第7話 バカはバカでも使える馬鹿②
不意打ち過ぎる。
「ん?どうかしましたか?」
「ぃぇ。・・・・・(深呼吸)・・・・。大丈夫です。何でもないです。」
流石にこの歳になって・・・・2・・・5。そう、25歳にもなって、人前で泣くのは恥ずかしい。
溢れそうになるものを堪える。
「大丈夫、なんですね?」
「はい。・・・・少し、ショックが強かった見たいで、声が出ませんでした。」
誤魔化してはみたけど、たぶん気が付かれてる。少なくも本当の理由じゃないことくらいはわかってる顔だ。
「さて、では、今の私の考えを聞いてもらった上で、もう一度訊きます。『動物実験』、どうしますか?」
正直な気持ちを言えば、どんな話を聞いたって『やりたくない』。それが俺の答えだ。
でも、
「もし、ここでやらなかった場合、どうなりますか?」
わからないことは訊く。
折角訊いても良い、頼って良いと言ってくれる人が居るんだから。
そんな俺の問い掛けに、何故かふと笑い、返事を返してくれた。
「今回だけの話を楽観的に考えると、特に影響は出ません。
『性別を変える』と言うのは命に直結しませんから。ですが、より深く考えると、性別に悩む人が自殺してしまう。そんな可能性は秘めています。
もっと、広い範囲で言うなら、今後全く別の結果を求める時、同じ様に実験が必要になる事もあるでしょう。
果たして、その時、君はどうするんでしょうか?状況が違うとしても、1度躊躇った経験がその時にどの様に影響を与えるか・・・・もしかしたら、また、躊躇い。その時こそ人の命を失ってしまう。そんな可能性もあると思っています。」
うん。有り得そうだ。
別に逃げる事は悪い事とかじゃないと思うけど・・・・俺の場合は逃げて良いとは、ちょっと思えない。チートがあるんだから。
それに、今のこの経緯や事情は逃げても良いとは大きな声では言えない。
解決出来ることは、解決するべきだ。
なんてったって俺はヒーローを目指しているんだ。ヒーローが誰かを、何かを助けるのに躊躇していたら、助かる人も、助かる命も、無くなってしまう。
「先に、少し、試したいことがあります。」
「ほぉ?それはどんなことですか?」
「・・・・死体は準備できませんか?」
「!」
「勿論人間の死体じゃなくて、動物の、ですけど。」
これも、かなり酷いことだ。
実験のために眠りに着いた命を汚すような行いだと思う。でも、俺が出来る、俺が考えられる最善の方法。
「なるほど。実験のための実験、ですね?
良いでしょう。準備させます。」
「ありがとうございます。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいま戻りました。」
話が一段落し、気にはなってたけど、すっかり忘れてた我が家の退去の話。
相変わらず俺の脳みそはバカな様ですね。
卯木乃羽さんから話をされるまで完全に忘れてました。
そんな俺は、今後ここに住むように完全、完璧に説得されてしまった。理由は正体を隠すためで、ゆくゆくはどうにかするから当面の間は極力街中を歩くのも控えるように言われてしまった。
そんなちょっと不便になりそうな生活を思っていると、女性の声がふすま越しにかけられた。
初めて聞く声である。
「入って構いませんよ。」
「失礼します。」
入ってきたのは榊さんと同じスーツ姿の女性。ボディーガード?なのに、と言って良いのかわからないけど、全体的に細身。どことは言えない場所も細い人。
ベリーショートの髪と、つり上がった目はちょっと男性っぽい感じを受け、頼もしい感じもする人だった。
「荷物の運搬が終了しました。」
「ご苦労様です。早かったですね?」
荷物・・・・?もしかして、俺の部屋の荷物かな?
「荷物も多くなく、すんなりと運び出せましたので。」
あ、やっぱ俺の荷物の話だ。ありがとうございます。
「善吉くん。この子は榊くんと同じくこの家で雇っているボディーガードで、【
本当は同姓である榊くんにお願いしようと思っていたのですが、色々あって彼女に君の警護をお願いすることになりました。
よろしくしてあげてください。」
「け、警護?」
「善吉さま。どうぞ、よろしくお願いします。」
え?決定?
「君の身の安全は重要なのでね。女性ではあるけど、中々に彼女は強い。私も安心できます。
さて、春くん。善吉くんを部屋まで案内してあげてくれますか?
善吉くんは部屋を確認して、荷物の確認もお願いします。万が一運び忘れているものがあったら、春くんにすぐに報告してください。
その間に食事の準備をさせるから、確認できたらまたここに戻ってきて下さい。」
「承知しました。」
「わ、わかりました。」
「では、善吉さま、こちらです。」
遠野さんの案内に従って部屋を出て、廊下を進む。
同じ建物の中を移動するのに数分もかかるってどういう事なのだろうか?
遠野さんの細い後ろ姿を何となく眺めながら歩く。
それにして、昨日と今日だけで名前を覚える必要がある人がいっぱいだ。・・・・・全く覚える自信がないんだけど・・・。
「善吉さま。此方です。」
幾つかの曲がり角を曲がって辿り着いた部屋。
襖ではなく、普通の木製ドアだ。
うん。俺、絶対迷う。自信があります!
「?どうぞ?」
「あ、はい。すみません。」
ドアを開けて部屋に入ってみる。うん。普通に俺の家より広い。
「あれ?テレビ?」
「善吉さまのお部屋にテレビがありませんでしたので、こちらで用意させてもらいました。それからパソコンも準備しました。」
えぇ~。
すんごく悪い気が・・・・・。
「えっと、すみません。わざわざありがとうございます。」
「私たちには気を使わず、何なりと申してください。」
・・・・・・。そう言われても・・・・。
ま、まぁ、さっさと確認して戻ろう、かな?
女の人と二人っきりで部屋にいるなんて落ち着かないし。
うん。全部ある。確認終了。
所要時間1分。
そもそも、父ちゃんたちの仏壇さえあればあとは問題ないんだよね。
手を合わせとこう。
色々報告もあるし?
ヨシッ。
「あ、あれ?」
「私も手を合わせて良いでしょうか?
これからは善吉さまにお世話になるので。」
いや、お世話になるのは俺の方だと思うのですが・・・・?
「え、えぇ。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ちょっと嬉しかった。
俺以外の誰かが手を合わせてくれるのは随分と久しぶり・・・・。
「では、戻られますか?」
「そうですね。・・・・案内をお願いします。」
遠野さんの案内で、元の部屋へと戻ると既に食事が並べられていて、どこの高級旅館ですか?って感じの見た目に恐れながら座る。
遠慮せずにどうぞと言われても、遠慮してしまう。・・・・・なんて考えれたのは食事前まで。
実際に口に入れてからは馬鹿みたいに箸を進めた。元からバカだけど!
メッチャ美味しかった。
美味し過ぎて、遠慮を考える余裕が無かった。遠慮が出てきたのはもう殆んどのお皿が空っぽになってからだった。
そうこうしてる内に夜も深くなっていく。
「どうやら今日はもう休んだ方が良いようですね。実験は明日にしましょう。」
そんな事を卯木乃羽さんは言い残し、部屋を出ていった。俺も自室となった部屋へと戻る。遠野さんの案内付き。
部屋に戻り、いつもの布団を敷き、眠る体制へ。
実験か。
少し重たい気持ちで、目を閉じる。
だけど、色々な事を考えてしまって眠れない。どうするかと何となく視線を動かすと、遠野さんと目が合った。
・・・・・・・・・え??
「えっと、な、何故まだ居るんでしょうか??」
「警護ですので。」
えぇ~。
「寝て良いですよ?」
「そうですか?では、失礼します。」
「って、何処に寝てるんですか!?」
なんでそのまま横になるの!?
「私は善吉さまの警護ですので、善吉さまから離れるわけにはいきません。」
そんな馬鹿な!?あ、バカは俺か。
じゃなくて!
「いやいやいや、流石にバカな俺でも、男と女が同じ部屋で寝るのが不味いのはわかりますよ。しかも、布団もないですし。」
「・・・・・。ん~。ちょっと面倒になってきた。」
「え??」
突然ですね?何がでしょうか?
「善吉さま。二人の時は普通に喋ってもええかな?ウチ、敬語とか苦手なんよ。警護は得意やけどな!」
あっ、そうなんですか。
「あ、あれ?ウチなりの渾身のギャグやってんけど・・・・。」
ギャグ・・・・・・?あ、あぁ。
「なるほど。敬語と警護で、ってことですね?」
「善吉さまってボケ殺し?スルーされたボケを拾うって鬼畜やわ~。」
「ご、ごめんなさい。」
「ま、ええけどな!
それよりも、や。このままでもええかどうか、教えてほしいねんけど?」
別に問題ない。それにどちらかと言えば今の砕けた話し方の方がありがたい。
遠野さんは目付きが少しきつめで、キリッとした雰囲気をしている。短い髪の毛もあって、男らしくも感じ、凄く格好いい。
なんだけど、同じ部屋で過ごすのは正直なところちょっと辛い。
だけど、今の砕けたしゃべり方をし始めてから、目元のきつさが若干緩んでいて、雰囲気も柔らかくなっている。
警護って、たぶん四六時中一緒にいるんだろうから、柔らかい雰囲気の遠野さんの方がありがたい。
「別に問題ありません。」ってのと、「雰囲気が柔らかくなるから良いですね。」ってのを合わせてお伝えした。
そんな俺の返事に、「ありがと。」とハニカミつつお礼を言う遠野さん。第一印象がキリッとした感じだったせいかもしれないけど、そのハニカミが凄く可愛く見えてドキドキ。
慌てて話を戻す。
「と言うわけで、別の部屋でちゃんと寝てください。」
睡眠って大事なんです。
「え~。何ならお姉さんが一緒に寝てあげようって思ってるのに、追い出すの?」
何だこの人!?
第一印象と色々違いすぎるんですが!?
「か、勘弁してください。」
何故か渋々という感じで出て行ってくれた。可愛らしく舌打ちした音が聞こえたけど、苦笑するしか返事ができませんでした。
「寂しゅうなったら呼んでな~。」
もう本当に勘弁してください。
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