第26話「推しに恋する四天王は純愛主義者?そして迫る魔王の影」



「くっ、まさか正攻法で破られるとは……参ったわ……殺りなさい勇者、ただ先ほどの条件は守って……」


「ああ、承知した。これで終わりだ……四天王最後の一人!! 愛欲の翼ビルトリィー!! 虚無の彼方へ―――――」


「お願い、ちょっと待って!!」


 俺が聖剣に聖と闇二つの魔術を纏わせようとした瞬間に突如割って入って来たのは生徒会の黒幕会長だった。さらにエリ姉さんやルリまで一緒に屋上にやって来た。二人には結界の中から出るなと言っておいたのに……。


「快利、頼む。少しだけ話を聞いてやってくれ……」


「エリ姉さん……分かったよ」


 さて、では今回も振り返って行こう。なんでこんな事になったのか……それは昼の校内放送まで時間を巻き戻さなければならない。俺とルリそれにエリ姉さんとおまけの金田もすっかり馴染んで、さらにルリと割と仲の良かった女子二人とかも集まって、かなり居心地が悪い中で飯を食っていた時だった。





「どうした快利?」


「別に……少しね……」(居辛い……友達の友達とか、ただの知人とか居るだけでこんなに昼飯はマズくなるのか……)


「カイ……やっぱり……」


 ルリは分かってるみたいだな……さすが元陰キャ同盟、一人だけキラキラしやがって……ま、そりゃそうかルリがこうなったのは多分……。やっぱ……凄いなぁ高校デビューとか俺には無理ゲーだ。


『2-3、秋山快利、放課後に生徒会室に来て下さい。繰り返します。2-3、秋山快利は放課後生徒会室に来て下さい』


「なっ、なんだ今の放送、てか秋山、めんどくさいから快利って呼ぶけど……お前何した?」


「心当たりが多過ぎて分かんねえ、にしても雑過ぎるだろ……せめて『生徒の呼び出しです』くらい付けろよ……どう見ても私用で放送してるじゃねえか!?」


 さすがにここまで堂々と言って来た以上出向くしかない。幸いにもルリが今日は用事が無いと言う事なので三人で生徒会室に向かう事になった。そして生徒会室には結界が張ってあったのでぶち壊して入室した。


「まさかこの結界すら効かないなんてね……あの頃とは違うようね……勇者カイリ」


「お前は普通に喋れるんだな? それで何の用だ? 決闘か? それとも黒幕会長を人質に脅迫か?」


「ま、どちらかと言うと脅迫よ。そして条件は秋山絵梨花の身柄よ」


 その瞬間に聖剣を取り出し構える。この時にはもう勇者モードになっている。俺のスキルの対象になっている人間に手を出すならそれは俺への敵対行動だから当然だ。


「寝言は寝て言え、この場で消滅させてやろうか? 他の四天王のように」


「いいえ、私はただ奈之代ううん、ナノにチャンスを与えたいだけよ」


「は? 意味が分からん。取り合えず始末すんぞ? 二人とも離れてて」


 やはりらちが明かない。何とか三人を逃がして、いや会長は操られている可能性すら有るから一緒にするのは危険か……ルリはあのアイテムが有るけどエリ姉さんには何も渡してない。目の前で友人が分子分解されても困るし……やはりここで奴を殺るしかない……。


「やはり勇者じゃ話にならないか……秋山さん、彼女の奈之代の話を聞いてあげてくれない?」


「百合賀、お前は化け物……なのか? それを聞かせてくれないと信用など出来ん」


「それは俺が保証するよ。ビルトリィー正体を現せ。どうせ黒幕会長にも契約を無理強いしたんだろ? 願いを叶えるとでも言ったか? お前は七年前もそうだった。それで小国一つを掌握して滅亡させた傾国の女魔族!!」


 俺が異世界で所属していた王国、その属国として小国がいくつか存在していた。その一つがある日反旗を翻し宣戦布告し戦争になりかけた。事件のニオイを感じた俺たち勇者一行はその国に潜入してコイツと戦った。国内では有る者は操られ、有る者はビクビクしていた。今の黒幕会長のような様子だった。


「コイツは四天王の中で最も人間に害を与えた。筆頭は魔王の直掩、他の二人は砦や城で俺を待ち構えていたがコイツは違う!! 国を、人を蹂躙した!!」


「え? そう、なの? 尊? でもそんな事……」


「それは……そ、そうよ!! 言ったでしょ? あなたの欲望が綺麗だから協力したのよ。それが私の魔力の元になるのだからっ!!」


 黒幕会長のこのリアクション、やはり騙されていたのか……また人を、そう言えばエリ姉さんのファンクラブの会長でも有るこの人の欲望。しかもコイツの二つ名の通り愛欲……なるほどね。


「おい、ビルトリィー。お前としても黒幕会長を魔力タンクとして使う気なら傷つけるのは本望じゃないんだろ? だから場所を変えるぞ?」


「そうね。いくらあなたが強くなったとは言え……私は四天王、しかも一度はあなたに勝った!! ただ条件が有る。どんな結果になってもナノに秋山さんと二人で話をさせてあげて欲しい、それが条件だ」


「エリ姉さん。俺がコイツに勝てば黒幕会長は救われる。だからその条件で俺は今からコイツを倒すよ? いい?」


「うむ、分かった。快利に任せる!!」


 それを聞くと俺と百合賀は場所を屋上に決めると生徒会室を出てそして全てを拒絶する聖域引きこもりの味方を生徒会室にかけた。これで自分達で結界を出なければ誰にも襲われない。百合賀、いやビルトリィーを見ると奴も頷いた。そして二人で黙々と階段を上り屋上に着くと構えた。


「行くぞ、武装展開全装備フルアーマメント!! 来い!! 四天王最後の一人!! 愛欲の翼ビルトリィー!!」


 俺が鎧を装備したと同時に奴も背中から青い羽根を出し、髪も青く変化し背中まで一気に伸びる。さらに両腕は鋭い猛禽類のような爪に変化する。だが変化はそこまでで足はなぜか学校指定の上履きのままだった。最後にかけていたメガネを取ると臨戦態勢に入った。


「さあ、行くぞ!! 勇者カイリ!! 私の最後の戦いに付き合ってもらう!!」


「…………分かった。行くぞ!!」


 奴の得意技は風の上級魔法そして不意を突く鋭い爪の一閃だが、それよりも脅威なのは奴の特性、精神支配……俺が過去に負けたものだ。そして精神支配をして次に幻影を強制的に見せつける。あの時もそうだった……。





 俺は七年前の奴との戦いで見せられた光景をまた見せられていた。それは転移前の世界の光景、俺が居なくなった後の世界だった。俺が居なくなった事で全て関係が上手く行ったと喜ぶ家族四人の姿を……。俺がクラスから消えた事で皆が一致団結して体育祭に臨むクラスメイトを……。


「何の準備も無しにこれを見せられたんじゃ負けるよな……」


 俺はこの精神攻撃で動けなくなり、そして仲間が奴を殺すまで棒立ちして泣いていたらしい。魔力適性が高い人間ほど幻影は効果が有り、逆に魔力適性が低かった二人の仲間が居たから勝てた戦いだった。


「あぁ……そうだったな……そうだ。俺は間違い無く必要の無い子だった……」


『そう、クズ快利!! あんたが居たから私達家族は不幸になった!!』


『秋山さえ居なければクラスは平和だった!!』


『お前が私の教育をしっかり耐えれば!!』


 永遠に見せられた、俺の心の幻影を……そう、これは、この光景は俺が居なくなった世界の出来事じゃなくて、俺がこうなっていたであろうと思って勝手に想像し作り出した世界、言わば心の闇そのもの。俺が居なくなれば平和になると、俺は転移前からずっと思っていた。そんな世界を夢想し勝手に奴の術中にはまって負けた。


「目を見開く、そして現実と向かい合う。それだけで、こんな技、俺にはもう効かないんだよ……だから、勇者の凱旋ただいま……」


 目を見開いた俺の体から黄金のオーラが、オート発動する時とは違う本当の勇者の凱旋によるオーラが広がり全ての幻影を、精神支配を吹き飛ばした。この輝きは校舎を中心にこの市内全域に広がって行く。


「くっ、これが……今の勇者……不完全状態とは言え一歩も動けないで膝を付くなんて……そんなに力量レベルの差が……あるのね……」


「姉さん達に、家族に、この一言を言えた時点で……お前に勝ち目なんて最初から無かったんだよ……ビルトリィー、最後に何か言う事は有るか?」


 と、ここまで凄いカッコよく決めていたらいきなり黒幕会長が乱入して来て、さっきのとこまで戻るんですよね……マジで俺は今回すっごい頑張ったからね!!





「そ~れ~で~!! どう言う事? 俺久々にキレちまったよ……後で屋上な? あ、ここ屋上じゃ~ん!!」


「カイ、つまんないから黙ってて、マジで……」


「はい……すいません」


 ルリがドスの聞いた声で本気で黙らせに来たので俺は仕方なく肩をすくませるリアクションを取ると床に、のの字を書く。だってこんなのあんまりじゃないか……。いじけたくもなるよ……。


「あの……勇者イジけてるけど良いのかしら?」


「後でお姉ちゃんが慰めるから問題無い、それよりも……」


「それより!! 尊っ!! 体大丈夫なの? 怪我してるっ!?」


 色々と好き放題言われているけど、おっかしいなぁ……あいつ敵だよね? なんで正義の味方の俺の方が扱いこれなのよ?


「それより会長こそ、良いの? 秋山さんにキチンと話せた?」


「うん。話せた……でも、もう良いの!! 私、絵梨花に告白した時に、本当の自分の気持ちに、真実の愛に目覚めたのっ!?」


「話に付いて行けないんですが、それは……」


 なんか黒幕会長が頭だいぶイカれた発言してるんですが、この流れに付いて行けない俺がいる。


「カイ、もう少し黙っててね? いい?」


 もう何も言わねえ……俺の居場所、本当にこの世界に有るのかなぁ? 帰って来なくても良かったんじゃね?


「真実の愛? 何を言ってるの? ナノ? あなたは秋山さんが……」


「私は尊が好きっ!! いつも絵梨花の事で相談に乗ってくれて、色々助けてくれたあなたを気付けば好きになっていたの!?」


「えっ……急にそんな……それに私、魔族だしメス、いや女よ……」


「そんなの関係無い!! そもそも私、女にしか興味無いものっ!!」


 ん?もう頭が付いて行きません……チラっとルリを見るとなんか涙目になってるし、エリ姉さんは、うんうんと頷いてる。そして話を聞いていると、やはり黒幕会長はエリ姉さんが好きだったらしい。ファンとしてでは無くてガチで恋人関係になりたかったらしい。その恋を実らせるために一年前から協力していたのが尊、いやビルトリィーだった……えっ!?


「ちょっと待て!! お前、一年前って――――「カ~イ? 今いいとこだからさ」


「いいや、これは黙ってられない。お前ら四天王はいつからこの世界に居る!?」


「そう、だな……勇者、私はお前達に倒された直後に蘇った……正確には魂がな……お前の仲間に敗れた時までの記憶しか無いまま私は気付けばこの女、百合賀尊の体に憑依と言う形で転生していた……」


 俺はビルトリィーから百合賀尊の姿に戻ったコイツに本気で殺意が湧いた。はぁ?なんだよそれ!!そんなの有りかよ!?


「何で、お前が最近流行りの異世界転生してんだよっ!! こっちは廃れ始めてる異世界召喚、広く言えば異世界転移だぞっ!! エロい女神もトラックも無かったんだぞっ!! 分かってんのか!!」


「い、いや私に言われても……そもそも私を倒したのは勇者カイリ、お前達だろ」


「俺だって、俺だって転生してたら……流行りに乗れてれば……エルフの巨乳のお姉さまとか、くっころ女騎士とか、優しくて魔王討伐のご褒美にお姫様とか、エッロい女の子ばっかりの異世界でワンチャンあったかも知れないのに……なのに……こんなのあんまりだぁ……」


 神様は不平等だ。こんな悪い奴ら異世界転生させて俺は異世界転移ですよ。さっきまでの不遇っぷり見たでしょ?あそこまで俺の心追い詰められてんですよ。そんな精神的に傷ついた俺に、なぜかルリとエリ姉さんは絶対零度の視線を向けてきた。


「その、勇者よ、続きいいか?」


「ど・う・ぞ!!」


「そしてこの世界に蘇ったのは私以外にも居た。それが魔王様だ。そして魔王様は私以外の全ての四天王や魔族を、この一年間で全て蘇らせた。魔王様は言った、一年後に弱体化した勇者が来ると……そしてその時こそが復讐の時だと……」


 どうなってる?一年後、つまり過去改変して俺がここに来る事を分かっていたって事になる。そこで俺は最大の疑問に行きついた。


「なあ? お前は何で俺を殺さなかった? 俺が過去改変して戻る前ならただのイジメを受けてた不遇な高校生だ。お前の力なら……」


「私の力も不完全でな……見ただろう? 足や頭部それに完全な魔族化が今の私には出来ない。それに羽や爪を出せるようになったのも先週からだ。一年前など魔法は使えなかった……だからナノを使ってお前に嫌がらせをした、具体的には秋山さんに情報を封鎖する程度だったのだがな……」


「は? じゃあお前が間接的に俺をイジメてたようなもんじゃねえか!!」


 エリ姉さんと何度か話していた時に聞いた話だと姉さんは、ルリが俺をイジメていた事を知らなかった。そしてエリ姉さんは中学時代から黒幕会長の情報に依存し、そして黒幕会長は俺を疎んでいた。それをビルトリィーが利用した……。


「そんな中で私は、尊の存在が大きくなっていて、気付けば恋に落ちていたの!!」


「俺は気付けばルリやクラス中から無視されたりしてイジメに遭ってたけどな!!」


 取り合えず恋する百合乙女の会長には何を言っても無駄だからビルトリィー、いや尊に先を促した。主に魔王について聞き出していく。


「魔王様は私以上に弱っていた。私に語り掛ける程度の魂の残滓しか残っておらず憑依すら出来ない程だった……何でも、『お姉ちゃんスタイル』とか言う変な技に負けた時に全ての魔力を奪われたとか……」


 コイツ悪気は無いのだろうが古傷をエグってくる。無理やりその話題を切り上げて更に色々と話を聞くと全貌が見えて来た。


「つまり、異世界転生したのはお前だけで魔王は魂だけ漂ってたクソ雑魚状態。そんで俺が一年後に戻って来るのを知っている秘密はお前は教えてもらってない。でも魔力を集めるために、この街で能力使って人間から魔力を絞り出してたけど時間がかかって一年後にようやくここまで回復したと……そして俺が来たから行動を開始した」


「そう。付け加えるなら私は魔王様の延命のためにナノを使っていた」


「私を? みことは私に酷い事は何も……」


「ナノが秋山さんに恋すればするほど私の魔力は溜まって行く。契約の時に言ったでしょ? あなたの愛欲を糧に私はあなたを助けるって……それに個人的にも色々捗ったのよ。あなた達二人のカップリングは……」


 オイなんか不穏な事をまた言い出したぞ……コイツ。てか延命するほど魔王は弱っていたのか……。そもそも一度死んだのだから当然か。じゃ聞きたい事は大体聞いたな。


「あと他に喋ってない事は無いか? 無いならサクッと消すから」


「この流れで何でそう言う事言うのよカイ!!」


「お姉ちゃんは色々と複雑だから何とも言えん……奈之代が私を狙っていたのに今度は違う女、しかも種族を越えた愛を育むとか言い出してな、説得され連れて来てしまったのだが……」


 あぁ……それで混乱してるのが姉さんでガッチリ説得されたのがルリな訳か……そう言えばルリは図書室で恋愛小説とか読んでた時期があった。一時はフランスだかイギリスだかの恋愛詩集とか読んだりしてやたらと聞かされて胸焼けしたんだよな。


「お願い!! 秋山弟、いえ快利くん……尊を許してっ!!」


「あっちの世界で大犯罪人、何人もの人間を死地へ追い込み挙句の果てに国一つ滅ぼした魔族を勇者が許す訳にはいかない。あと秋山弟って言うな!!」


 そこ大事だからね?センシティブな問題だから。あと小国で貴族がクズ野郎だったとしても滅ぼして良い理由にはならないから、ここは断固とした対応を取るべきだ。


「カイ、何とかならないの?」


「そうは言うけどさ、お前はどうなんだよ? ビルトリィー」


「私か……私は分からない。ただ魔王様との繋がりが切れた今の私は……昨日、私以外の魔族の反応が消えて突然魔王様との繋がりまで消え、何をして良いか分からなくて、だから最後は魔族らしく勇者と戦おうと思った……」


 死に場所を探すマンかよ。そんなのに利用されようとしてたのか……。コイツの思い通りになるのは嫌だな……うん、決して絆された訳じゃない。これは俺なりの魔族に対する『ざまぁ』だ。


「じゃあ何もする事無かったから俺を呼び出して戦って死ぬ気だったのかよ。寂しがりかよ……あ~くっだらねえ……ビルトリィーいや百合賀尊これ付けろ」


「それは……魔力封じの腕輪……」


「明日から毎日、俺やエリ姉さんに見えるように付けてろ。家以外で勝手に外したのを見た時点でお前を処分するからな」


 そう言うと俺は聖剣を鞘にしまって鎧も他の装備も全ていつもの場所に閉まった。ルリがニヤニヤしてこっちを見て来るしエリ姉さんも納得している。おまけに黒幕会長まで期待の眼差しでこっちを見てるし……あ~、最悪。魔族相手に慈悲を示すなんて論外なのに。


「じゃ、じゃあ……」


「それを付けてる間は処分は保留だ……あ~最悪。今日は帰る!! もうやってられるかよっ!! 魔族を見逃すなんて、しかも四天王……」


「ありがとうございます!! 秋山くん、本当にありがとう!!」


 この会長を調子に乗らせるのも癪だし、機嫌も最悪だから軽く釘だけは刺しておく元とは言え勇者は甘く無いと言う事を示さなければならない。


「言っておくが俺はお前らを許してないからな? 勘違いするな、ツンデレじゃないからな? 割とガチ、俺のイジメ助長させたのはお前らだろ?」


「ああ、分かっている。侘びと言う訳では無いが、これをお前に返そう」


 そう言うと百合賀は制服の胸ポケットから見覚えのある金色の指輪を二つ取り出し、それを俺に渡した。


「あ、それ……質屋に渡した後に、どっか行ったやつ……何でお前が……」


「ヴェイパールが隠形でお前を探っていた時に見つけたらしい、覚えていないか? 奴はあの世界の純金に目が無かったろ?」


 そう言われて思い出す。ヴェイパールを倒した時にその居城にはそれは大量の金の延べ棒が置いてあった。しかし向こうの世界では純金は大した価値は無く、俺はそれを持てるだけ持ってこっちの世界に帰還した。即応式万能箱どこでもボックスにも詰めるだけ詰めていた。向こうの世界でも金持ちじゃなかったから気分だけでも金持ちになりたかったんだ。


「それで俺の金の指輪だけを買い取ったのか?」


「いや、魔法で洗脳して奪ったそうだ。後日お前が来てもバレないように丁寧に得意の幻惑魔法までかけたらしい。だから誰も違和感を感じなかったんだろう」


「なるほど、洗脳に幻惑か……あの時はユリ姉さんが心配で全然気付かなかったけど俺に気付かれずにそこまでの裏工作してたのか……」(やるじゃん四天王最弱、見直したぜ……悪い方にな)


 俺はこの屋上で戦い、この世界でも一番最初に倒した四天王を思い出すと苦笑いした。でもこれって指輪が戻って来たのにお金払って無いなら窃盗とかにならないのか?な~んて思ったけど俺は考えるのを止めて法律から目を逸らした。バレなきゃ良いんだよ。


「それで、あの尊……答え……」


「ああ、私は愛欲に塗れた人間を見て魔力を補充するのが生き方で、糧を得る方法だった……でもナノを見ている内に応援をしていただけなのに恋するナノに私も……」


「尊~っ!! 私も愛してる~~!!」


「ナノ……私も……」


 俺は本当にさっきから何を見せられてるんだろうか……目の前で黒髪のそこそこの美少女(失礼)と人間態で髪が青いままの凛々しい系の美少女が抱き合ってるのは、なかなか画になってるとは思う。でも釈然としない!!


「ふぅ、結果良ければ全て良しだ!! 快利!!」


「そうだよ~カイ!! 良い事したよ!! 恋のキューピットだよ」


「調子のんな陽キャ共、俺怒ってるからな!? 今日は俺一人で先に帰るから、二人は電車でどうぞっ!!」


 その場に居るのが居た堪れなくなった俺は時間魔法をかけたまま走り出した。そして、ある考察をしていた。百合賀の奴が魔族状態に完全になれなかったのは回復して無かったのではなく、魔王に魔力を吸われていたのではないかと言う疑念だ。魔王は俺の回収した辞典そして指輪で魔族を操っていた。そして百合賀の手に指輪は無かった。もしかしたら指輪に魔力を貯蔵して回収されたのかも知れない。


「とにかく魔力をどれだけ貯め込んだかは分からないけど近い内に何か仕掛けてくる。去年の時点で一年後と言っていたならいつ来てもおかしくない」


 そして俺のその予想は当たる事になる……奴と再び相見える時、それはよりにもよって日曜日、RUKAのライブだった。

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