第9話 バカはバカなりに頑張る
卯木乃羽さんの案内で辿り着いたのはお庭。うん。それはもう見事なまでにお庭。
実に見事なお庭です。
こんなの昔々にテレビでしか見たことがありません。
池に木に岩に砂利。
確か・・・・・・・・・なんだっけ?にわ、にわ、違う。庭の他の読み方・・・・・・・・・・・・て、い?てい!そうだ、庭園!おぉ。思い出せた。頑張れば出来るじゃないか俺の頭!
そして、場違い・・・・とは言えないのかな?日本らしいお庭に、にわとりが2匹。
あ、違う。2羽!
トサカが有るのがオス、だよね?確か。なので、オスが1羽とメスが1羽。それらがそれぞれ大きめの籠に入れられいる。
そして榊さんと・・・・・・は、はな?・・・・・・あっ!花斗夏さん!
お、思い出せた~。やっぱ一片に名前覚えるのは辛い・・・・。
「「おはようございます。」」
「「「「「おはようございます」」」」」
向こうからの挨拶に俺、卯木乃羽さん家族3人と、途中で合流した遠野さんで挨拶を返す。
そして、嫌でも目につくもうひとつの存在。
榊さんと花斗夏さんが立っている間にある不自然な布が1枚。何かを隠すように広げられたそれは、俺がお願いしたモノだと予想できた。
「申し訳ありません。思いの外時間がかかってしまい、日を跨いでの報告となってしまいました。」
昨日の夕方を少し過ぎた辺りで卯木乃羽さんがお願いした実験用の動物。それが手配でき、この屋敷に運ばれたのは夜中の事らしい。
当然ながら夜中では寝てしまっていた卯木乃羽さん。報告を受けたのが朝一であったそうだ。
「構いませんよ。『大至急』、とは言いましたが、時間に猶予が無かった訳ではなかったのでね。ただ、私が急いてしまっただけです。ご苦労様でした。」
ニコリと笑いながら労う卯木乃羽さんへと深々と頭を下げる花斗夏さん。
本当に気にしていない感じの卯木乃羽さんは早速俺へと視線を向け、この後の段取りを確認してくる。その際の声音にも全く異常が無いから、ホントのホントに気にしていないのだろう。
「先ずは『死体』で実験ですよね?・・・・大丈夫ですか?」
正直大丈夫じゃないけど、昨日卯木乃羽さんと話して覚悟は決めたつもり。大丈夫じゃなくたって大丈夫だと思うし、思ってやるし、言ってやる・・・・!
「大丈夫です。」
「・・・・・わかりました。では、よろしくお願いします。
真姫那、葵、二人とも今から動物の死体を使った実験を行います。『死体を見る』と言うのは中々に辛い事です。無理せずこの場離れて良いですよ。・・・・・っと、普段ならば言うところですが、事は私たち家族の為の行いです。目を逸らすことは許しません。
・・・・・良いですね?葵。」
っ!?
あ、あの時の卯木乃羽さんだ。
一番最初に出会ったときの卯木乃羽さん。普段が優し気で柔らかい雰囲気をしているから余計にくる。迫力、圧力、何かそう言う感じの重い空気を放っている。
「えぇ。わかっていますよ。」
「わ、わかったわよ。」
奥様と娘さんとそれぞれが返事を返し、それらに1つ頷くと榊さんへと視線を向ける。
その視線を受けた榊さんが足元の布を取る。
そこにはショッキングな光景、と言うほどのモノはなかった。別に大量に血が出ているわけではなかったし、それどころか血の一滴も見えなかった。
でも、そのにわとりからは確かに『生』を感じることは出来なかった。
だらりと横たえるその姿はなにか作り物のような感じすらする。でも、そこには作り物には無い何か。よくわからない何か善くないモノが渦巻いている様に感じる。
俺はその光景を見て、口の中がカラカラに渇いたような感じた。だけど、同時に盛大に唾を飲み込んだ。
渇きを感じるのに大量に唾を飲む。
そんな矛盾した状態は、これから俺が行うことも同じ。
誰かを助けるために、命を奪う。
実際には俺が奪うわけでは無いし、既に奪われているのだけど、そんなのはちっとも言い訳にも慰めにも成らなかった。
今更ながら後悔しようとする気持ちを必死に言い聞かせて、足を動かした。
「葵。君がそんな離れたところにいるのは許されませんよ?近くに行ってせめて手を合わせるくらいの供養はしなさい。」
気がつけば俺はにわとりの死体のすぐ近く、あと一歩と言うところまで近づき、卯木乃羽さん夫婦も俺の半歩ほど後ろに付いてきていた。
だけど、葵さんは少しだけ離れた所。さっきまで俺らがいた所から動かず・・・・いや、たぶん動けずに足を震わせていた。
「早く来なさい。葵。貴女の為に捧げられた命で、これからやってもらう事は貴女の為にすることよ。それとも・・・・貴女の覚悟はその程度だった、と言うことかしら?
一応別の方法もあるけれど、もし今逃げるのなら、善吉さんにお願いするのは無しにしてもらうわ。」
卯木乃羽さんも奥様も言葉は強烈で、娘さんである葵さんはその言葉一つ一つに傷付いているように見える。
でも、いつの間にか卯木乃羽さんが放っていたあの重苦しい空気はもう無くなっていて、葵さんは気が付いていないようだけど、二人とも心配そうに娘を見ている。
何となく昔を思い出す。
俺の場合はこんな『命の重さ』を実感させる様な、目の当たりにさせるような重大な事ではなかったけど。
父ちゃんと母ちゃんから「無理をしてでも今は頑張れ」と教えてもらったことがある。
懐かしさと今はもう味わうことが出来ない寂しさを感じて、羨ましさと応援する気持ちで俺も葵さんがどうするのか。どう選択するのかを待った。
それ以上二人から声をかけることは無くて、5分?10分?たったの数分が凄く長く感じる中で、葵さんが動いた。
ゆっくりではあったし、深呼吸をしようとしているのに全然整う気配がない呼吸のまま。
此方に歩いてきた。
「誰かに犠牲を強いることで叶える夢なんてろくなものではない。じゃが、誰かを犠牲にする覚悟が必要なのもまた、『夢』には必要なもの。全くこの世界はままならんものじゃ。」
え?誰っすか!?
「お祖父様?」
お祖父様?ってことは・・・・・。
「父さん。」「お義父様。」
だよね。
「中々に酷なことをしよるのお?仁?」
「貴方には言われたくありませんね?」
え?何故にバチバチ?親子だよね?
「真姫那さん。久し振りじゃな。」
「えぇ。ご無沙汰しております。」
あ、こっちの方が仲良さそう。不思議でございます。
実の親子は仲が悪い?何か喧嘩でもしているのだろうか?
「葵。辛い選択をするその覚悟。見事じゃ。流石ワシの子じゃ!」
「貴方の子じゃありません。私の子です。」
「相も変わらず細かいのう。お前の子にはワシの血も流れておるんじゃ。つまり、ワシの子でもある!」
「普通に『孫』と言えば良いでしょう?そんな所に拘るから変人などと呼ばれるんですよ。」
どうやら変人らしいお爺さん。
突然の出現にどうしたらいいのかわからない。
なるようになるかと流されるままにやりとりを眺め、頭が空っぽに・・・・元々空っぽに近いけど、そうじゃなくて真っ白?になったときに声をかけられた。
「して、こやつが件の小僧か?」
「小僧とは・・・貴方より、そして私より、この世界の誰よりも重要な人物ですよ?」
「ふん!お前が認めていようがどうだろうがまだワシは何も見ておらんし、この小僧とは言葉も交わしておらん。評価する方がどうかしとるわ。」
「はぁ。まぁ、良いです。
善吉くん、こちらは私の父で【
中断してしまって申し訳ないですが、始めましょう。」
不満そうにするお爺さんへと「よろしくお願いします」て頭を下げ、向こうも軽く頷いてくれたのを確認してからもう一度にわとりの死体に向き直った。
1度手を合わせてから体に触る。
その感触は不気味に思えるほど冷たく固い。体毛の柔らかさも体の固さを余計に際立たせているようで、寒くもないのに体が震えてくる。
今この死んでしまっているにわとりはメス。
トサカがない事でオスだと思ってはいたけど、バカな俺の記憶違い、勘違いの可能性は大いにあったので一番傍に居る榊さんと花斗夏さんの方に顔を向け訊ねる。
「何を当たり前なことを?」などと言われてしまうかもと恐れていたけど、そんな顔1つ(花斗夏さんは無表情の澄まし顔なのでハッキリとはわからないけど)答えを返してくれた。
しかも、二人でお互いに確認した上で答えてくれたことに俺も確信をこれ以上無い程に持つことが出来た。ありがたい。
イメージするのはメスからオスへと変わる事。
死んでしまってはいるが、自分を除いて生き物に対して【変幻自在】を使うことに不安はある。
だけど、卯木乃羽さんの色んな言葉と、自分がなりたいヒーローの為と、何よりこれから助ける、助かる誰かのためにと死んでしまった命に感謝をしながら【変幻自在】を使った。
変化は物に対して使ったときとは全然違っていた。
物に対して使ったときは手が触れている部分から徐々に変化していく。それが、普通でそう言うモノだと勝手に思っていたんだけど、生き物に使った今回は、触れている部分から少しずつ光っていった。
光る。と言ってもほんわか光っていて、日当たりや光の加減でもしかしたら気が付かないくらいの薄く優しい感じの光。
その光が全体へと満遍なく行き届くと、少しだけ光が強くなり、眩しいわけではないのににわとりの体が見えなくなった。
それは1秒くらいの本当に少しの時間で消えて、その後は光も電池が切れるように消えてしまった。
一連の光景が終わるとメスはオスへと変わっていた。何もなかったはずの所に、見間違いを疑いたくなるくらいに立派なトサカが存在していた。
「取り敢えずは、成功、ですね。・・・・予想はしていましたが、こうもあっさりと・・・。一応中も確認しましようか。」
な、中?中って・・・・。
「では、僭越ながらわたくしが・・・。失礼します。」
花斗夏さんが一言断りを入れ、取り出した物はナイフ。・・・・それで、何を?
上に被せていた布を、今度は下に敷き、その上にオスへと変わったにわとりを置く。何の躊躇いもなくスルスルとナイフを動かし、赤い液体を流す。
想像したよりは少ないそれ。だけど、何かが切られるのを初めて見る俺としては、強烈な吐き気が襲ってきていて、花斗夏さんが話す事を聞く余裕が無い。
「予めある程度の血抜きはしておいたので、多少の出血はこの布で大丈夫でしょう。」
「・・・・どうですか?」
「見事に、『オス』ですね。持ってきたときは確かにメスでしたので、本当に変わった、と言うことで間違いないかと思われます。」
「よし。これで1つ実験終了ですね。」
吐き気を堪えるのに必死な中で、卯木乃羽さんの嬉しそうな笑顔に驚く。
この解体の最中に笑える事が不思議です。
「ダイジョブか?」
「な、なんとか。」
声をかけてくれた榊さんに返事を返し、申し訳ないと思いつつ、吐き気の元を視界から外す。
外した先に見えたのは青い顔を通り越し、血の気が完全に失せ、白と言えるまでに顔色を変えた葵さんだった。
その葵さんの肩と背中に手をやり、優しく介抱する奥様。その姿に母ちゃんを思い出してしまいう。
もう母親が恋しいと言って恥ずかしくない歳は、とっくの昔に過ぎている。だけど、やっぱり二度と会えないから、寂しいと思うのは仕方ないよね?
「がんばる」
「ん?何だって?」
溢れた心の声は自分に言い聞かせるための声。囁くように呟いた言葉は近くに居た榊さんにギリギリ届いたみたいだ。
ハッキリとは聞こえていないみたいだから「何でもない」と誤魔化し、次のやることに目を向けた。
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