第4部『元勇者と危険なアルバイト』
第46話「元勇者は社畜からバイト勇者にジョブチェンジする」
密林、ジャングル、言い方は人それぞれながら分かる事はただ一つだけ、辺り一面は緑一色で原生林が広がっているという事だ。その静謐な木々の間から男女の声が響き渡る。
「来ましたわっ!! カイリ!!」
「分かってる!!
まず目に入るのは紅い甲冑の下にワンピース風の服を着た金髪の少女だった。頭はツインテールと呼ぶべきなのかその二つは縦ロール状になっていて分かりやすく言うとドリルのようになっていた。そしてもう一人の男の声が響いた瞬間に辺り一面に稲妻のような発光現象が起きていた。
「今です!! セリカ様!!」
二人の声とは別な方から声が響き、その方角から木々の隙間を跳躍するように移動するメイドが叫ぶ。その少女はメイドだった。しかしただのメイドでは無く金髪の少女同様に甲冑を装備したメイド戦士、彼女は巨大な網を両手に持ちそれを地引網のように投げていた。
「今度こそ!! 掴みました、モニカ!!」
モニカの投げた巨大な網を受け取ったのは紅い甲冑の令嬢セリカだった。その瞬間にその網に目掛けて殺到するのは全身が真っ赤な猛禽類のような何か、しかしながらそれは鷲や鷹などとは違い全長は10メートルを優に超えた化け物だ。それが感電し網の中でビクビクしていた。
「やっぱスパーク程度の弱さじゃなきゃ難しいか……今回はどうよ?」
最後に出て来たのは黒のジーンズに迷彩柄のジャケットを着た青年だった。彼は白銀のソード、聖剣を鞘にしまうとため息を付いた。ご存知我らが元勇者カイリこと秋山快利だった。
「目立った外傷は有りませんわ!!」
「それに気も失ってます!! マイマ……カイ、リ兄さん……」
「じゃあ、まあ血抜きしてバラしますか!! モニカ周りの雑魚が来ないか警戒を頼む、狩れそうならお昼も狩っていいぞ!!」
そして返事をしたのはメイドのモニカだった彼女は素早くその場から転移していた。それを確認すると快利は残った紅い甲冑を着た令嬢のセリカと、この世界の原生生物の赤い猛禽類、命名が快利の『トリニク』を聖剣で解体しながら部位ごとに器用にバラしていく。
「さすがの手並みですわね……勇者……じゃなくて、カイリ……」
「やっぱりまだ慣れないか?」
「ええ、そうですわね。水棲生物の方は慣れましたがやはり鳥類の方はまだ苦手ですわ……」
目の前のコンドルモドキの羽を毟りながら部位を何も無い空間の先に存在している、
「そっちじゃなくて俺の呼び方だよ……」
「そう、ですわね……そちらも慣れませんわ。だって私にとっては貴方は今でも憎い仇で、何度も命を救われた恩人の勇者カイリなんですもの……」
「ま、学校始まるまでには勇者ってとこだけは外して言えるようにな?」
そう言って元勇者カイリは今から五日前の事を思い出していた。
◇
「頼む。親父、それと母さんも……」
「いやいや、頼むとか言われてもなサッパリ分からんぞ?」
「そうよ~、それとその子達をまず紹介してちょうだい快くん、二人とも外国の子なのかしら~? 日本語は通じるのかしら?」
困惑する親父と目の前の出来事を違う方面で受け入れている母さん。問題はどこまで話すか、話すにしても俺の時空魔術や分裂体まで見られている状況ではほぼ言い訳なんて出来ない。
「それは心配無いわよ。そうよね? モニカ、セリカ?」
「はい、由梨花様……」
「私もなぜか言語の問題はありませんでしたわ」
旅行時には全然気付かなかったが普通に俺たちは会話出来ていた。そう言えば俺も異世界に行った時は普通に日本語話せたんだよな。不思議なんだけど何か力でも働いていたんだろうか?
「じゃあ問題無いわね~!! 良かったわ晃一さん家族が増えますね~」
「いやいや夕子、さすがにマズイ。それに見間違いじゃなきゃ快利お前、三人居たよな!?」
「さすがに親父を騙すのは無理か……親父さ絶対に信じられないだろうけど証拠見せながら話すから、良いか?」
そこで俺はいつものように話した。異世界転移した事、そこでの七年間と最近まで起きた数ヶ月の戦いの事、さらには旅行であった事も話した。最後に俺は二人を引き取る経緯についても話した。二人は自分にとって妹のような存在である事、国元に居られなくなったので俺が引き取りたいと言う事をなるべく丁寧に話していった。
「いや……今も何も無い所から剣とか出されたり、他にも……いや、まずは見られたらマズいか取り合えず家に帰るぞ。そこでもう一度詳しく話せ」
「分かった……二人とも俺の家に行くけど良いか?」
俺は未だに不安そうにして、珍しく殊勝にしてる二人に声をかけると、いつもの様子とは違って素直に従ってくれて少し肩透かしを食らった感じだった。いつもこの位大人しいと可愛げも有るんだけどな。
「もうどこにも行く当てはありませんので」
「私もマイマスターに付いて行くだけです……あの、転移なさらないのですか?」
「そっか転移魔術よりも転送魔法の方が良いかも。じゃあ全員送るから車乗ってね」
そして車ごと全員を家の駐車場まで転移させた。幸い認識阻害の魔法を使うまでもなく近所には誰も居なかったので一安心して俺達は総勢六人になって家に帰って来たのだった。
◇
全員が席に着いて沈黙を保つ中で口を開いたのは親父だった。
「お前、改めて自分がどれだけ危険な存在か把握しているのか?」
「一応は分かってるつもりだけど……」
「いいや、分かって無い。お前の存在は世界経済を破綻させる。いや、正確には一変させるだけの存在になってるんだ。分かるか?」
「何となくだけどな、一応は異世界では国防の中枢を担ってたしさ」
俺の魔法や魔術それにスキルがあれば弱い国一つなら壊滅させる事が可能だ。さらに言えば相手の事を一切考えない殲滅戦、ジェノサイドのような非人道的な事を行えば恐らく世界征服なんて出来るだろう。これはこっちに戻って来てラノベを読んでいる内に思いついた。異世界じゃまるで思いつかなかったのが不思議だった。
「そんな戦闘とか言うレベルじゃない。お前が小さい頃に見てた、たぬき型のロボットのアニメ分かるか? 青いやつ」
「親父、今も放送してるし、あれはネコ型で――――「こまけえ事は良いんだよ。お前は考えた事が無かったのか? あのロボットが家に居ればなんて思った事無いか? 今のお前はその状態なんだよ」
「いやいや、俺はそこまでは――――」
「好きな所に自由自在に移動は出来る。持ち運び可能な荷物の積載量ほぼ無限、あのロボットが使ってるポケット、それにドア足したような存在だろ、お前は一人で小さい街の物流くらいなら回せるくらいのスペック有るんだよ」
そう言われてみれば俺はそう言う存在だった。異世界のグレスタード王国ではそもそも国防にしか使わせないと言われてたけど俺が善意で協力してた商店とか孤児院とか有ったな。
「その通りです。マイマスターはご自分がどれだけの価値かをご存知無いんです……安易に孤児に物を与えたりしたら何度でもたかるんですよ……優しさに付け込むなんて生きて行くには常套手段です」
「そうですわ。それに貴族だってあなたを王から引き剝がそうと色々な手段を講じたのは戦力としてでは無くあなたの能力が狙いだったのですから」
二人は俺が異世界で多くの人を助けた話をなぜか批判的に話していた。皆が喜んでくれたから良いと思っていたのに、俺は二人の意外な反応で驚いていた。
「なるほどな……お嬢ちゃん達の言う通りなら相当なやり手に囲われてたな? お前は、その王様に感謝しとけ」
「何言ってんの親父、そいつが俺を呼び出した張本人なんだけど?」
「あぁ、なるほどな……マッチポンプかよ。ま、今はいい。とにかくお前は居るだけで宝の山であると同時に争奪戦の的になる……まず間違いなくな」
親父がタバコを吸おうとして止めた。どうやら禁煙中らしく母さんの一睨みですぐに止めていた。なんか普段の母さんと違う気がする。
「それってやっぱりFBIとKGBとMI6が快利を奪い合うの!?」
ユリ姉さん、まさかまだその陰謀論大好きなまとめサイトを……なんて半笑いしていた俺だったが親父は真剣な声でそれを肯定していた。
「ああ、もちろん経済もそうだが今のお前はミリタリーバランスも平然と崩せる存在だからな……俺は一般人だから武器や戦争について詳しくは知らん。だがお前の見せた能力だけでも現代の戦争形態を一変させる。そのくらいは俺でも想像がつく」
ま、戦力面に関して言えば俺にも自覚はあった。だけど経済面も俺って有能だったんだな……自分が怖いぜ!! なんて思っていると親父の話は続いていた。
「由梨花ちゃんが言ったようにお前を解剖だの人体実験だのして力を手に入れるなんて考えるバカな国は腐る程有るはずだ。お隣の急成長した経済大国に、他は世界の警察なんて隠しもしないでお前を世界の敵認定した後に取り込もうとするさ」
そこまで行っちゃうんですか? 俺の存在は……俺の想像を超えていた? いや、予想はしてたけど他人から指摘されて改めて実感したと言った方が正しい。
「だから言ったんです。マイマスターはこちらの世界に存在してはいけない存在なんです……だから私達の世界に帰ろうと……」
「でも俺はこっちの世界に居たいんだよ……あっちで利用されるのはたくさんだし、折角、姉さん達と仲直り出来たのに……」
そう、結局は嫌になって帰って来たんだ精神年齢が二四歳にもなって言うのがあれだが結局はホームシックになっただけなんだ。
「快利……」
「え~っと、晃一さん……快くんが凄いのは分かったんですけど、二人のお部屋どうしましょうか~? 客間は一つしか無いので後は一部屋足りませんね~?」
そして母さんが今までの話を全てぶった切る発言をして俺を含めて全員が固まった。いち早く復帰したのは親父だった。
「いやいや夕子。この子らをどうするかはまだ――――「まさか快くんの妹同然の子達を、ユリちゃんやエリちゃんにとっても妹になるかも知れない子達を放り出すなんて言いませんよね~?」
「いや、それは――――「自分の子供たちを知識だけで怯えさせて解決策を示さないなんて、それが『秋山総合コンサルティング』の社長の言う事なんですか?」
「い、いや夕子。俺はだな……」
なんか意外だ。普段ぽややんとしている母さんはどこに行ったんだろうか、これじゃまるで口調はユリ姉さんで動きがエリ姉さんみたいだ。いや、むしろ母さんの素がこれで二人に受け継がれたのかな? だけどそれより俺は別な事が気になった。
「え? 親父の会社って総合商社じゃなかったのか?」
「そっちは親父の、お前の爺さんの会社で昔の幹部社員と叔父さん、爺さんの弟が社長になって回してるんだよ。俺は名義だけの役員だ」
爺ちゃんの弟、え~っと俺にとっては大叔父さんって事になる。確かあれだ酒飲んでただけの爺さんだったはずだ。
「でも、母さん良いの?」
「快くんが大変だったのに、ご飯の用意を頼んだりユリちゃんの件も気付かなかったから、お母さんも何か恩返しをしたいのよ。それにこ~んなに可愛い子たちが娘になるなら、お母さん大歓迎よ~!!」
「いや、母さんそこは少し考えて――――「エリちゃん? 快くんに火傷治してもらったのよね? 恩返し、大事よ?」
「こうなったらダメね。ま、私も言いたい事有るし……でも現実問題として戸籍とかああ言うのはどうするのよ?」
エリ姉さんは不承不承、ユリ姉さんは諦めの境地と言った感じでそれぞれ納得していた。ちなみに親父には発言権が与えられていない。母さんが強い……。
「ああ、それなら問題無いぞ由梨花ちゃん。実はあんまり世話になりたくないんだが国家権力一歩手前の権力者とのコネが有るには有るんだ……」
「それ絶対マズいやつでしょ? 親父……」
「まあな、ただ今回は二人をうちの娘にするって言う程度だからな……せいぜいが公文書偽造とかその辺だからやってくれるとは思うぞ」
あれ? 気のせいかな凄い不穏なワードが聞こえた気がしたぞ?
「義父さん、それって普通に刑事法に抵触して……ますよね?」
「ちょっと絵梨花……それってマズくないの?」
「マズい所じゃないわ。罰則までは知らないけど普通に警察にお世話になるでしょ」
ユリ姉さんとエリ姉さんの会話で何となくマズイ事態なのはよ~く分かった。
「てか親父は何でそんな人間と知り合いなんだ?」
「俺って言うよりは爺さんだな、俺があっちの会社の役員になる前に、いつもの人助けをしたらしくてな、その際に知り合いになった人間がそう言う関係者だったらしい。なんか爺さんに格別の借りが有るから頼って欲しいって話だ」
「へ~。ま、モニカとセリカについてはそれで問題無いんだな?」
とにかく多少は後ろ暗い関係者である事は事実だけど今さら役所に行って異世界人の身分証明二つよろしく!! なんて言おうものなら通報されて鉄格子付きの病院へ連行されるのは目に見えている。
「ああ、ただ、それでも問題は有る」
「あとは何が問題なんだよ?」
「俺は一応は企業の社長様だ……そして別会社の役員も兼ねてる、ぶっちゃけて言うと二代目のボンボンだ。それでも子供五人と妻を養うのは少々キツイ」
「家計が厳しいのか? じゃあ俺がバイトでもするよ。ルリの事務所でも肉体労働してるし何の問題も……」
「そう、それなんだよ我が息子よ……」
「あっ、親父……まさか」
だがそこで俺はハメられた事に気付いた。これは俺を働かせる罠だと気付いた時にはもう遅い、そんな状況だった。
「働かざる者食うべからずだ。お前、利用されるの嫌だとか言ってるけど妹二人食わせて行く気なら利用される事も覚えろ」
「それは……いや、大体は王国でそんな扱いだった。それで何するんだ?」
そう言うと親父はさっきまでのふざけた態度とは打って変わりビジネスの顔になった。幼い頃の記憶だと俺の産みの母とはよくこの顔で喧嘩をしていた気がする。
「お前の話を聞いてて色々ビジネスモデルが浮かんだけどな、取り合えずは第一次産業だ。いきなりサービス業だのは難しいからな。実は俺がコンサルティングしてる会社の一つが産地偽装で内部告発されたばっかでな、今は新体制で新しい仕入れ先を探してる。夕子、例の会社のファイル有るか?」
「ええ、なるほど流石は社長。あの会社を利用するんですね?」
なんか母さんが親父の秘書みたいだと言ったら実際に秘書の業務も兼任しているらしい。そして話を聞いて行く内に親父が言うには俺に肉なり魚なりをその会社に卸す仕事をして欲しいそうだ。その程度なら全く問題は無い。
「じゃあ快利、取り合えずは加工済みの鶏肉と、あとは海産物だな。すぐに提示出来るものは有るか?」
「そりゃタイムリーだね。こんなのどう?」
「なんだ、深海魚みたいな見た目だな……大丈夫なのか?」
これは俺が最近狩りに行っている別な異世界に居る魚で俺が『サーモン・モドキ』と名付けた魚だ。ちなみに『マグロ・モドキ』や『カツオ・モドキ』も確認していると親父には伝えた。
「取り合えず食べてみる? 今切るから」
「なんだその緑色の刀は? 包丁出せ包丁を」
「家の包丁よりも切れ味良いんだよ、これ」
そう言って俺は世界樹に刺さってた神刀でサーモンモドキを綺麗に切ってお造りのように盛って行く。だが、そんな俺の行動を止めたのは異世界組の声だった。
「勇者カイリ……それは世界樹の根に刺さってた世界の崩壊を止める役割の神刀じゃないですか!! お魚を捌いていいものじゃ有りませんわ!!」
「そうです。それで念じて斬れば世界の法則を変える事すら出来る神刀ですよ!!」
「おまっ!! そんな危ないもんで切るな!!」
その後も色々と話し合った結果、俺のバイトの中身が決まった。俺が異世界で食材を確保し魔法で持ち帰り、親父の手配したトラックに詰め込むという流れでバイト代は俺のお小遣いが今までの額プラス毎月五万円アップ。あとはセリカとモニカの生活費全般となった。
「あの、私も魔法と魔術を行使出来ますのでお手伝い出来ませんか。マスターに任せてばかりでは……」
「そうですわね……モニカの言う通りです。私達にも何かお手伝いさせて下さい。勇者カイリ!!」
と、こう言う流れで俺達三人はモンスターだらけの異世界でバイトで狩りをする事になった。
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