のどこかでトラウマを抱えているということが少し気になった。


「それで朝から私の部屋の前にいたの?」


「うん。やっぱ気になって……」


 翌朝から何となく気になって起きて来たユリ姉さんとステータスについて話ていた。それにもう一つ気になっていた事も有った。


「そりゃ、今でも怖いよ。あの男にされたこと、太腿とか、お尻のとこも気になるし……って、見ないの!」


 そりゃ自分の義理の姉が太ももチェックし出したら見ますよ。見るよね? え? 見ないの? 俺はガン見するけどね!!


「普通は見ないわよ。一応は姉弟なんだから、もう」


「じゃあ嫌な思い出って感じなだけで、目に見えて症状は出ないんだね?」


「大丈夫よ。本当にまずかったら、すぐに頼るから、お願いね?」


 それに快諾するとユリ姉さんは今日は午後からの講義だから寝直すと言って部屋に戻ってしまった。改めて今の様子を見ると大丈夫そうなので俺は朝の用意をして三人と一緒に高校へ向かう。ただ一つだけ気になったことが有る。


(ガイド? ユリ姉さんのステータスの特殊のとこの『???』の解析はまだか?)


『申し訳ありません。発現しないと分からないタイプです。絵梨花さんのレアスキル「魔力耐性」に近いものだとは思いますが……』


(そうか、悪かった。ま、皆の監視頼むわ。何かあった時だけ俺に頼む)


『お任せを、勇者カイリ』





 私が二度寝から起きると時刻は午前11時を少し回った中途半端な時間だった。午後の講義を考えたらそろそろ出ないといけない。快利の用意してくれた朝ごはんを温めて食べると今日も美味しい。


「相変わらずやるわね。異世界でも腕を磨いて来たとかチートよチート」


 早く私もこれくらい出来るようになって私の作ったご飯を食べてもらいたいというのが最近の私の野望だ。モニカに協力してもらって少しづつ料理も覚えていた。近い内に目にもの見せてやると思って私は家を出た。


「ん、アプリで連絡……ケイか。今日は二日酔いで講義出れないからノートとレジュメよろしくって……あんのホステスぅ。ま、いいかバイト大変なのね」


 色々と快利も世話になったらしいし、何よりアイツ元男なのよね。体は私の中学の同級生だし、顔だけ整形みたいな魔術を使ったとか冷静に考えてどんなキメラよ。そして私が校門に来た時だった。


「何なのよこれ……」


 大学がツタ状の植物で覆われていて私の目の前には緑色の巨大な化け物が居た。これが快利の言っていたドラゴンの内の一体なのだろう。


「これは……詰んだわね……」


 私は次の瞬間に巨大な緑のドラゴンの口から出たブレスに飲み込まれていた。快利、料理作ってあげられなくてゴメンね。と、最後に思ったのはそれだけだった。

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