第13話 バカはヒーローへ至る道をひた走る
朝特有のなんだか綺麗に感じる空気を胸いっぱいに吸い込んで、まだまだ目覚めきれない頭と眼を無理やり叩き起こす!
気合いを入れれば少しは眠気から解放された。
「おはよぉ善さま。」
「おはよう」
朝一番に出会うのはこの半年では必ず遠野さんだ。見慣れた彼女ではあるけれど、その可愛らしさには全く慣れる気がしない。
真面目な状態?モード?になると普段から少しつり目な目が更に鋭くなり、可愛いと言うよりも凛々しくなる彼女ではあるけれど、普段はそのちょっとつり目な所も含めて可愛い。
身長も少し低めであることもあるのだろうけど、なんだか妹とか、後輩とかそんな感じに思ってしまう。そんな年下ポジションの人が強がって目をつり上げてる。って感じがして、ホントに不思議と可愛い。
「どうかしたん?」
「いえいえ。なんでも?」
気さくに砕いた口調と、サラサラと流れる細く短い髪の毛を揺らして首を傾げる姿なんて誰もが得するものじゃないだろうか?
「ほな、行こか?」
「あい」
気さくな彼女から最初にお願いされた『砕けた口調』を意識していて、やっと敬語ではない口調で会話できるようになったけれど、まだまだ気さくとは言えないな。
遠野さんとの会話は楽しくてウキウキわくわくする。だから口調がもっと崩れれば―――――と昨日の仁さんと黒塚さんの様子を思い出す。
【エリクサー】が出てしまった後。
黒塚さんは俺に一通りの【エリクサー】について話を聞いた途端にスキップ?小躍り?をしながら部屋、と言うか屋敷を飛び出していってしまった。
仁さんからは困り顔の状態で謝られて、その後にこれでもかってくらい事情を聞いてきた。
といっても俺が答えられたのは『考えただけ』だと言うことと、『エリクサーを思い出した』こと。そして、『そんな薬が欲しい』と思ったことだけ。
まさか、『願った』だけで、何も手に持っていないのにそれを作れるとは思っていなかった。
仁さんが言うには『【変幻自在】が【空気】を【エリクサー】に変化させた』との事だった。
仁さんとしてもただの想像で、その場の状況ではそうとしか言えないって感じで、「信じられない」なんて口にしていた。
『しばらくは大人しくしてて下さい』
そんな言葉を残して放置され、仕方なく遠野さんとゲームで遊んだ。
『大人しく』ってことはヒーロー業もお休みなんだろうって、勝手に思ったのだけれど、間違っていたかな?
色々と考えながら朝の身支度を整えて、何時も食事をする部屋へと辿り着く。
遠野さんと、仁さんの護衛をしている榊さんは部屋の外で軽めの食事を摘まむらしく別れるのは何時もの事。
最後になった俺が座れば朝の挨拶、手を合わせてからいつも通り食事が始まる。
ここの人たちは静かに食事をする。
父ちゃん母ちゃんに、それから姉ちゃんがまだいた頃は想像できない静かな静かな食事の場は最初はとても居心地が悪かった。
我が家族はもうそれはそれは『うるさい』と言われてもおかしくないくらいに良く喋りながら食事をしていた。
口の中に物を詰めたまま喋るのは行儀が悪いため、素早く飲み込んで、次を口にするまでの時間で喋る。
そんな事をしていたものだから俺たち家族は皆良く噛まずに飲み込む癖があったりする。
そんな煩くも賑やかな食卓で育ってきた俺としては、無言の食事は結構しんどかった。
一度や二度とか、毎日だけどお昼だけ、とかなら、まぁ、特に気にする程の事でもないのだけれど。
ここでは毎日であり、毎食であるから、最初は本当に苦労しましたね~。
これまでの事を考えながら口と手を動かせば、相変わらず凄く美味しいご飯を食べ終わった。
「御馳走様でした。・・・・・さて、善吉くん。昨日の事で少し話をしたいので私の部屋まで付き合ってください。」
俺が食べ終わり、食後のお茶を楽しむこと数分後。少食の仁さんの奥様の真姫那さんと完全に娘となった葵さん。そして、大食いではあるけれど俺と同じく食事スピードが早い葵さんの奥さんであり旦那さんである春野くん。
順番に食べ終わって、最後に普通の量を普通のスピードで食べ終わった仁さんが手を合わせてから声をかけてきた。
そんな仁さんに連れられて仁さんの仕事部屋へとやって来た。
もう何度もここで『ヒーロー関係の話』をしているから見慣れているし、1人で迷わず来ることだって出来る!
だけど――――。
『仕事場』と言う感じの独特の空気を感じる。
どこの職場にもあった『事務所』。あそこにはちょっと重い空気を感じてしまう俺としては、中々慣れる事が出来ない。
更に近い感じがするのは『社長室』かな?
あの『重大な事をここで決めています』感がする空気が、ここにもあって――――。
「相変わらずここに来ると緊張するんですね?」
クスクスと笑う仁さんには品があって、余計にこの場に俺とは不釣り合いな空気がより濃くなった気がする。
「いやぁ・・・ハハ」
そんな仁さんへの返事には苦笑いしかお返しできなくて、気まずさから頬をポリポリ。
「さて、早速ですが本題に入ります。
昨日、善吉くんが作り出した【エリクサー】。あれから奏は徹夜で成分を分析したり、少量だけを動物に試験的に投与したりと、休むことなく動いたようで、朝には簡易的な報告が送られてきました。」
お、おぉ・・・・。すごいですね。黒塚さん。
あの怒涛の勢いで帰っていったまま、その勢いで仕事をしたってことだろうな。
元気が有り余っているようで何よりです。
「報告の内容は極簡単に一言でした。」
『わからない』
わからない・・・・?
それが報告?
「多分に未知の成分が含まれており、既存の成分はほんの一部である。また、既存の成分の中には『毒』と言えるものも含まれている。」
ど、毒!?
「今のは報告にあった文面の一部ですね。
そして、その効果についても書かれていました。」
毒が入ってたのに使ったって・・・。
「投与実験の相手はマウス。ネズミだね。
身体的に老いが始まった個体であり、運動能力が著しく低下しており、食事量もかなり少なく、命幾ばくもない個体。だったそうです。
が、運動能力、食事量も共に回復。まだまだ若い個体と遜色無い程に元気になったそうですよ。」
お、おぉ。
「毒が、入っていたのに・・・?」
「その点については彼女の考えが少しありましたね。
単体では毒であっても、毒と他の成分を共に摂取することで効果を逆転させているのではないか?と、ありました。」
「ほぉ~?良くわかりませんけど、いい感じになるってことですね?」
何それすごい。
「今話したのは『老い』に対しての効果ですね。これはどちらかと言えば『想定外の効果』だったそうです。
そして、本命である『病』に対してですが――――既存の病全般に効果あり。関知することが出来たようです。まだまだ簡易的な試験しかしていないそうで、症例の少ないもの何かには試せていないらしく、これから研究を進めていくそうです。
次に残念な報告もありました。」
あら。残念とな?
「まだ、『予想』でしかない。と言う感じではありますが、奏が言うには『高確率で【エリクサー】は人工的に作り出すことは出来ない』。『下手をすれば今解っていない成分すらも謎のまま』。になるかもしれないそうです。」
・・・・・・え?
それは不味いのでは?
「正直彼女も、そして私もこの結果は予想していませんでした。
もし、善吉くんが『解決した』と思っていては不味いと判断し、こうして説明させてもらいました。
『この世から病で苦しむ人を無くす』。
この計画はまだスタートすら出来ない状況です。ですので今後も善吉くんには協力してもらうことになるでしょう。
どういった薬を作ればいいのかは私と奏とで考え、それから善吉くんへ説明し、作成してもらう事になるでしょう。
その時はまたよろしくお願いします。」
「あ、い、いえ!こちらこそよろしくお願いします!」
仁さんが頭を下げるのは違う気がする・・・。
黒塚さんからの依頼?お願い?が始まりなのは間違いないけれど、俺の夢である『ヒーローになる
』に繋がっている事を考えたら、俺の方が頭を下げるのが正しいんじゃ?
「旦那さま。」
「ん?・・・あぁ。もう時間がないですね。美鈴くん。先に行って準備をお願いします。すぐに向かいます。」
「畏まりました。」
花斗夏さんと仁さんの襖越しの会話は何回見ても何故か感動してしまう。まるで、ドラマのワンシーンみたいな感じがして、感動とあとちょっとだけどそんな場に居る事に不思議と興奮してしまう。
「善吉くん。私はこれから少し出なければなりません。少しの間帰ってくることも出来ないでしょう。
思えばここ半年程は活動が多く、善吉くんも長期の休養はありませんでした。
丁度良い機会です。一週間―――ほどになるでしょうか?その間は好きに過ごしてください。
行きたい場所や、欲しいものがあれば春くんに相談して下さい。」
仁さんは言うだけ言うと普段より少しだけ体を早く動かして部屋から出ていってしまった。
「・・・・・・。久しぶりに買い物くらい行こうかな?」
「おぉ。早速行こう!」
・・・・・え?今から!?って言うか遠野さんいつの間に居たの!?
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