第4話「気付かずに『ざまぁ』とかそんな放課後」


 寝ていると気付けば放課後……今日学校でやったのって寝るか飯食うかだけだったな……あと一応パシリ……ダメ人間じゃん俺。でも良いんじゃないかな……俺は体感時間で半日前くらいまで七年もの間ひたすら戦っていたんだから……と、そこまで考えていると後ろからイスに蹴りが入ったので見ると風美……さんだ。もう”さん”付けしなくて良いかな?中学の時は呼び捨てだったのに……と、ここまで脳内でめっちゃ早口で言っている快利であった。


「今度は何すか~?」


「言ったでしょ!! あんたに目にもの見せてやるから放課後付き合えってまさか忘れたんじゃないでしょうね!?」


「え……もちろん忘れてないっすよ?」


 見ると風美軍団は女子と金に目の眩んだ男子を除いて復活していてやる気満々だ。彼女の周りには取り巻き二人とクラスの数人が従っていた。目が死んでるから無理やり付き合わされてるんだろうなぁ……。ま、手を出されたら反撃するんですけどね?ところで何をするんだろうか……あんまり帰りが遅いと姉二人が怒り出して母さんが泣いちゃうからなぁ……空腹で……。


「この後俺忙しいんで早くしてくれると……」


「あんた毎回そうだったじゃない!! 今すぐ泣いて跪けば返してやるわよ!!」


「分かった。土下座くらいでいいのなら――「なんでイジメる前から土下座しようとするのよ!!」


「え……だって面倒じゃないですかぁ~」


 こっちの世界では面倒なだけで基本済むので謝った方が楽だ。あっちの世界なら謝ったら最後、とことんまで言質を取られ最終的には命の危機まで有り得るのでこの手の問いは重要だ。向こうの謝罪は命よりお金より重いのはさっき話した通りだ。その点こっちの世界は炎上はしても殺されはしないし奴隷落ちもない。


「とにかく間もなくあんたを倒す人間が来るからそれまで待ちなさい」


「え~……じゃあせめてトイレ行って来ていいですかね? 流石に漏れそうで……」


「早く行って来なさいよ!!」



 良かった良かった漏れそうだったから助かった。本当はこのままワームホール作って逃げようなんて計画もあったんだけど勝手に帰ったら帰ったで明日から風美が余計うるさくなると思うからな……。


「「あ……」」


 トイレに入ると先客が居た。坊主頭で部活は?と聞かれたら野球部!!と答えが返って来そうな人間だったので、一つ場所を開けて自分もズボンを降ろそうとしたらなぜか声をかけて来た。


「お前、二年か?」


「はい……えっと先輩ですか?」


「ああ。三年なんだが今の二年で一番チョーシ乗ってる奴知らね?」


 調子に乗っている奴か……そら風美だろうな。中学の時までは地味だったのに高校デビューなんかしちゃって数少ない同じ中学出身の中でもなぜか俺だけ気付いたら下僕扱いして来たし……今なんかうちの高校の女王様とか呼ばれて悦に入ってる正にチョーシに乗ってる奴だ。と言う趣旨をオブラートを破りながら怨嗟にまみれた感情を隠さず言うと横の坊主先輩が固まっていた。


「そ、そそそそうか、で? おまっ……あなたのお名前は何て言うんだ?」


「秋山快利って言います。今話した下僕って俺なんすよね……ほんとストレス溜まってて、しかも聞いて下さいよこの後、俺を絞めるとか言って誰か呼んでるらしいんすよ。でも……少し楽しみなんですよ……くくっ」


 なんか先輩の顔が真っ青になってるけどどうしてだろうか?とか元勇者は気付いていないが、実は快利のオートスキルの一つ『勇者の凱旋ただいま』はある一定の力量差、異世界風に言うとレベル差の有る相手を勝手に威圧してしまうのだ。その発動条件は自分が対象を敵と認識していて、なおかつ相手が自分に敵意などを意識的に持っている場合だ。


「どっ、どどどどどうしてなんだ?」


「だって……ストレス発散出来るじゃないっすか。風美はあれでも女の子なんで反撃出来ないんで、次来るのが男なら……」


 そう、男なら自然と口元が歪んでしまう。攻撃系の魔法か魔術かそれともまだ一度も使っていないスキルの威力の実験台にしようかと考えている。仮に吹き飛んでも回復魔法と医療魔術使えば良いから。それに、どこでもボックスに入っているアレを使う事も考えれば……そして最終手段はワームホールで過去改変すれば良い。


「男なら……ど、どうするんだ? いや……どうするんですか?」


「嫌だなぁ先輩。俺なんてクソ雑魚ですから何も出来ないですよ~♪」


 ここで安易に俺TUEEEEEEが出来るなんて話したら騒ぎになるし、ましてやトイレで少し話しただけの無関係の野球部っぽい先輩を巻き込むのは元勇者のやる事じゃない……それにしても先輩のトイレ長いなぁ……先に居たはずなのに俺の方が先に終わっちゃった。


「じゃ、先輩。お先に失礼しま~す」


「は、はいぃぃ」


 と、ここまで元勇者カイリはスキルの効果で全身から勇者オーラを駄々漏れにして喋っていたので、先輩がまさか恐怖で終わった尿意を再び催してしまった、な~んて事に欠片も気付いていない。

 だって勝手に勇者の凱旋ただいまの効果出ちゃってるから、実はこのスキル、勇者の鎧装備状態なら抑制出来るスキルなのだが、まさか高校にフルプレートの鎧を着て登校なんて出来ないので、こんな不幸な事故が起きてしまったのだ。ちなみに勇者の鎧はいつものボックスの肥やしになっている。


「あんな化け物相手にできっかよ……殺される……」


 快利がトイレを出るのを確認すると、この坊主先輩こと咬真瀬乃運命かませの さだめはやっと治まった尿意に安堵しながらチャックを閉めてその場にへたり込んだ。汚いとか気にしてられない程余裕が無かったのだ。


「あれは何人も殺った事のある目だ……あんなんが何でうちの高校に……」


 この高校の三年生で実は番長とか言う時代錯誤にもほどの有る役職に就いている彼は暴走族『デス手弐位テニィー』の総長もやっていた。自分が下っ端の頃には刑務所に送られた先輩を見送ったりしているのでそう言う人間も何度か見た事がったのだ。


「しかも明らかに先輩らよりもヤベー目をしてたし、雰囲気がヤベー」


 それもそのはずである。快利は既に人間や魔族にモンスター、果ては邪神とは言え『神殺し』まで達成している正真正銘の化け物だ。オーラが漏れていればクラス中が阿鼻叫喚の地獄絵図になっていたであろう。幸いクラスメイトは瑠理香を含めて快利からそもそも敵として認識されていないのでスキル対象外だったのだ。


「きっと俺がトイレに居るのが分かって威圧して脅しやがった……頭も切れる上に、あの態度……きっと俺らなんか挨拶代わりにボコボコにしちまうようなヤベー奴だ……あんな奴を相手にしたら間違いなく……」


 ちなみに偶然である。本当に偶然である。坊主先輩こと運命は今回は二年で一番の美少女と言われている風美瑠理香の依頼で下心満載で顔も見た事無い快利をフルボッコにしてやると勇んでやって来ていたのだ。それのせいでスキルの対象に入ってしまったんだね~残念!!


「風美とはお近づきになりたいが、あんな奴を相手にするなんて無理だ……それに下僕にしているなんて……ま、まさかっ!? 奴ら敵対しているフリをして実は裏で組んでいて学園の番長である俺を潰すために!?」


 人とは不思議なもので悪い方向に考えると坂を転がるようにドンドン悪い方に考えが行ってしまう。疑心暗鬼と言うやつだ。今まさに運命さんはその名の通り運命の選択を迫られているのだ。しかし今回の一件は全て偶然の産物であると再度ここに明言しよう。


「危ないとこだったぜ……。後で何言われるか分からないからな……一応連絡だけ入れて……よしっ!! 俺は逃げるぞ!!」


 こうして快利の刺客は来なかった。いや、来れなくなってしまったのだ。疑心暗鬼と言う名の運命に抗う事が出来なかったのだ。偶然なのにね。



「あのぉ……」


「待ってて今、二人目を呼んだから!!」


「えぇ~……今日は家に帰って晩ご飯の用意と散歩が有るので……」


 そして渋々待っているが来ない……それもそのはずである。二人目は先ほどの運命先輩と同じチームのナンバー2だったので既に連絡が回っていて関わるなと言われていたのだ。段々とギャラリーも飽きて来たのかドンドン人が減って行く。意外と人は飽きっぽいのだ。


「ぐぬぬ……もう五人も呼んだのに……」


「ちょっとぉ~!! 私の人望無さすぎぃ~」


「うっさい!! あと人の心の声を読むな!!」


 あ、正解だったんだ。ところでもう帰っても良いのかな?さっきまで最後まで居た男子二人もトイレに行ったきり帰って来ないし……。もう二人だけしか教室に居ないんですけど……。


「こんなはずじゃ……どうして……」


「う~ん、やっぱ日頃の行いが悪いからじゃないかな?」


「うっさい!! なんであんた昨日と全然違うのよ!! おかしいじゃない!!」


 そら体感七年目ですから、七歳下の女子と喋るとこんなものじゃないかな?でも社会経験が勇者(笑)しかしてないし、特技は聖剣を振り回して魔王を倒す事です。じゃあ面接の前で落ちるしな……てかこのまま就職したら中卒の勇者なのか……。勇者の経験を生かせる仕事ってこっちに有るんだろうか?


「心配だ……将来が……」


「私は明日からの高校生活が心配よ!! やっとリア充になったのに!!」


「え? 別に普通にしてれば良いんじゃないの? 命まで奪われる訳でも辱めを受けて晒し者にされるわけでも無いだろ?」


 異世界の常識は現実世界の非常識である。異世界では強者こそ正義、弱者は強者の養分なのだ。そう言う意味でリア充と同じと考える人間も居るかもしれないけど、リア充は人は殺さないし、よほど頭がおかしくないと辱めもしない、ある意味精神を殺しに来るけど普通のリア充なら五体満足でいられるはずだ。


「命って……そんなの当たり前じゃない、それに辱めって……そりゃ噂流されてハブられるかもしれないし……」


「あぁ……名誉の方か……俺の言う辱めは肉体的な平たく言うと強姦や隷属の事だったんだけど……そっか認識が……」


 ここで再び異世界ギャップ!!そう異世界は違う、なぜなら異世界流に言えば男は倒して手柄にして、女は奪い手に入れる物、すなわち戦利品程度にしか認識されておらず、おフェミさんが顔真っ赤にして電話してくるような修羅の世界だったのだ。

 そりゃあ、そんな異世界に居られるかと逃げ出すわけだ。そこに七年も居て精神を保っていたのは驚異的だった。彼はチートのせいで凄いように見えるが極めて凡庸な人間だった。


「ご、強姦て……そんなの犯罪じゃない!! 何言ってんのよ!! ヘンタイ!!」


「そうなんだよなぁ……これが正しいリアクションなんだよなぁ……」


 すっかりワールドギャップを実感してしまう快利であった。そう、そんなの悪い事、犯罪行為なのだ。あっちの世界が異常でこっちがおかしいのだ。しかし七年も経てばあちらの世界が常識になってしまっても仕方ない……そんな世の無常を感じながら放課後を過ごしていた。


「とにかく私の明日からのクラスの地位のことを考えてよ!!」


「なんで俺が……そもそも中学の時と違って仲良くないし……」


「それは……だって秋山が……」


 何か言おうとした風美だったがその前に見回りの担任が入って来て最終下校と言って来た。いつもは仕事しねえで俺のイジメ無視してたのに、こんな時だけ妨害しやがって……取り合えず外も暗いから一緒に帰る?と聞いたら風美は黙って頷いて付いて来る。だがこの時、彼は急に思い出してしまった。そうです。また異世界あるあるのお時間です。


(そうだっ!? 暗がりに女と二人きりになった時には……抱きつかれて求められる場合、もしくは……高確率で襲撃されるっ!?)


 そんな痴女みたいな人間はこちらには居ないし、毒殺令嬢も爆殺メイドもこの世界には居ないのだが彼は七年間の異世界生活で襲撃は大きいもので二〇回、毒殺などを含めた細かいものは百以上に上るほど襲撃されたのだ。

 それも女給、女官、メイドそれに娼婦、全て女性の暗殺者だったのだ。これは快利に原因があるのだが以前話したように情けをかけて助けていたら勝手に女好き認定されてしまったのだ。


(そうだ……女は何をしてくるか分からない怖いもの……世界は変わっても人間の本能は変わらないはずだ……怖い)


 世界が変われば意識が変わるものである。もしかしたら戦国時代や海外なら中世の時代のようにもっと血生臭い時代ならばそのような事も有ったかも知れない。しかしここは世界でも有数に平和ボケした国、日本である。

 紛争地帯でも無ければ危険な場所も滅多に無く逆にスリルを求めて危ない事をしたがるバカが多い国なのだ。そんな国の女性が乱世の女と一緒なわけは無い。終始警戒心を解かずに彼女の家の前まで送ると安心した快利にさらなる不幸が襲い掛かる。


「あのさ、送ってもらったしお茶ぐらい……」


「えっ?」(ど、毒殺か……俺は知っている。こうやって頬を少し赤くしているのは照れているんじゃない!! 殺意で高揚しているんだ。あの爆殺メイドや毒殺令嬢はそうだった……)


「べっ、別に深い意味なんて無いけど。たまには――「すまない家でお腹を空かせた家族が待っているんだ!! 今日はこれで!!」


 これ以上は危険だ。間違いなく何か仕掛けて来るからその前に戦術的撤退だ。勇者を退かせるなんてやるな風美……いつか正体を暴いてみせる!!と、良い感じに勘違いして快利はダッシュで逃げ出した。


「あっ……何やってるかなぁ……私。こんなんじゃいつまでも……はぁ」


 こうして彼の残念な価値観のせいで勝手に折れて行くフラグ多数、なお翌日から彼にはイジメ行為が無くなり平和にはなった。なら風美の方がハブられるのかと思えばそれも無かった。それは最後まで残っていたのが結局この二人だったので詳細を誰も知らないので放置しようと言うクラスで出した結論が事なかれ主義の極致の回答だっただけだった。


 そして結果的にクラスは平和になった。リア充も風美を含め暫くは大人しくなったし、さらに風の噂でこの高校で番長とか呼ばれていた人間までが大人しくなり、近隣の札付きの暴走族グループも一つ消えてしまったとか……。


 そんな事には気付かずに快利は今日も夕食の準備をしていた。今日はゴールドベヒーモスの肉を使ったハンバーグだ!!と、家族のためにハンバーグを捏ね出した。彼に『ざまぁ』の意識は皆無である。

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