第45話「トリプルブッキングとか言うヌルゲー余裕ですから(震え声)」



 お寺で爺ちゃんの新盆をする事になって俺や姉さんは制服を着て行くように言われユリ姉さんもスーツのような装いで俺たち三人は両親を待っていた。


「快利、大丈夫?」


「ああ、凄い久し振りだけど俺は気にしないよ。色々と文句はあるけど」


 よく考えたら再婚相手に血の繋がった息子を預け、会いに来るのは年に数回で俺の状態が母さんから伝わっていたのなら虐待だ。これはもう完全に育児放棄だと言ったらユリ姉さんの顔が曇ってしまった。


「それは……でも半分以上は私が悪いんだしさ」


「いいや、ユリ姉さんはもう悪く無いよ!! この間の露天風呂で良い思いさせてくれたから全力で許しちゃうよ!!」


 だってユリ姉さんとは裸の付き合いをしたからね。凄く大きかったし、少しだけ腕に当たってたし、うん。もう凄かったし堪能したから全部許す。


「私、一応は真面目に言ってるんだけどなぁ……もうっ!!」


「だってあんな大きいの、どこの動画サイトでも見れな――――「もう、その話は良いから!! ほら、絵梨花だって固まってるじゃない!!」


「いや、その……ユリ姉ぇはすっかり快利と、イチャイチャしても大丈夫なんだと思って……昼は私の方が長く居るのに」


 なぜか落ち込んでるエリ姉さんに近づくけど一歩下がられた。二歩下がらなくなったのは前進だと言うと頑張ると言ったので、この夏にお互い急接近しようと言うとエリ姉さんは真っ赤になってしまった。

 あれ? 俺、ま~た何か言っちゃいました? すいません、雑誌に『この夏あの子と急接近』とか言う企画のページ読みました!! このワードを使いたくなったんです。


「三人で頑張って行こ~……っと、来たよ二人とも」


 外に車の気配がするとドアが開いて母さんと問題の親父が入って来た瞬間に二人の姉は俺の腕を抱きしめるようにしてピッタリくっ付いて完全に俺を盾にしていた。


「これは……やっぱ快利、お前に任せて正解だったな」


「第一声がそれかクソ親父。それよりエリ姉さん、大丈夫?」


 俺の腕をガッシリ掴んで震えてるエリ姉さんを見ると俺がやった事は姉さんのトラウマの再発させただけなようで、あの凛々しかったエリ姉さんがここまで弱くなってしまった事を後悔していた。やはり根性や慣れで乗り越えろ的な治療法は間違いだったのかもしれない。


「あ、ああ……どうやら本能的に安全なところに行くみたいだ。すまん」


「大丈夫だよ。あとユリ姉さんも無理しちゃダメだからね?」


「うん。ありがと快利」


 親父よりは俺の方が安全だと判断して二人は抱き着いているみたいで俺を安全認定してるなら少しは症状が改善したのかな?


「それよりお前、二人とも落としたのか、さすが俺の息子だな!!」


「おいクソ親父それ以上喋るなら。本気で怒るからな!? これは姉さん達が俺を信用しているからだ!! そんな邪な感情はこれっぽっちも無いに決まっている!! そうだよね!? 二人とも」


「「うっ……そうだ(そうね)」」


 姉さん達の身の潔白を証明するために目の前の親父を睨みつけるが語尾が弱い。目の前のクソ親父に怯えてるからに違いない。目の前の親父は背は俺より少しだけ低いが少し前までは俺より大きかったず。スーツはいつものヨレヨレでは無くてキチンとしたものを着ていて髭は切り揃えられていた。


「それにしてもお前いつの間に俺より背が高くなった? 確か去年はまだ俺より小さかったはずじゃ?」


「晃一さん。快くんだって成長期ですから~♪」


「まあ、それもそう……か? 取り合えず二人は任せた。会社のワゴンで来たから俺と座席離せば良いだろ? 間にはお前が入れ」


 姉さん達の様子からすぐに判断して俺に任せてくれたのは良い判断だと思う。指示通り俺と姉さん達は後ろのドアから乗り込んだ。



 新盆はつつがなく終わり今は食事会で、ちょうど姉さん達と母さんがトイレに行ったタイミングで俺はまたも親父と言い合いになっていた。


「それで、もう二人ともモノにしたのか?」


「うっせぇ!! 姉さん達は……そう言うんじゃない!!」


「血も繋がってねえんだから別に良いのにな? あ、俺らに気を使ってんなら気にすんなよ? 戸籍の問題なら弁護士か司法書士でも紹介すっか?」


 この会社経営者で俺の親父が軽すぎる。そもそも俺達は義理とは言え家族なのに平然と戸籍とか弁護士とか意味分からない。


「それは……エリ姉さんにも言われたけど……って何を言わせんだよ!!」


「まあ良いじゃねえか久しぶりの息子とのサシの会話だ。あと聞きたい事があったんだ……お前、『F/R』って芸能事務所知ってるよな?」


「え? 知ってるけど? 俺の推しのアイドルが所属してるし」


 それは知っているに決まってるルリが所属していて親族が経営している会社だからだ。ルリ本人からも聞いていたし俺もあの後少しネットで見た。


「そうか……実はそこの会社が取引先ってか、出資先でな……取締役の一人ともビジネスの話も良くするんだよ」


「ああ、で? 何だよ?」


「お前、あの事務所でバイトしてるそうだな? 金に困ってるのか? 小遣いはそれなりに振り込んでると思ったんだが?」


「違う。人助けだ。小遣いの額に関しては助かってる」


 三割は人助けで残りの七割はルリのライブ特典に釣られたからだ。一応は人助けもしているから実質セーフだと思う。


「人助け? お前がか? 取引先で自分の息子がバイトしてるって噂を耳に挟んで驚いたんだよ……それにあの事務所はいわく付きでな」


「ああ、ルリに、えっと……バイト先の人に聞いたよ」


 ルリの事務所は色々あったらしいけど表やネットに出ていた話よりも某巨大掲示板の陰謀説の方が真実に近いのは驚いた。


「そうか……知っていてバイトしてるのか」


 そんな事を話していたらスマホに着信があった。ルリの母親のエマさんからだったので俺はすぐに電話に出る。


「おい、今は俺との話をだな――――「そのバイト先の人、あれ? エマさんだ珍しい。もしもし、今は大丈夫です、はい」


「どうぞお取り下さいっ!! ん? 待て、その相手って!!」


 なんか親父が横でうるさいけどガン無視する電話の先のエマさんが剣吞な声を出していたからだ。


『秋山くん!? 今日は出るの難しい? 実は瑠理香が現場で倒れて……』


「ルリが倒れた!? 分かりました!! 今すぐに行きますっ!!」


『お願い、一応は医者にも見せたんだけど貴方の方が確実だから』


 すぐ転移して行けば大丈夫だし、何より倒れたのなら俺が『聖者の眼健康診断』で確認した方が確実だ。すぐ行こうとする俺の腕を親父が掴んでいた。


「……って、親父なんなんだよ!?」


「お前、今エマちゃんと話してんのか!?」


「あ? とにかく後で詳しく話すから!! ルリのとこへ急がなきゃ!!」


 俺は親父を振り切るとトイレに入ってカギを閉めるとすぐに転移した。



「えっと……現場はここか? エマさんは……」


「秋山く~ん!! こっちよ!!」


 撮影所のスタジオの入り口で手を振っているエマさんに案内されて、楽屋に入るとルリが真っ青な顔をしていた。調べると食当たりだと判明したから、すぐに回復魔法をかけ次にスキルで作った胃薬を調合しエマさんに渡した。ただの食中毒のようだけど気になって調べると、もっとマズい事が分かった。


「遺伝病? 本当……なの?」


「はい。俺のスキルでルリを簡易的に健康診断したんです。そしたら出ました。今回のとは関係無いんですけど……それで一応はエマさんも調べて良いですか?」


「私も? あ、そっか……じゃあお願い出来るかしら?」


 調べてみるとエマさんも同様の遺伝病で将来は癌の発病の可能性が高いと出た。


「ふむ、乳癌って出ました……将来発症する可能性は高そうなんで治しますね」


「あの、それって瑠理香から聞いたんだけど患部を触るのよね?」


「あぁ……大丈夫です。数週間前まではそうでしたけど修行したんで今は対象に念じるだけで治せるようになりましたよ? ちなみにもうルリにはしたんで」


「そうなのね、助かるわ……本当に」


 そしてエマさんにもかけた術は勇者の複合魔術『全ての医療は過去になる癒せない傷など何も無い』だ。半年と数週間前ならば二回使ったら、ぶっ倒れるくらいの消費量だったが、今の七年後より更に強くなった俺なら回数制限はほぼ無い。それに俺には最近増えた新しい奥の手もある。


「うぅ……私は……ってカイ? どうしてここに?」


「ルリが倒れたって聞いたから、跳んで来たよ。回復魔法もかけたし薬も作ったから、もう大丈夫」


「ありがと、それとごめんね。この間のライブも……こんなんじゃカイをパシリにしてた時と何も変わらないよ……本当に私は――――」


 ここは前とは違うと言ってあげなきゃダメだな。前は俺が逃げ出したから、話さなかったから誤解が生じた。でも今はこの力が有るから言葉で伝えるんだ。


「気にしないでくれ。俺が望んで、ルリのためにやってるんだからさ? そうだな、じゃあ今度またデートしよう!! それでチャラな?」


「それって私だけ得してるよ……これじゃカイは貧乏くじばっかだよ」


「何言ってんだよ。友達居ないボッチの陰キャが可愛い女の子とデートだぜ? 最近はこれだけでラノベ主人公になれるからな!! 俺にとっては最大のご褒美だよ。だから……あ、ごめん電話だ。はい、もしもし、クソ親父すぐに電話切りやがれ、いやこっちが切るわ、じゃ」


 何事も無かったかのようにピッとスマホを切って笑顔でルリに向き直るとルリは少し呆れた顔をしている。


「あ、あの……良かったの? お父さんなんじゃ?」


「いいんだ。あんなのよりもルリの方が大事だから、知ってるだろ? 俺の親父はひでえ野郎でさ」


「そう言えば家の事を全部カイに押し付けて、お姉さん達と馬が合わないから家に帰らなくなったんだっけ? あの当時の二人には相当苦労してたもんね?」


「まあね、だからルリと二人での図書室は――――って、また電話……あれ? 母さんだ。ごめんルリ」


 出ても大丈夫と言ってくれたので俺は電話に出ると食事会の席に俺が居ないと騒ぎになっているらしい。


「実は新盆の食事会抜け出して来たんだった。ゴメン、もう向こう戻らないと」


「そうだったんだ。お爺さんのだよね……それを私のせいで」


「大丈夫だよ。じゃあ、後で必ず連絡するから!! もちろんルリからも大歓迎だからな? じゃあ行くから!!」


 そう言って転移魔術で帰ろうとするとエマさんから後で連絡をすると言われたので俺はそれを了承するとすぐに向こうのトイレに戻る。そのままドアを蹴飛ばして外に出たら親父が倒れていたが気にしないで食事会に戻った。



「ゴメン、姉さん達、実はルリが――――」


「なるほど瑠理香が倒れたのか、なら仕方ない……それでどうして父さんは倒れてるんだ?」


 二人に事情を説明するとエリ姉さんがドアと一緒に吹き飛んだ親父を見ているがどうでも良い。俺は大事な人間には優しいがそれ以外は厳しく生きると決めたんだ。


「ああ、邪魔だったから」


「お前、いきなりドアの前の父親吹き飛ばすな……宙に浮いたのなんて久しぶりで受け身も取り損なったじゃねえか!!」


「トイレの前に居たのが悪いんだろ――――「それより、お前はトイレの中で何をしてたんだ!?」


 面倒だから俺の正体話そうかなとか思っていた時に脳内に警告音が響いた。


『勇者カイリ!! 封じた時空の穴を別世界から破って侵入しようとする者が出現しましたっ!!」


(犯人は……聞くまでも無いな、奴らか!?)


 封じた時空の穴とは因果律操作魔法を使って他の世界へ行くために俺が作った穴の事だ。正確に言えば因果律操作魔法を使うと自然と出来てしまう穴で、この穴を使って並行世界など全ての世界へと繋がり行き来が出来るようになる。この穴を今、外から開けようとする者が現れたとガイドは言っている。


『何らかの対策をしないと後一〇分も持たないと予測結果が出ました』


(分かった。すぐに行く!!)


「どうしたの快利? さっきからボーっとして」


 俺がガイドと話していると親父に怒鳴られてそのままになってた俺を心配したユリ姉さんがこっちを心配そうに覗き込んでいた。


「あっ、ユリ姉さん、ごめん。ちょっと耳貸して」


「あんっ、快利、ちょっと……えっ? また連れ戻しに……うん。分かった、絵梨花にも話しておくから。うん、必ず……帰って来て」


 俺はそれだけ言うと席を立って再びトイレに駆け込むと後ろで声が聞こえた。


「おい、快利お前、今度はどこに――――「お、義父さん……す、こし、待って……快利を行かせてあげて……下さい」


「いや、由梨花ちゃん。それは……」


「お、ねがい……します」


「由梨姉ぇ? ど、どうした? 快利が私達を放って行くなんて……瑠理香か?」


 後ろでユリ姉さんが頑張ってる間に俺は因果律操作魔法の支配する空間へと跳ぶとそこにはお馴染みの二人と予想通りの人物がいた。



「待っていたぞ!! 勇者カイリ!! 今日こそは!!」


 出やがったな爆乳、真・超魔王セリーナめ、悪いが今日は最初から奥の手を使う。


「次は容赦しねえって言ったよなぁ!! 神刀解放!! 『世界のための楔色合いはワサビ』、面倒だからコイツらごと穴を吹き飛ばせ!!」


 この世界樹に突き刺さって世界のバランスを整えていた刀だが、引っこ抜いた際に世界樹の力の半分を吸収したまま俺の手元に来た。だから世界の法則を書き換える事が出来るので、今回はそれを最初から使う。


「マイマスター!! 大人しく帰って来て下さい!! 力を持ち過ぎたあなたは必ず世界の敵になります。ですが王国なら管理はされど消される心配は――――」


「そうですわ!! それに侯爵家に入ってしまえば、王族にさえ逆らわなければ一生が安泰に……」


「うっせえ!! 俺はこの世界で生きるって決めたんだよ!! お前ら全員!! 元の世界に帰れ!!」


 そう言って俺は渾身の力を込めて刀を振りかぶる。封印を確認し三人が居ない事を確認したので少しの間は大丈夫だろうと思った次の瞬間に今度はスマホの着信があった。スマホって異空間でも通じるんだ。凄いぜ!! さすがアイ〇ォン!!


「はい、もしもし、ルリ? これから? 分かった……すぐに行くよ!!」


 それだけ言うとスマホを切って目の前の封じた穴を見る。既に脆くなっているのが傍目で見てもよく分かる状態になっていた。また外から攻撃されている。


『勇者カイリ……おそらくすぐに……』


(分かってる。またすぐに別な結界を、でも今はルリを見に行く。状況が変わったらすぐに報告を!!)



 俺は空間転移で先ほどのルリの仕事現場の近くに出ると木陰に一人で佇んでいるのを見つけた。ライブ衣装でも高校の制服でも無く地味目な私服でバレないようにサングラスもしていた。


「ルリ!? 大丈夫か?」


「うん。大丈夫……だよ。あ、やっぱり少し暑い……かな?」


「中で待ってなきゃダメだろ!? 今日も外は30℃を超えてるんだぞ?」


 今は夏本番で連日最高気温を更新しているような日に外で待っていたのは問題だ。せっかく治ってもこれじゃ意味が無い。


「エマさんはっ!? 何で……」


「母さんには二人の現場にって私が頼んだの。今は二人も大事な時期だし、そもそも今日はマネ無しの仕事だったのを私が体調崩したから母さんに来てもらったから」


 話を聞くと今日は一人で現場入りして後から別な社員の人が来る予定だったのを自分が倒れたから急遽エマさんに来てもらったそうだ。それで二人にも迷惑をかけたから急いでもらったらしい。


「カイの名前を出したらやっと諦めてくれてさ、アハハ、ごめん」


「それは構わないけど無理はしないでくれよ。頼むから」


「うん。でも何で食当たりなんて……私そんなに食べてないよ!!」


「夏だから日持ちしない物が増えてるからかも……それより人気の無いところへ、転移するから」


「なんかカイの言い方、少しエッチだね?」


「うっせ……じゃあ手出して、行くぞ?」


 そしてそのままルリの手を握ると転移した。ルリは部屋の掃除と着替えてくると言うので俺は二度目のこの家で待つ事にするとスマホで連絡が入った。


「もしもし、エリ姉さん?」


『快利ぃ……そろそろ限界だ。大変なのは分かるが手だけでも繋いでくれ……』


「エリ姉さんの禁断症状がもう出たのか……分かった。少ししたら戻るよ。うん、頑張って、ね?」


『分かったぁ……ユリ姉ぇも頑張ってるけど、私はもう……』


 そんな事を話していたら上からスウェットに着替えたルリが降りて来たのでスマホを切る。


「えっと、由梨花さん?」


「違うよエリ姉さん……ルリ、すぐにこっちにも戻るから――――」


『勇者カイリ!! 予想より侵攻が早いです!! これ以上は……」


 今度はガイド音声から連絡が入る。一応は神刀で吹き飛ばしたのに戻って来たようだ。腐っても真・超魔王だな。


「くっそ、最悪だ。三つの事を同時にしなくちゃいけないなんて……」


「カイ、私の事は大丈夫だから――――「ダメだ。ルリの顔色は良くなったけど中学の時にも無理してただろ? う~ん……仕方ない試してみるか」


 そう言って俺は新たに手に入れた神刀を取り出し次に復活したスキル『英雄ばけもの化』を発動させる。これは特に見た目は変わらない。ただ全ての能力が狂気染みた数値に変化するだけだ。分かりやすく言うとステータスの数値が全て無限表記になる。これが一定時間続く。そして俺は自らの腹に神刀を突き刺した。


「カイ!! なっ、何してるの!?」


「この『世界のための楔』は、攻撃した対象のあらゆる世界の法則を捻じ曲げるんだ。そして次からはその現象をスキル化出来る。さあ分裂しろ、俺!!」


 そして光り輝くと俺は三人に分裂していた。見た目は分身なのだが現象的には分裂だ。ちなみにこの状態だと能力は当然に三分の一になるのだが英雄化しているために無限の力が三分の一化しているだけだ。

 つまり無限のまま、過去この力で対抗したのが新生魔王軍とドラゴン軍団だった。こちらに戻った時の魔王戦でも、この能力さえあればと何度も思った程に依存していた奥の手だ。一応この英雄化にはリスクが有るのだけど、それはまた今度話そう。


「カイが三人……分身なの?」


「「「ま、そんな感じだよ。俺が一人残るからルリの世話は俺がするから」」」


 そう言うと俺は俺の一人を残して転移する。ちなみに三人居るけど意識は独立していないので感覚としてはパソコンのデュアルディスプレイで三画面を同時に見ている感じになる。つまりは残り二人はリモートみたいなものだ。


「カイ、その……大丈夫なの?」


「大丈夫だ。それよりルリは何か食べたい物とか有るか?」


「じゃあ、オムライスとか……良いかな。好き、なんだ」


「お任せあれ。そうだ、どうせならルリには特別に異世界の食材見せてあげるよ」


 そんな事を話しながら俺はオムライスの用意を始めた。一方で転移した残りの二人の内、異世界の穴を止めに行った俺は目の前の三人と対峙していた。ちなみに当然ながら本体はコイツで今料理を作っている俺は厳密には分裂体だ。



「お前らもしつこいな……俺は帰らない!!」


「無理やり連れ帰ったのは謝ります。ですが勇者カイリ、その力はこちらの世界では余りにも凶悪で、いつの日か――――」


 分かっているさ、だけど俺はそれでもルリや二人の姉を守って行くと決めたから。もちろん母さんや他のトワディーの他の二人も、ついでにその中に親父とかも入れてやってもいい。だから今はノーモア異世界なんだ。


「マイマスター、それでは私やセリカ様はどうなるんですか!? あなたに生かされて、ここまで生き残った私達は、これから先、どう生きれば……」


「それは、だが……俺はお前達を救った責任は有る、それでも今はこっちの世界が大事なんて、これは俺の身勝手な我儘だ。でも、これからは俺は俺のために生きたい」


「そんな……では、私は、お父様をあなたに殺された私はどうやって生きて行けばいいのですかっ!? あなたがずっと傍に居てくれると!! そう言ってくれたから、私は今日まで……」


 セリカの父のカルスターヴ侯を死に追いやった責任、そしてモニカの義兄を倒し本人を生き残らせた責任。それも全ては俺に有る。だけど俺は現実の世界に戻って来て決めた。異世界を捨てる、どんな未練があっても……だから。


「ふむ、そうか……分かった。勇者よ、だがこの娘たちは一体どうする? 連れ帰れば二人がどうなるかぐらいは分かるだろう?」


 そう、セレーナの言う事も分かる。二人は俺を連れ帰る密命を帯びて現実世界に来て失敗した。なら末路は粛清か、それより酷い扱いになるのは目に見えている。二人供どこぞの貴族にでも輿入れと言う名の体の良い厄介払いが妥当だろう。

 そして、ある意味で奴隷のような扱いをされるだろう。王は反対しているが貴族は未だにそのような慣習が抜けていない。どうするかと俺は考えながらもう一人の俺の視点、つまりは新盆の会食の方に意識を移していた。




「さ~て……エリ姉さん色々マズい、てか絶対に男性恐怖症とか治ってるよね?」


「ま、まさか、一昨日の花火大会で快利だけは大丈夫になったとかは無い……ぞ」


「あぁ、まだ俺だけ限定なのか……でも前進か。良かった良かった」


 そう言って俺の隣で腕に縋りついているエリ姉さんの頭を撫でる。ユリ姉ぇさんは相変わらず嫌みたいだけど反対にエリ姉さんはこれが好きなようで、昨日も撫でたら上機嫌になった。


「あらあら仲良しになって~!! お母さん嬉しいわ~」


「快利、お前、完全にジゴロだな?」


「ジゴロって何だよ親父?」


 ジゴロ、後で調べたら絶妙に意味が違っていた。俺はエリ姉さんに貢がせたりなんてさせない。でも学校の成績とか普段の素行を考えたら俺が将来養われる可能性の方が高いのかと少しだけ納得してしまった。


「晃一さん、ジゴロなんて今の子知らないわ~死語よ~」


「おっ、そうか……ま、良いか取り合えず今は。快利お前に色々聞きたい事がある」


「ノーコメントだ。今忙し……あ、いや、やっぱ無し、終わった」


 ルリとオムライスを食べながら、一方でセレーナと交渉をしつつ、姉さん達を守りながら俺の脳は並列処理で焼き切れそうだ。だけど無事に全部終わった。そして俺は覚悟を決めた。


「お前、何を……」


「親父、それと母さんに話したい事と、お願いが有るんだけど良いかな?」


 そう言った瞬間に俺の元に残りの二人が現れる。そして二人が今の俺と合体して両脇に抱えていた少女二人を降ろした。


「「あうっ」」


「親父、母さん、この女の子二人、俺が何とかするから今日から家で面倒見させて下さいっ……お願いしますっ!!」


 俺はいつもの勇者式土下座をしていた。床に下ろされたモニカとセリカは俺の後ろで不安そうな顔をしている。ユリ姉さんとエリ姉さんも驚いている。両親二人は目の前の事を理解出来て無さそうだし、俺も数秒前に決めたばかりだ。だけどこれが俺の決断だ。


「快利、その二人……って、モニカとセリカじゃないかっ!?」

 

「どうして二人が……説明してくれる? 快利?」


 二人の姉が俺を上から不安そうに見て来る。俺があの空間でセリーナと話し合った結果、異世界の方は切るけど、なら異世界からこっちに二人を連れて来れば良いという話になった。そして二人が独立するまで俺がこっちで面倒を見るという事で手打ちとなった。


「うん。女の子二人の人生について責任を取る事になりました……」


 空は青くて外はまだセミの鳴き声が聞こえます。元勇者、秋山快利、本日から二人の扶養者を背負う事になりました。大丈夫、異世界から逃亡して来た女の子二人を養うとか元勇者にとってヌルゲーだから(震え声)。

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