第6話 バカはバカでも使える馬鹿


「じゃ、じゃあ始めます」


 目隠しどころか耳栓までさせられ、更に何処からか持ってきた縄でベッドに固定され、トドメに口まで塞がれた男性。



「んーんー」と身をよじり必死に抵抗しているのを見ると酷く申し訳なくなる。


 俺が助けようとした人。

 困っている人。その④。

 だった人。


 右手と左足が完全に無く、右足も膝までしかない。しかも、体は全体的に細い。ギリギリで細いと言える程度にしか肉がついていない。見る人が違えば『ガリガリ』と言われてしまうかもしれない男性。俺の率直な感想で言えば『やつれた人』。

その名を【卯木乃羽うきのわ たくみ】さん。


 その手足の状態と、あまりの体の細さに内心驚いているところに名前を言われていて2度目のビックリ。

【卯木乃羽】ってと、卯木乃羽さんを凝視したら、苦笑が返ってきて、「詳しいことは後で」とのこと。


 取り敢えず後で話してくれる事に納得して、両手を翳して【治癒】を発動。


 先ずは半分だけ無事な右足から。


 改めて使った【治癒】はすごかった。


 何となく『生えてくる』イメージで使い始めた【治癒】は、無くなったはずの脚を、少しずつ少しずつではあったが、


 その光景に周りが驚いた。当然俺も驚く。

 そのせいで集中が切れてしまった。

 前に試したときも何度かあったけど、翳した手から【治癒】の光が止まってしまった。

 たぶん集中が切れる事で【治癒】が止まってしまうのかな?


 右足は、本当に少しだけだけど、薄いピンク色で生えていた。


 緊張と嬉しさが込み上げてきて、「ゴクリ」と喉がなる。静かな部屋の中で、その音は凄く響いた。

 だけど、その音が大きく聞こえたお陰で我に返り、慌てて【治癒】を再発動。


 いったいどれだけ【治癒】を使い続ければ良いのかわからない。予想も難しいくらいにしか進まない治療に気持ちが焦り始めるが、焦っても生えてくるスピードは全く変わることが無い。やっとすねが半分くらい生えてきたところで肩を掴まれ、またまたビックリ。思わず【治癒】を止めてしまった。


「善吉くん!・・・・・中止です。」


 卯木乃羽さんは俺の名前を呼びながら肩を掴み、何故か止めるように言う。


 意味がわからず、「何故」と問い掛ける前に榊さんが話を始めた。


「衰弱が激しい。これ以上は無理だ。」


 その言葉を聞き、ベッドに横たえる人を見ると、先程まで身を捩っていたのが嘘のように大人しく、そして、息遣いが酷く荒れていた。


「無くなった手足を生やす。とても素晴らしく、奇跡の様な力ですが、流石にその反動まではどうしようありません、ね。」


 よくよく見てみると元から細い体が、更に細くなり、頬はげっそりとやつれていた。


「どうやら血肉、それにたぶん骨もでしょうが、それらを体中から集めて生やしている様ですね。」


「驚きを通り越して言葉もありません。」


「ええ。正しく『神の奇跡』と言えるものです。それ故に、やはり善吉くんの身は隠し通さなくては、危険ですね・・・・・。」


【治癒】って『効果は弱い』って言ってなかったっけ?・・・・・どこが?


 いくらバカな俺でも、現代医学で手足を生やすなんて出来ないのはわかる。


「いいですか、善吉くん。絶対に力を持っていることを誰かに知られてはなりません。

 絶対に、です。良いですね?」


 念を押して言ってくる卯木乃羽さん。両の肩に置かれた手は痛いくらいに力が入っている。あ、本当に痛い!


「わ、わかりました!」


「榊くん。善吉くんを連れ帰ってください。それから善吉くんの家の退去を進めてください。荷物は・・・・今日中に運べますか?」


「荷物の量を見てみないとハッキリとは言えませんが、恐らくは問題ないと思います。」


「では、よろしくお願いします。私は少しここに残って、この鹿に事情を説明してから帰ります。」


 あ、あれ?何かトントン拍子に話が進んでるけど・・・・た、退去? 


「わかりました。仁さんの警護に遠野を置いていきます。くれぐれもご注意を。」


「わかっています。」


 え?え??


「ほら、いくぞ。」


「え??ちょ、ど、どういう事ですか?」


 俺の背中を押し、「後だ、後」とさっさと移動しようとする榊さんによって俺は強制的に退場。車へとほぼ無理矢理に乗せられ、卯木乃羽さんの屋敷へと帰ってきた。


 車の中で事情説明を求めたが、「後で仁さんが説明する」の一点張りで、何も説明してくれない榊さん。

 仕事柄仕方ないのかもしれないけど、何だか冷たい。


 お屋敷に着いてからは、全部が木、たぶん檜?とかで出来たお風呂に案内され、サッパリした。


 お風呂はとても広くて伸び伸びと入ることが出来た。絶対にお金のかかった高級なお風呂のはずなのに、何故お風呂場ではこんなにリラックス出来るんだろうか?


 高級な部屋だと落ち着かないし、ビクビクしてしまうのに不思議だ。


 心地よく温まった体でお風呂からあがって気が付いた。

 サッパリしたけど着替えがないよ?と、思ったら新品の下着と甚平とか言う物が準備されていた。


 甚平初体験だ。

 初めて着るものなのに、とても着なれた感じがするのは何故だろうか?日本人だから?とても不思議な感覚。


「良くお似合いで御座います。」


「(ビク)っ!?」


 誰!?!?


「ご当主様がお帰りです。此方へどうぞ。」


 え!本当に誰ですか?


 って言うか何時の間に脱衣所まで入ってきたの!?・・・・最初から居た訳じゃないよね!?俺の裸見た訳じゃないよね!?バカでも恥ずかしさは有るんだよ!!


「・・・?あぁ。申し遅れました。わたくしは卯木乃羽家に仕えています使用人の【花斗夏はなとか 美鈴みすず】と申します。以後お見知りおき下さいませ。」


「あ、どうもご丁寧に・・・・。えっと、【澤田善吉】です。・・・・ヒーローを目指してます。よろくしおねがいします。」


 姿勢がめっちゃ綺麗。自己紹介と同時にしたお辞儀なんて、俺が出会っていい人なのか疑問に思えてしまうくらい綺麗だった。顔もスタイルも凄く綺麗だから余計にそう思ってしまう。

 近寄りがたくもあるけど・・・・。表情も、なんか、無い。って感じ。


「ヒーローを目指すならばもう少し体を鍛えた方が宜しいかと・・・。では、改めて此方へ。」


「へ?・・・・え!?ちょ、ちょっと待ってください!!」


 いや、これ絶対裸見られてるよね!?


「どうぞ」


 何でそんなに無表情なんですか!?!?

 ねぇ!?お姉さん!!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、あの。見ましたよね?」


「何をでしょ?」


 そんなやり取りを、少し年上の綺麗なお姉さんとする。沈黙を挟みつつも何度も繰り返して、やっと半分くらい。


「絶対見ちゃいましたよね?」


「ご安心ください。」


「何を!?」


 ってな感じのやり取りを綺麗なお姉さんとする。沈黙を挟みつつこれまた何度もして、やっと辿り着いた。


 このお屋敷広すぎ、です!


 何だか疲れた。


「此方です。」


「あ、ありがとう?ございます。」


 座って襖を開ける昔々にテレビでしか見たことのないその作法に感動。本当にこの人は綺麗に動く。

 今も正座したまま俺が入るのを待っているんだろう。頭を下げたまま微動だにしない姿勢に拍手を送りたい気分。


あ、以外と髪の毛長いのかな?後ろで結ってある。


 思わぬ発見に一瞬脚が止まりかけたけど、何時までも部屋に入らなかったらたぶん花斗夏さんはこの姿勢のままなんだろう。綺麗であっても辛いかもしれないし、さっさと入ります。


 部屋に入ると、卯木乃羽さんが待っていた。

 座るように手振りで進めてくる卯木乃羽さんも動きが綺麗で、更に男なのに綺麗と言える顔立ち。合わせて超美形。


 ここには美形しか居ないのかな?


 俺が座るとほぼ同時に、横からお茶がテーブルに置かれた。

 何時の間にお茶なんて準備したんですか?花斗夏さん?


 お茶を出し終えたらスルスルと部屋から退出する花斗夏さんを俺と卯木乃羽さんが横目で見送り、完全に部屋から居なくなる。

 卯木乃羽さんがお茶を飲むので、俺も合わせて一口頂く。・・・・美味しいです。


「先ずはお疲れさま。と言わせてもらいます。それから、ありがとうございました。

 あの男、彼は私の従弟いとこ。名前はさっきも言いましたが【卯木乃羽 巧】と言います。」


「従弟・・・・。なるほど。」


 それで同じ苗字なのか。


「さて、今回使用したのは【治癒】で間違いありませんか?」


「あ、はい。そうです。」


「なるほど・・・・。治療は今後またお願いしたいと思っています。が、衰弱が激しく、時間を置く必要があります。彼の準備が整い次第またお願いできますか?」


 まだ治っていないのだから当たり前の事だ。

「勿論」と返事を返せば安心したようにニコリと笑い、お礼を口にする卯木乃羽さん。・・・・凄くおもてになるんだろうなぁ。男の俺から見てもイケメンで、凄く優しそうな感じがするし、女の人は夢中になるんじゃないだろうか?


「さて、もう1つ重要なことを聞きたいのですが、今回【治癒】を使う際、どのようなイメージで行いましたか?」


「えっと、普通に脚が生えてくるようにイメージしていました。」


 俺の返事を聞くと顎に手を当て、考えるしぐさをする。嫉妬も湧かない程に様になっているその姿に拍手を。


「もう少し教えてください。

『脚が生えてくるように』と言いましたが、善吉くんは医学をどれ程理解していますか?」


 え?そんなの全然に決まってます。バカなので。


「全く、といって良いくらいに知りません。」


「なるほど。・・・・少し勘違いしていたようですね。・・・・最初に気が付くべきでした。善吉くんはダイヤモンドの成分をご存じですか?」


「いえ、知りません。」


 バカなので。


「やはり、そうですか。」


 ?どういうことでしょうか?


 また考える素振りをする卯木乃羽さんを見て、首を傾げる。が、考えに夢中なのか気が付いてくれない。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


「失礼します。」


 一言口にすると、「パンパン」と手を叩く卯木乃羽さんをまた疑問を込めて見る。でも、またもやスルー。


「お呼びで御座いますか?」


「美鈴くん。大至急、性別の確認をしやすい動物を1匹用意して下さい。」


「承知致しました。」


 襖を隔てた会話が終わり、来たとき同様に音もなく離れていく花斗夏さん。


「もしかしたら・・・いえ、ほぼ間違いなく善吉くんの力は私が思っていたよりも、そして、君が思っているよりも優秀で、強力な力の様ですね。」


「どういう事ですか?」


「善吉くんは初めて会ったとき、私が訊いた『性別を変えることが出来るのか?』に対して、『出来るらしい』と答え、『今は無理』とも答えました。」


 うん。まぁ、そんな感じの話はした。


「『今は無理』と答えた理由が『想像できない』でした。私はこの時『イメージが明確である必要がある』と考えました。たぶん善吉くんもそう思っているはずです。

 ですが、君は成分などの詳しいことを知らずに『ダイヤモンドに変える』と言う事をイメージして、成功させました。

 巧の時の治療も、詳しいことを考えること無くただ『脚が生える』事をイメージして成功させました。


 これらの事を考えると、善吉くんの力はただ『結果をイメージ』すれば事足りる。と言えます。」


 えっ、と?


「つまり?」


「君はただ、願えばその力は使える。と言う事です。」


 え?それ、凄くチートっぽい!


 ・・・・・いや、元々チート屋で手に入れたんだからチートなのか。


「・・・・少し待ちましょう。美鈴くんが戻ってきたら実際に試してくれますか?」


「えっと、動物の性別を変える。と言うことですか?」


 それって・・・・。


「まぁ、隠さずに言えば『動物実験』。ですね。上手くいけば戻す事で問題はないと思いますが、失敗したときに、その動物がどうなるのか、想像はできません。ですが、人間相手にいきなり実践するよりもいくらかましだと思いますよ?」


 ・・・・・確かに、そうなんだけど・・・。

 でも、可哀想だ。


「古来より、人は少なくない動物を犠牲にしてきました。その結果が今のこの世界です。

 普段は誰もそんなことは意識していません。そもそも、そんな事実を知らない人の方が多いでしょうし、知ろうともしていない。

 ですが、事実は事実。

 人が誇る多くの科学は、動物の犠牲の上にあるのです。特に医学に置いて、それは決して消えない、消してはいけない事。

 今君が思っている感情、躊躇する感情は、今のこの世界を否定することと同義です。

 犠牲になってきた動物たちを『可哀想だ』と言って、に変える行為です。

 あくまでも私の個人的な考えではありますが、そう思います。


 君はどうですか?」


 言ってることは何となくだけど、わかる。

 でも、だからと言って次の犠牲を出して良いのかな?


「本当に君は・・・・。」


 あ・・・。この顔。この表情。


 知ってる。顔立ちは全然違うけど、凄く懐かしく感じる。


 この表情は、父ちゃんや母ちゃんが俺を怒ったとき、時々この表情をしていた。


 そんで、二人とも最後に言うんだ。


『『「仕方ない人ですね仕方のない子ね・・・・・」』』

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