第5話「姉の心弟知らず、知らない方が良い事って有るよね?」
◇
おかしい、そしてオイシイ……秋山絵梨花は複雑な思いを抱きながら彼女の義弟の作った朝食を食べていた。昨日は変な事が起こった。毎朝自分よりも早く起きる弟が寝坊したからだ。
さらに遅刻が確実だと思われていた状況から自分よりも早く高校に着いていたと言う理解不能な現実。彼女は多いに混乱したが結果、色々あったが快利が努力して解決したに違いないと思い、これも自分の日頃の教育の成果だと言う自分本位な残念な考えを持って考えるのを止め朝食を終わらせた。
「ごちそうさま。それじゃあ快利、今日も遅刻せずにキチンと学校に来る事、私は先に行く」
「あ~い。分っかりましたぁ~」
七年前ならこんな舐めた口は聞けなかったが、昨日の一件ですっかり調子に乗って『あれ?案外こっちの世界余裕じゃね?』とか気付きかかっている快利は苦手な姉に対しても今朝からこの余裕な態度だった。
「ふぅ。昨日何があったか知らないけどあまり調子に乗らないように。お前は怠け癖があるし、私が言わなければ自主的に何もしない、とにかく私の言う事を聞いていれば最後はちゃんとした大人になれるんだから、良い?」
「はいは~い」
「朝から言いたく無いが今日は帰って来たら説教だからっ!!」
言いたい事だけ言って出て行く彼女、二番目の姉の絵梨花なのだが彼女がここまで性格が歪んだのには様々な事情が有った。それには少なからず元勇者快利も関わっていたりする。
(快利だけは私がキチンと教育しなくては……ダメな男にしないように)
そもそも彼女の両親が離婚と言うよりも父親が借金で蒸発した事が全ての発端だった。借金を全て母である夕子に押し付け逃げ出したクズだった。
(あのクズはどうでも良い……しかし問題は母さんもだ)
彼女らの母は料理以外は出来る人間だったので外に働きに出て由梨花と絵梨花の二人を育てていた。実はあんなトロそうな見た目に反して夕子は料理以外は才女だった。しかしそれゆえに夕子には問題があった。
それはダメ男に定期的に引っかかるという欠点だった。その度に彼女ら姉妹の家では詐欺に財産の持ち逃げエセ宗教勧誘、さらには本人たちも暴行や虐待に遭っていて、果ては性的な被害に何度も遭いそうになっていた。
(それに姉さんは見た目だけのヘタレだし私がしっかりしなくては……)
今でこそ強気で派手な姉、由梨花だが母子家庭だった当時は気弱で男子のイジメのターゲットにされそうになったのを止めたのも彼女だった。とにかく女難ならぬ男運の無い家系、それが秋山家に来る前の彼女であった。その結果、彼女は大の男嫌いになってしまった……。
義理なのにも関わらずこう言うところは快利と似てしまっている辺り二人の相性は意外と良いのかも知れない。その後も家族二人を必死に守って無意識に一家の大黒柱になろうと頑張ったのが絵梨花だった。
(だから私は女を止めたんだ、女でいると舐められるからな)
しかしここで快利の父との再婚で色々と状況は変わった。快利の父は仕事大好きな家庭を省みない今までの男とは違うタイプのダメ男だったが、家庭に居て自分達に暴力や性的な虐待などをするような下種では無かった。そして彼の子供であり、今の自分の義弟の快利も悪い子では無くむしろ少し抜けてはいるが家事をここまで頑張っていた良い子と言う印象だった。あの日までは……。
(まさか快利が……姉の下着で欲情するヘンタイだったとは……)
まだ母が仕事をしていた頃は家事は三人での交代制で、由梨花は家事はしたがらないダメ人間だったが、それでも当時は年下の快利の手前それなりに頑張っていた。それは絵梨花も一緒だった。そんなある日の洗濯をしていた快利が姉たちのお気に入りの下着を手揉み洗いしてしまったのが問題だった。
彼としては表記されていた通り手揉み洗いを奨励だったのでそれを行ったが、まだ異性に恐怖を抱いていた由梨花と異性に嫌悪感しか抱いていない絵梨花から見れば唾棄すべき行為だったのだ。しかもその後の一言がトドメになった。
『だ、大丈夫だよ!! お姉ちゃんたちのパンツ凄いイイ匂いするからっ!!』
快利は姉たちの絶対零度の視線に耐えられず自分が何かマズイ事をやっているのかも知れないとその場の雰囲気ですぐに察した。そこで快利は咄嗟に彼の言葉で彼なりに姉たちを褒めようとしたのだ。
しかしそこは小学三年生なので語彙力が余りにも足りな過ぎた。結果、目の前の姉二人からは、ただのパンツを洗うふりして匂い嗅いでた変態という認識をされてしまった。由梨花はその日から快利を避け、中学に上がる頃にはクズ扱いとなった。だが意外にも絵梨花は違った。
『快利君の、いえ快利の教育は今日から私がちゃんとします!! 快利、お前を鍛えなおしてやる!!』
『え? ええええええ~!! 僕、これからどうなっちゃうの~!!』
まるで一昔前の少女漫画のようなリアクションの当時の快利だがそれは置いておこう、その日から絵梨花による快利の教育が始まったのだ。彼女は通学路で肩を震わせると不敵な笑みを浮かべていた。
(そうだ。そして私がキチンと育て、いずれ私の婿とすれば……ふふふ)
そしてこの残念な姉は光源氏計画を当時から密かに画策していた。彼女は快利の人となりの教育を始めてから一年で大体を把握すると、自分の言う事をちゃんと聞いて育つ姿に満足した。そしてその足ですぐに日本司法支援センター、通称『法テラス』へと行き義理の姉弟が結婚できるかどうかの相談をして可能と聞くと自分の将来の夫にすべく本格的に教育を始めたのだ。
(居なければ作ればいい……それに快利は家事も出来るから将来は私が働きに出ればいいだけだ……)
正直、小学生でこんな事を考え高校生になった今でもこの思考はマジヤベー女である。なまじ頭がよく環境が環境だっただけに身近で安心安全な男を探した結果、居ないので育てようと言う結論になったのは仕方ない?のかも知れない。
◇
な~んて事をまさか姉が考えている事なんて思ってすらいない快利だが、当然ながら姉への好感度はゼロに等しい。転移前は絵梨花は一番厄介な姉として認識されていたのだから始末に負えない。
もっとも彼自身、絵梨花には勉強を見てもらったり、休日には姉から剣道の稽古をつけてもらったりしていたので実は、そこまで嫌ってはいない苦手なだけだった。特に勉強は見てもらわないと赤点は確実だったので感謝すらしている。
そんな事も有り絵梨花は単純に嫌いと言うよりは口煩過ぎる厄介な教育ママと言うのが彼の姉への印象だった。
(エリ姉さんよりも今はユリ姉さんの方が厄介だからなぁ……ただ厳しいだけだし、それにエリ姉さんには大きな借りが有る)
それは偶然にも彼女の稽古のおかげで異世界での彼の剣術が大幅に向上していたからだ。最初から自身のステータスのスキルに剣術が付与されていたのが大きかった。よく勘違いする人も居るが異世界の剣術などしょせんは乱世の中で鍛えられた我流がほとんどでキチンと訓練した者などには本来勝てないのだ。
(よく実戦主義なんて言って突っ込んで死んでいく部隊がいっぱい居たなぁ……)
転移後すぐに戦った魔王軍との戦いではそうやって無駄に死んでいく兵士たちを多く見た。そしてその中から偶然にも戦場で生き残った才の有る者だけが結果的に鍛えられ異世界の兵士は強いと見えてしまう。
実際彼らは強かったのだが逆に言えばキチンと鍛えていない素人の集まりであり、魔法が使えるようになった快利の敵では無くなっていた。例の鬼ごっこも最後は技量の差で生き残る事が出来たのだ。
(それにエリ姉さんは女だけど家族だから数少ない安全な女だ!! 俺に厳しくて若干ウザいけど、狙われる事が無い唯一の女性だという意味で信頼できる!!)
違う意味で狙われているが彼は気付いていない。家族と言う枠組みで安心している快利だが、まさかその家族の枠組みの中で違う関係になる事を画策しているなんて夢にも思ってない。この姉の
『王様の言うことは?』『ぜった~い♪』
どこの王様ゲームだと思う人間も居るだろうが快利も勇者時代にはこの法に支配されていた。奴隷根性と言うか社畜精神と言うかそんな感じで七年目で精神をやられた彼は帰って来ると言う判断が出来たのかも知れない。
最後の最後で打ち破った敵とも言えるのである意味、最強の敵だったと言える。そして彼は今日もワームホールを開いてゆっくりと登校した。
◇
快利は転移場所を教室から一番近いトイレに設定し、そこをお気に入りに設定していた。なので今後は家とトイレを行き来する事になる。
自分の席に着くとそう言えば今日が本来転移されている日なんだよなぁ……とか思いながら机に菊の花が無いのに密かに安堵すると席に着く。後ろの風美は今日は静かだったしリア充軍団は基本静かだった。
(平和だぁ……よし……寝ようっ!!)
そして今日も彼はクラスの真ん中の席で堂々と寝ていた……結界を張って。ちなみに善意で注意した教員には普通に起こされたのだが、悪意を持って起こそうとした教員は一度、
(危ない所だった。まさか分子分解したついでに脳腫瘍を見つけちゃうなんて……思わず治しちゃったよ……でもこっちの病気も治療魔術で直せるんだ)
分子分解されそうになった側からしたらとんでも無い事態だが、この教師は悪意をもって出席簿の角で快利を殴ろうとしていた。なのでスキルの対象になったのだ。だがこんな教師でも分子分解したら一大事だ。そして治療魔術と回復魔法を駆使した結果この教員はブラックな職場環境で脳に致命的な腫瘍が出来ていたのも判明した。
(教師って聞いてた以上にブラックなんだなぁ……でも勇者ほどじゃないかな?)
治療魔術を付与したシャーペンだけでこちらの世界の最高の名医と同等かそれ以上のオペが出来てしまう勇者が言うのだから間違いない。しかも時空魔術と合わせればオペ時間が僅か10秒弱で終わった計算になる。
おまけにその教師は分子分解された後に人格まで変わってしまったようで真面目な教師になってしまった。治療魔術の負荷に耐えきれずに脳がリフレッシュと言う名のリセット状態になってしまったのだ。結果的に回復したから良いかと、そんなアクシデントも有ったが今日も彼の高校生活二日目は昼まで平穏だった。
「いただきま~す」
しかし悲しいかなイジメが無くなっても昨日までイジメのターゲットでボッチだったので友人など居ない!!そう思って結界に閉じこもってご飯を食べようとした時だった。
「おい秋山、少し良いか?」
「ん? 君は金の延べ棒をあげたイジメ男子B!!」
そこには弁当を持ってこちらの席の隣に座るそこそこの雰囲気イケメンでリア充グループの一人が居た。
「いや俺は
「金大好き!? ずいぶん直球な名前っすねぇ……」
「いや、金田 い・す・け!! 『かね大好き』じゃねえから……それ言われたの小学校以来だから……それより昨日の延べ棒だ」
そんな言葉の応酬をしていると教室のリア充で固まっている風美や他の面々もこちらを見ている。なんか風美の顔が赤いし目が潤んでいる。あれは殺意に溢れた目だ。まさかまだ狙っているなんて……騙されんぞ!!風美瑠理香!!と、今日もフラグを順調に折る快利だった。そしてその間にも金田の話は続いていた。
「一本を鑑定に出したら純度が高すぎる金だったから残り二本怖くて親に渡したら、お前に返せって話でな。親が宝石商で知り合いに見てもらったんだよ」
「え……でも今更そんなの返されてもいらんし……好きに使ってくれない? だってほら……あと百本以上有るし」
そう言って何も無い空間からボトボト純金の延べ棒を出す快利に周りがギョッとしてこちらを見て来るがそんなのは気にしない。勇者時代は何か有る度に周りから見られていたので慣れたのだ。
「えぇっ!? てか今どこから出したんだよ!?」
「あぁ、実は俺って最近手品覚えたんだよ~!! それでだよ、てかそう言う風にしといて、あと延べ棒はこの通りたくさん有る」
空間魔法はこの言い訳で押し通せば行けると昨日の夜テキトーに考えた快利だったが、さすがにこちらの世界の人間を舐めすぎていた。
「手品は種があるから手品なんだよ!! さすがに無理が有るからなっ!!」
「細かい事気にし過ぎるとハゲるよ? それで? 要る? 俺は要らんし」
「いや……ハゲ? 細かい事って……くれるなら……いやいやダメだろっ!!」
「あ、じゃあさ投資、投資してあげるから資金うんよ~? 的なので上手い事やってよ。あげるから」
このテキトーな言葉が後々の世界経済を大混乱に陥らせて本人にも実害が及ぶのだが、今は早く弁当食べたくて仕方ない快利はまさかそんな事になるとは考えていなかった。
そして金田は結局、快利から貰って更に増えた金の延べ棒を使って遊び半分でトレーダーの真似事をしてしまうのだが、それが後の金田財団を生み出す最初の一歩になるとはこの時、この教室に居る人間はもちろん誰も知らなかった。
◇
結局、放課後に快利は近くのスーパーで買い物をしながら
(普通に外した方がいいだろうけど、二人とも俺に接触しないし触られる事なんて無いから設定しなくても良いか!! むしろ嫌われてるし!!)
な~んて事を考えていたせいで妙なフラグが立ってしまった。まさかこの後にラブコメ展開も真っ青なサバイバル展開になるなんて快利は考えて居なかったのだ。この時にここで設定しておけば、あそこまで苦労する事は無かった。
いや、設定していても苦労はしたのだが……。彼はこの数時間後に起こる事など考えずに今日は久しぶりに魔法も魔術も無しでホワイトシチューを作ろうと決めて帰宅したのだった。
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