閑話 バカはバカなりに頑張った結果
私は幼い頃から1つの疑問を抱えていた。
卯木乃羽家としては『恥』と蔑まれるような事だと私は考えていた。
男の子と話をしていても共感は中々持てず、女の子と話せば花が咲き、成長をして行っても女の子には性的な興味は欠片も湧かず、逆に男の子からの気楽なボディタッチにドキマギする。
悩みを抱え、されど誰にも打ち明ける事も出来ず、私は中学を卒業。高校へと入学し、進路を決めなければならない時期になった。
そんな時に出会ったのが【
後から聞いた話では私と同じ様に苦悩の日々を誰にも打ち明けることなく過ごしていたある日の出会いだった。
出会いは誰も通らないような裏道。
そんな裏道には昔々には田畑が広がっていたであろう更地で、その辺りには今はなにもなくなっていて、夏には雑草が生い茂る。
今となっては珍しい空き地が広がる場所。
そんな場所で私は1人。何時も通りに手頃な石に腰を下ろし、ただただ流れる風と雲を感じ、眺める。
この場所では私は『僕』にならずに済み、気を張る必要もない。
学校でも、家でも。ただ町中を歩くときだって緩ませる事が出来ない緊張の糸。そんな糸を緩ませる時間が私には必要で、それが許されるのがこの誰も通らない裏道に広がる更地だった。
そんな時間を過ごしていた時だった。
「何してんの?」
ぶっきらぼうなその言葉遣い。だけど、その言葉遣いには不釣り合いな可愛らしい声で呼び掛けられ、私は私の世界から引き戻された。
振り返って見てみると私とはそう歳も変わらないだろう少女。
「・・・・・何、かしら?」
「?」
答えを返した次の瞬間に頭を過ったのは『失敗』の二文字。
気を抜いていたせいもあって、男の子らしい返答ではなかった。
いつもの私ならば「何が?」と返しただろう。でも、紡いだ言葉は心で浮かべた言葉そのまま。
不思議そうに首をかしげる可愛らしい少女は何を思っているのだろうか?そんな考えから私の顔色は相当に悪くなっていたようで、次いで掛けられた言葉は心配するものだった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。」
その場での会話はそれで終了。
少女がどんな風に思ったのかばかりが気になり、考えは悪い方向へとばかり転がっていく。それは止めることが出来ず、私はその場を逃げたしたのだった。
「もう帰るよ」の一言だけを残し、別れてから数日間。私は私の噂が上がっていないかばかり気にしていた。
『卯木乃羽 葵はオカマだ』。
そんな噂が広がるのを恐れ、名前もわからない少女を恐れるあまり私の唯一の憩いの場にも行けなかった。
もし、あそこにまた彼女が来たら?
その時に根掘り葉掘り聞かれるのではないか?
私の考えは私を追い込み。私の精神はたったの数日で限界が訪れてしまった。そして、私の足は私の意思とは関係なくあの場所に向かったのだった。
でも、それは私の人生において最も良い判断。英断と言って良いものだった。
「よっ!待ってたぜ。」
キラリと光を反射させるかの様に歯を見せながら笑う彼女からは、僅かも女性らしさを感じない。
それどころか、男の子らしい。
こんな子もいるんだ。と驚いたのを覚えている。
「早速だけどさ。たぶん君は俺と一緒だろ?」
「一緒?」
言われた内容に首をかしげる。
全く意味がわからなかった。何が『一緒』なのか?答えを返した後も頭の中では彼女の言う『一緒』を探し続けていた。
「俺さ。体は女なんだけど、心は男なんだよね。」
あっけらかんと、まるで天気の話をするように言った内容に目を見開いて驚いた。
男女が逆ではあるけれど、そうであるなら確かに彼女と私は『一緒』だ。当たり前に納得して、当たり前に聞き返した。どうしてかわからないけれど、ほんの少しの不安も、僅かな疑念も湧く事なく聞き返した。
「あなたもそうなの?」
っと。
それからの月日は楽しかった。本当に、本当に楽しかった。
普段の生活は窮屈なままで変わらなかった事は残念だけど、私の憩いの場は、より一層無くてはならないものになったし、最上、最高の癒しの場となっていた。
始めはぎこちなく、重苦しい話題で私たちの交流は始まった。お互いの環境や抱えていた悩み、問題をお互いに話した。
私たちにとって重大な事柄から始まったけれど、それは次第に何気ない日常の話へと変わっていった。
普段の生活の様子にお互いの趣味。お互いの共通の趣味の映画や私の趣味の読書、逆に彼女の趣味のゲームの話なんかもした。ゲームに関しては殆どわからなかったけれど、キラキラと輝いた子供みたいな眼で話す彼女はすごく楽しそうで、私も楽しかった。
そうして過ごしている内に私は、いえ、私たちは落ちてしまった。
それはストンと落ちるものではなく、転がるようにゆっくりと、だけど、止まる事なく、その勢いは次第に早くなっていってコロコロ、コロコロと転がるように落ちていった。
最終的にはゴロゴロなんて音を出していたかも?
そして、その落ちる勢いに押されるように、私と彼女、いえ、彼はお互いがお互い以外の人に話すことを決めた。
私たちがずっと秘密にしてきた事。誰にも話せずにいた事。
秘密。
それを打ち明ける勇気を落ちることで得ることが出来た。
そして、彼は自分の両親と弟さんに。
私は両親とお祖父ちゃんに。
それぞれが、それぞれの家族に打ち明けた。
その結果はと言うと、当然ながらお互いの家族は阿鼻叫喚と言って良い様子になりました。
私の父は頭を抱え、母は静かに涙を流し、お祖父ちゃんは私の秘密に気が付かなかった自分と両親に激怒してしまいました。
彼の家族も私の家族とは違う感じだった様だけど、阿鼻叫喚は変わらない感じと後から聞いて、お互いに苦笑したのは今となっては良い思い出だと思う。
そうして落ちた私たちは、落ちて落ちて、落ちた先で誓いを立てた。
ふざけていた気持ちもあったけれど、至極真面目にお互いが口を揃えて言葉を並べた。
『病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、愛し、敬い、慈しむ事を、誓います』
そうして、愛を知った。
あれから、数年。
変わる事なく私たちはお互いを大事にして、愛した。愛の力は変わらなかった。けれど、形は多少変わったと思う。
あの当時は燃え上がるような熱い熱い炎の様な、荒れ狂う海の様な、とても激しいものだったと思う。
でも、今はお互いがお互いに居ることが、支えることが、離れないことが当たり前になってきて形が変わってきた。
熱さはそのままに、激しさはそのままに、だけど、燃え上がることはなくて、荒れ狂う事はなくて、静かに燃えて、静かに渦巻いて、暖かくて、優しくて、だけどどこか切なくて、上手く表現できないけど、二人で居るのが当たり前になって、とても幸せな時間を過ごしている。
そんなある日にお父さんが連れて来た【
第一印象は『頼り無い』だった。
どこかポワポワした雰囲気で抜けていそうな感じがしたし、表情も『間抜け』と正直思った。
だけど、彼の心は綺麗だとわかった。
出逢ってすぐのお父さんが企画したデモンストレーションは衝撃的で、彼の力がどれだけ凄いか、嫌と言うほど理解できた。
そして、私の、私たちの問題も解決できる事を話されて、2度目の衝撃。そして、喜び。であれば良かったと思うけど、私は言い様のない『恐怖』を感じた。
『彼の目的は何?』
私が恐怖したのは善吉さんの目的が見えなかったこと。【ヒーロー】になるため。なんて冗談みたいな話を聞かされても恐怖は少しも薄まることはなかった。
そもそも、そんな子供みたいな理由を信じれない。
それでもお父さんが連れて来た人だ。何かしらの安心できる、信用できると判断して良い何かがあるのだと思って、一緒に過ごすのも我慢した。そうする内に芽生えた恐怖が薄まる事を期待したんだけど、そんな事にはならなくて、『誰にも秘密』だと言われたにも関わらず、我慢することが出来なかった。だから、最愛にして最大の理解者である春くんに相談した。
勿論始めは理解もされなかったし、信じてもらえなかった。だけど、私の恐怖だけは伝わったようで、電話口から「すぐにそっちに行く」と言われたときは胸が高鳴った。
電話したのは夜中に差し掛かろうとしていた時間。だと言うのに本当に直ぐにやって来た春くん。嬉しいような、困るような・・・・。
お父さんとお母さんの常識を説く苦情を聞きながら苦笑してしまったけれど、やっぱり嬉しかった。
それからはお父さんとお母さん、春くんも交えて私の不安を話した。
お母さんは直ぐに理解してくれた。だけど、直接見ていない春くんと、既に善吉さんとある程度付き合いがあったお父さんは中々理解できないようだったけど、お父さんからは時間を、春くんからは包容と安心を貰った。
それからは春くんと一緒に善吉さんを監視。もとい、観察することで善吉さんを理解し、私の不安を解消することを目的とする生活を送った。
観察していて分かったこと。
1つ。
極々普通の人だと言うこと。
2つ。
酷くお人好しで、誰にでも簡単に力を使うこと。
3つ。
頭がよろしくないこと。
たった3つ。
たった3つだけど、その3つだけで私は恐怖したこと自体をバカらしく感じるようになってしまった。
そして、善吉さんの力に驚き、憧れ、羨望した春くんも私と変わらない思いに辿り着いた。
そうして覚悟を決めることが出来、完璧に性別を変えると言う奇跡を無事、体験することが出来た。
ついでだからとお父さんが春くんのこともお願いしてくれて、二人ともが心と体を一致させることが出来たのはとても嬉しかった。
これから私たちは普通の幸せを体験していく。
でも、感謝し、恩返しすることも忘れない。
「ヒーローなんだから、お礼はいらない」
何て言った善吉さんに私は憤慨。
絶対にお礼をしてやると奮起している横から。
「そんな言い訳通じるかよ」
春くんはとても厭らしい笑顔でそう返していた。
その顔を見た私は表情が変わって・・・・・。
きっと、春くんと同じ様に笑っていたと思う。
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